## 72話 弁当の数字と洗い屋のキャパ
## 72話 弁当の数字と洗い屋のキャパ
〈一度、弁当の収益もちゃんと確認しておくか〉
厨房の空気がひと段落したところで、俺は頭の中にそろばんを広げる。
〈弁当1食のコストは、材料が銅貨2枚。弁当箱の洗浄が銅貨1枚。
そして売値が銅貨6枚〉
6-2-1=3。
〈粗利は1食あたり銅貨3枚。
100食だから、1日の粗利は銅貨300枚で銀貨30枚〉
ここから人件費を引く。
〈エッタさんとミナは、弁当の調理・仕込み分で銀貨10枚/日を原価扱いにしている。
エッタさんの経理業務分の銀貨5枚は、販管費として別枠だ〉
テトとヤトの給金は、配達事業側に寄せて考えているので、ここでは一旦外す。
〈だから、弁当事業としての粗利は、1日あたり銀貨20枚。
それを月20日稼働とすると、金貨4枚〉
今の100食体制で、これ。
〈弁当用に新しく2人、午前中の短時間勤務で雇うとして――給金は1人あたり銀貨3枚くらいが妥当かな〉
2人で銀貨6枚/日。
〈200食の場合は、売上粗利が銀貨60枚。
そこから、エッタさんとミナの銀貨10枚、新人2人の銀貨6枚を引いて、銀貨44枚/日。
月20日で、金貨8.8枚〉
〈リバーシの数字と比べるとインパクトは控えめだけど……
弁当は本業の炎の鍋亭の延長だし、十分だな〉
弁当箱も頭の中に追加する。
〈弁当箱は200個で銀貨80枚。
これは一回買えばしばらく持つ設備投資(CAPEX)だから、全然問題ない〉
イメージが固まったところで、口を開く。
「母さん」
「なあに?」
「弁当の調理を手伝ってもらう人なんだけどさ。
午前だけの勤務で、給金は1人あたり銀貨3枚を考えてるよ」
「結構もらえるのね。
きっと喜ぶわよ、みんな」
母さんは、素直にそう言って笑う。
〈やっぱりそうだよな。この世界、本当に人件費が安い〉
だからこそ、人を安くこき使うんじゃなくて、きちんと払って、ちゃんと長く付き合っていくことが大事だ。
その日はそこでいったん話を切って、夜の営業に備えることにした。
――
次の日の朝。
朝食をもりもり食べて、皿を片付けると、俺は洗い屋に向かった。
「あ! ライムだ!」
桶の音がする作業場のほうから、クララの声が飛んでくる。
「おはよう」
「おはよう、ライム君」
サクラさんが、濡れた手を拭きながら笑う。
さらに奥から、アインズさんが顔を出した。
「おはよう、ライム君。
領都は大変だったね。
でも、とうとう社長になったんだね」
「おはようございます。
うん、みんなの協力のおかげだよ」
軽く頭を下げてから、本題に入る。
俺はランチボックス作戦の状況を手短に説明した。
現在100食。
200まで増やす方針。
将来的には、その先まで視野に入っていること。
「それでさ、弁当箱の洗浄なんだけど」
数字を整理しながら、確認する。
「いったん200個分に増やしたいんだ。
それで、将来的には400……もっと、もしかしたらそれ以上もありえる。
洗い屋としては、どこまでいけそうかな?」
「そんなに!?」
アインズさんが、素で驚いた顔をする。
「まあ、200なら全然大丈夫。
400も、やり方を工夫すれば平気かなあ。
それ以上となると……」
ふむ、と顎に手を当てて、洗い場のほうを見る。
「桶の数も増やさないといけないし、洗ったあと乾かすスペースが厳しそうだね」
「たぶん、400がスペース的にはギリギリね」
サクラさんが、現場目線で答える。
「それ以上は、干す場所がなくなるわ」
「分かった、ありがとう!」
俺はうなずいて、結論をまとめる。
「とりあえず近いうちに200にすると思う。
その時は、また正式にお願いに来るよ」
「200なら、何の問題もないよ」
アインズさんは、安心させるように笑った。
〈よし。当面の目標ライン、200までは洗い屋のキャパもOKだ〉
クララが、そこで改めて声をかけてくる。
「ライム、今日は遊んでく?」
「今日は、このあとマルタのおっちゃんのところに行きたいんだ」
俺がそう言うと、クララの目がきらっと光る。
「私も行きたい!」
「でも今日は、母さんも出かけちゃっててさ」
一瞬、どうしようか迷っていると、サクラさんが口を挟んだ。
「今日は私も店を離れられないわ。
クララ、我慢しなさい」
「んー……」
クララは、少しだけ頬をふくらませてから、すぐに笑顔に戻る。
「分かった。終わったら遊ぼうね」
「うん。戻ってきたら、またこっち寄るよ」
別れの約束を交わしてから、洗い屋をあとにする。
〈クララは女の子だし、さすがに子どもだけで連れて行けないよな〉
〈というか、俺も5歳児だから、本当は1人歩きは危ないんだけど〉
でも、今は炎の夜明け商会の社長だ。
必要なところには、自分の足でいかないと。
そんなことを考えながら、俺はマルタのおっちゃんの薪屋へ向かって歩き出した。




