## 71話 ランチボックス作戦の次の一手
## 71話 ランチボックス作戦の次の一手
クララと別れて、炎の鍋亭に戻るころには、空はすっかり夕方の色になっていた。
「じゃあ、また明日ね!」
クララはそう言って、洗い屋の方角へ駆けていった。
俺と母さんとテトとヤトは、そのまま夜の営業前の厨房へ向かう。
中では、父さんとエッタさん、ミナが一息ついているところだった。
「みんな、ちょっといい?」
俺が声をかけると、全員の視線がこっちに向いた。
「ランチボックス作戦について、話を聞きたいんだ。
テト、状況を説明してもらっていい?」
「うん」
テトは真面目な顔で続ける。
「今、毎日100食完売しているよ。
内訳は、マルタのおっちゃんの薪屋に20食、カチ鍛冶屋に10食、市場組合に10食届けて……」
「初めの予定通りだな」
父さんがうなずく。
「うん。そのあと、市場組合の広場に行って、残りを販売してるんだけどさ」
テトは少し肩をすくめた。
「広場では、並べた瞬間にすぐ列になって、あっという間に完売しちゃうんだ。
たぶん、今の倍……もう100食は余裕で売れると思う」
「そんなに人気なのね」
母さんが、驚き半分、実感半分という顔をする。
「外で仕事してる人だけじゃなくてね」
ヤトが口を挟む。
「子育てしてる家の人とかも、よく買いに来てるみたい。
『昼ご飯作るの大変だから助かる』って」
〈そうか。家庭の需要か〉
外で食べるか、自分で作るか――その中間に、弁当っていう選択肢がある。
そこは、正直あまり意識していなかった層だ。
「あとね」
テトが、少し表情を引き締める。
「『鉱山の職員』って人が来てさ。
『鉱山にも配達できないか』って聞かれたよ」
「鉱山……!」
思わず声が出る。
〈鉱山需要、来たか〉
前から「鉱山での弁当販売」は頭の片隅にあった。
でも、向こうから話が来るとは思っていなかった。
「どれくらい欲しいって?」
「200食だって。
とりあえず今は難しいって言っておいたけど」
「200……」
さすがに、その数字の重さは、厨房にいる全員に伝わったらしい。
空気が少しだけ変わる。
「あとね」
ヤトが、もうひとつ指を立てる。
「『メニューが増えたら嬉しい』って声も結構あるよ。
毎日同じでも美味しいけど、『たまには違うのも』って」
「そうだね」
テトもうなずく。
「それも今は難しいって言ってるけど」
「運用自体には、だいぶ慣れてきたわよ」
エッタさんが、こちらを向いた。
「メニューも、3種類くらいなら、回し方を工夫すればなんとかやれそう。でも……」
エッタさんは、調理台とコンロをざっと見回す。
「追加100に、さらに鉱山の200までとなるとね。
今の人数だと、さすがに無理が出るわ」
「そうだな」
父さんが腕を組む。
「仕込みの時間も、火口も足りん。
人を増やせば、ここで200までは何とかいけるだろうが……
それ以上は、この店の厨房だけじゃ厳しいな」
〈弁当の需要、ここまでか〉
なんとなく「当たった」くらいに考えていたけど、これは数字のケタが変わりそうだ。
〈店舗を増やしていく構想は前からあったけど……
正直、『弁当特化の工場』を作ったほうが、圧倒的に効率はいいよな〉
一ヶ所で大量に仕込みをして、各地に配る。
配達事業とも相性がいい。
〈でも、それは今すぐの話じゃない〉
まずは、目の前の「すぐできること」からだ。
「父さん、人って増やせるかな?」
俺は、いったん目先の需要を満たすことに集中することにした。
「とりあえず、今の100を200まで増やす。
その先――鉱山追加分は、あとで考えるっていうのはどう?」
父さんは少し考え込んでから、うなずいた。
「そうだな。それが現実的だろう。
だが、人か……」
「2人くらいなら、心当たりあるわよ」
母さんが口を開いた。
「母友で、『働きたいな』って言ってた人、何人かいたし。
相談すれば来てくれると思うわ」
「本当?」
俺は思わず顔を上げる。
「じゃあ母さん、声かけお願いしてもいい?」
「任されたわ!」
〈これで、200までは現実ラインだ〉
人数を増やして、段取りを組み直せば――
100→200への倍増までは射程に入る。
「じゃあ俺は――」
次のタスクを口にする。
「洗い屋に、『200まで増やしても大丈夫か』の確認に行くよ。
弁当箱も足りなくなるから、マルタのおっちゃんに追加分の相談もしてくる」
「そうね。洗い物と箱の数が追いつかないと、増やしても回らないものね」
母さんがうなずく。
作る、運ぶ、売る、洗う。
どこか1つが詰まると、全部が止まってしまう。
「メニューの追加は?」
ミナが、おずおずと手を挙げる。
「札とか……もし増えるなら、わたし、描いておきたいなって」
「メニューは、今の100はそのまま。
追加の100を、新しいメニューにするっていうのはどうかな?」
俺がそう言うと、父さんがすぐに頷いた。
「ああ、それがいいだろう。
エッタさん、ミナ、新しいメニューの開発に協力してくれ」
「ええ、もちろんよ」
エッタさんが笑う。
「いきなりたくさん増やすより、まずは2種類くらいから始めるほうが安全ね」
「ミナ、札のデザインは、今のうちから少しずつ考えておいてくれる?」
「うん!」
ミナの顔がぱっと明るくなる。
〈よし。今日のところは――〉
人を増やす方向性。
製造上限を200に引き上げる方針。
洗い屋と弁当箱のライン強化。
そのうえで、メニュー追加の下準備。
そこまで決まれば、あとは動くだけだ。
弁当の湯気とスープの匂いが混じる厨房で、
炎の鍋亭の夜と、炎の夜明け商会の次の一手が、同時に回り始めようとしていた。




