## 70話 帰り道と足りないもの
## 70話 帰り道と足りないもの
鍛冶屋と薪屋とテンドー商会を一気に回って、外に出るころには、日がだいぶ傾いてきていた。
クララはというと、
「今日もいっぱい『まとめ』しちゃった!」
ご機嫌でそう言いながら、市場通りの道をぴょんぴょん進んでいく。
母さんは、少し疲れ顔だ。
「まったく……この子たちは元気ね」
疲れていそうだけど、声の調子はどこか楽しそうだ。
俺は、その少し後ろを歩きながら、頭の中を『仕事モード』に切り替える。
〈これで、とりあえずリバーシの品薄状態は解消の目処が立った〉
プレス機は2台体制。
マルタのおっちゃんのところで1日100セットまで増産できる。
〈まずはロンドールの需要をきっちり満たして、落ち着いてきたらエステルへ。そこから王都にも持っていく〉
〈ウイスキーも、サント酒造が候補に上がったけど、下手に急がず慎重に詰めないとな〉
サント酒造の事情。
設備の状態。
職人の気持ち。
買うにしても、提携にしても、『相手も得をする形』にしないと意味がない。
〈炎の夜明け商会は、もう『法人』だ。場当たりじゃなくて、ちゃんと『戦略』に落としていかないと〉
頭の中で、事業ごとにページを分けていく。
・リバーシ
増産体制は確保。
需要が落ち着いたらエステルに展開、その次に王都。
そこで『炎の夜明け商会』としての名を売る。
・ランチ難民対策
これは、テトの報告を聞いてからだ。
まだ足りていないようなら、仕込みの手順から見直して増産する。
将来的には、炎の鍋亭そのものを店舗展開したい。
・ウイスキー
スタートはサント酒造のM&A。
話を詰めるには時間がかかる。
でも、ちゃんと決まれば――炎の夜明けの看板商品になる。
・配達事業
これは、もっと大きく育てたい。
洗い屋だけじゃなくて、料理、日用品、手紙。
必ず大きな需要があるはずだ。
そこまで書き出してから、ペン先が止まるイメージが浮かぶ。
〈足りないものは――〉
答えは、すぐに出た。
〈人だ〉
資金は、もう目処が立っている。
〈新しいプレス機が完成すれば、リバーシは1日100セットだ。
1セットあたりのコストは銀貨2枚で、テンドーさんへの卸値が銀貨8.5枚だから、差し引き銀貨6.5枚が粗利。
1日100セット、月20日稼働で計算すると、金貨130枚が月間の粗利だ〉
〈130……1,300万円くらいか。リバーシだけで、償却を考えても十分余裕がある〉
ウイスキーの投資。
サント酒造のM&A。
馬車の購入。
将来の店舗投資。
〈どれも、資金の面だけ見れば『やろうと思えばできる』ラインに入ってきた〉
〈だからこそ――足りないのは金じゃなくて、人だ〉
仕入れ、製造、販売、配達、店の運営。
そして、全体を見て調整する役。
〈俺1人じゃ、どう考えても回らない……ノーラさん、こっちにもいてくれたらな〉
支部長の後ろに控えて、必要な情報を瞬時に出して、柔軟に判断していたあの姿。
正直、喉から手が出るほど欲しい人材だ。
「ライム」
母さんの声で現実に引き戻される。
「あんた、また考え事してるでしょ?」
「うん。きっとまた面白いこと考えてるんだよ!」
クララが即答する。
「顔が『難しい顔』になってるもん」
「……ああ、ごめん」
俺は苦笑いしながら、首をかいた。
「これからどうしようか、大筋をまとめてたんだ」
「ふーん?」
母さんは、半分あきれたように笑う。
「もう少し子どもらしく遊んでもいいのよ?」
「遊んでるよ。頭の中で」
クララが、いつものように満面の笑顔で言う。
「私、お手伝いするからね!」
「ありがとう。まとまってきたら、ちゃんと相談するよ」
それは、社交辞令じゃなくて、本気の話だ。
クララの『プロジェクトマネージャー』は、もう炎の夜明け商会の『正式な機能』になりかけている。
そう思いながら、俺たちは炎の鍋亭へ向かって歩を進める。
夕方の市場のざわめきが、少しずつ遠くなっていった。
――
炎の鍋亭に戻ると、ちょうど配達から帰ってきたテトと鉢合わせた。
「ライム!」
テトが、息を弾ませながら近づいてくる。
「お弁当なんだけどさ、全然足りてないよ。
お客さんから『もっとないの?』って言われて、困ってるんだ」
〈どうやら、まだ『落ち着いて』なんて言っていられる段階じゃないみたいだ〉
俺はランチボックス作戦の話を聞くために、そのまま厨房のほうへ向かった。




