## 69話 ウイスキーとM&A
## 69話 ウイスキーとM&A
クララのまとめで、ひとまず話がまとまった――ように見えたが。
〈……えーと。ちょっと落ち着こう〉
頭の中では、別の帳面が開いている。
〈今のリバーシって、端材の材料、プレス、塗装まで含めて――1セットあたり銀貨2.5枚(2,500円相当)くらいなんだよな〉
〈で、今回の『マルタ委託プラン』だと1日50セットで金貨1枚(100,000円相当)。1セットあたり銀貨2枚(2,000円相当)だ。ここに端材や塗装が含まれるかは、ちゃんと詰めておかないと〉
「なあ、マルタのおっちゃん。1日50セットで金貨1枚――って話だったけど」
「ああ?」
「その『金貨1枚』の中には、端材と塗装も含まれているってことでいいよね?」
「抜け目ねえな、坊主。そうだな。うちが材料の端材の持ち込みと塗装まで引き受けて――そこまで全部まとめて『1日50セットで金貨1枚』。それで構わねえ」
「わかった!」
〈これで、うちのOPEX(運営コスト)は『金貨1枚/50セット』って線が引けた〉
「その代わりだ」
マルタのおっちゃんが、指を1本立てる。
「1日に30セットしか作らなくても――金貨1枚はもらうぞ」
「30セットでも?」
「ああ。人もそうだが、端材集めたり、塗料の調達したり、場所を空けたり――『準備や構え』にも金はかかるんだ。何セット作ったかだけで、日ごとの支払いが上下するのは勘弁だな」
〈固定費ってやつだ〉
設備、人、場所。
セット数に関係なく、一定以上かかる『構えのコスト』。
〈譲歩してもらえたら嬉しいけど――ここは飲んだほうがいい。でも〉
「分かりました」
俺は素直に頷く。
「その代わり――」
少しだけ、言葉に力を込める。
「そっちが『1日50セット』作れなかった場合は、足りない分をどこかで『補って』ください」
「ほお?」
「『数が足りない』のが続くと、こっちも困るからさ」
「……坊主。お前、本当に5歳か?」
「5歳です」
「そうかそうか。……分かったよ」
マルタのおっちゃんは頷いて、指を鳴らした。
「『1日50セット』を基本とする。何らかの事情でそれを大きく下回ったときは、翌日以降で取り返すなり、他の方法で帳尻を合わせる。プレス機がぶっ壊れたとか、そういう『どうしようもねえ時』は除いてな」
〈不可抗力のときは応相談ってやつだな〉
「それで、お願いします」
〈少しおっちゃんに有利だけど、リバーシはまだまだ広がる。うちのリスクは少ないだろう。これで、『うちの固定費』と『相手の供給責任』が、きっちり線引きできた〉
「約束の紙、いる?」
隣で、クララが手を挙げた。
「こういうの、ちゃんと書いておいたほうがいいんだよ?」
「がっはっは!」
マルタのおっちゃんが、腹を抱えて笑う。
「そうだな。こいつはそういうヤツだったな。うちも、プレスの分だけ儲けが増えるし――口約束だけで済ます金額でもねえ」
机をどん、と叩く。
「契約書は、うちで準備しておいてやる。坊主、あとでサインと判を押しに来い」
「はい」
おっちゃんの『経営者としての手腕』は、やっぱり本物だと思う。
「おい」
そこで、ずっと黙っていたカチさんが、空気をぶった切った。
「そんなことより――『酒』だ」
〈……本当にハマっちゃってるな〉
「『ういすきー』だかなんだか知らんが――俺は、あれをもっと飲みたい」
「まだ時間がかかるから、しばらくは個人的に飲んでていいよ!」
俺は苦笑しながら言う。
「ただ、売ったり、あんまり広めたりはしないでね」
「本当か!? 俺が飲めりゃ、それでいい」
カチさんは、子どもみたいに目を輝かせた。
「だから、早く本物の『ういすきー』を作れ」
「はは……そうだな」
そこへ、テンドーさんが、おずおずと口を挟む。
「その『うぃすきー』というのは――何の話ですか?」
「ん?」
カチさんが、当然のように自分のポケットを探る。
「まあいい。飲んでみろ」
取り出されたのは、茶色い液体の入った小瓶だ。
昼間っから、普通に持ち歩いているあたり、本気でお気に入りなんだろう。
テンドーさんが、恐る恐るひと口――。
「っ……!」
目が、見事に見開かれる。
「これは……なんて強い酒なんだ。喉が焼けるのに、香りがすごい……」
「だろう?」
マルタのおっちゃんが、得意げに笑う。
「坊主がエールをなんか変な器具でぐつぐつやって作ったんだ」
そこで、変な器具の持ち主として、俺の番になる。
「酒の成分を濃くする『蒸留器』を作ったんだ」
簡単に、蒸留の仕組みを説明する。
「それで――」
ひと通り話し終えたところで、俺は本題を切り出した。
「本題のウイスキーなんだけど、エールを仕入れて、それを濃くして作ると――どう考えてもコストが合わないと思うんだ」
「確かにな」
マルタのおっちゃんが、すぐ頷く。
「エールを『濃くした』ところで、元のエールの値段は消えねえからな。高級酒にはなるが、庶民には手が出ねえ」
「そう。だから――」
俺は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「小さい酒造を、M&Aしたいんだ」
「えむ……? あ?」
マルタのおっちゃんが、見事に首をかしげる。
「なんだそりゃ。新しい呪文か?」
「えーと、そうだな。店ごと買っちゃうって言えばいいかな。できるなら、自分たちのところで、いちから酒を作りたいんだ」
「……お前さん、また規模のデカい話を」
マルタのおっちゃんが、頭をかきながら笑う。
「買収ですね」
テンドーさんが、静かに言葉を継いだ。
「設備を一から投資するのも大変ですし、技術も必要でしょう。だから、既にある酒造を丸ごと買う、というのは――理屈としては、非常に筋が通ってますね。それに『ういすきー』の製法も守りやすい」
〈やっぱりこの人も、鋭い〉
このメンバーには、もはや自重は不要だ。
母さんが、そこでようやく口を挟む。
「ライム、あんた『店を買う』ってことだろ? それこそ金貨がいくつあっても足りないんじゃないの?」
「どんな条件になるかは相手次第なんだ」
俺は、正直に答える。
「だから――大きな酒造じゃなくて。個人でやっているような、そこまで大きくないところ。できれば、今あまり上手くいっていないところがいいなって」
「なるほどね」
テンドーさんが、顎に手を当てる。
「私は、道具を納める道具商です。樽、桶、攪拌棒、測り――いろんなところに品物を入れていますが……」
少し考えてから、言葉を続けた。
「1つ、思い当たるところはあります。『サント酒造』です」
「サント酒造?」
「味は悪くないです。ただ――」
テンドーさんは、少し言いにくそうに言う。
「支払いが、最近は苦しそうですね。樽の注文も、前より少なくなっています」
「ほう、『サント酒造』か」
マルタのおっちゃんが、腕を組む。
「物は悪くねえんだがな。領都にあるでかいところのほうが、どうしても安いんだ。うちも樽は卸してるが……あいつらも大変だろうな」
〈……決まりだな〉
遠くにある『大きな酒造』に真正面からぶつかるつもりはない。
でも、小さくて、技術があって、経営に困っているところなら――一緒にやれば、こっちも向こうも生き残れる可能性がある。
「しかしまあ、坊主」
マルタのおっちゃんが、にやにやしながら言う。
「そのうち俺たちにも、『そのえむあんどえーってやつ、やりたいです』って言い出しそうだな」
〈したいんだけど〉
心の中で本音が漏れる。
俺は笑ってごまかした。
「ははは」
「「「え」」」
全員の声が揃った。
ドン引き……とまではいかないけど、みんなかなり本気で驚いた顔をしている。
「はい!」
そこへ、救世主クララが、いつものようにピンと手を挙げた。
「じゃあ、まとめます!」
「おっ、『ぷろじぇくとまねーじゃー』だな?」
マルタのおっちゃんが、楽しそうに振り返る。
「はい!」
クララは、指を1本1本折りながら話していく。
「まず、リバーシのこと。マルタおじさんのところで、1日50セット作って、金貨1枚。その中には、『端材の準備』と『塗装』も全部入ってます」
「うむ」
「それから、もしプレス機が壊れたりしなかったのに、50セット作れない日が続いたら――あとで『取り返す』とかして、ちゃんと補ってくれます」
「おうよ」
「プレス機は2台。今の1台をマルタおじさんのところにお引っ越しして――新しい1台は、カチさんとラークさんが作ります」
「任せとけ」
カチさんが、短く答える。
「それから、『ういすきー』。今は、カチさんが『個人的に飲む用』だけ。売ったり、広めたりは、まだしません」
「ふん」
カチさんは、明らかに嬉しそうだ。
「でも、いつかちゃんと作るために――困ってる酒造さんを探して、一緒にやるかもしれません。その候補が、『サント酒造さん』です」
そこで一度区切って、クララはにこっと笑う。
「えっと……そんな感じで合ってる?」
「完璧よ」
母さんが笑って、クララの頭を撫でる。
「炎の夜明け商会、『リバーシ増産とウイスキー計画』――以上です!」
「……まあいい。お前さんたちには、かなわねえわ」
マルタのおっちゃんがそう言って、いつものガハハ笑いを響かせた。
こうして、数字と酒と買収まで飛び出した『製造部門会議』は幕を閉じるのだった。




