## 68話 帰ってきたら増産会議
## 68話 帰ってきたら増産会議
ロンドールに帰ってきた翌日。
いつものように、山盛りの卵炒めとパン、それからスープの朝食を囲んでいた。
旅の疲れも、だいぶ抜けてきた頃――。
「ライムー!」
店のほうから、聞き慣れた声がした。
「クララの声?」
母さんが首をかしげるより早く、俺は椅子から飛び降りる。
「今行く!」
入口まで走っていくと、クララが息を弾ませながら立っていた。
「おはよう」
「ライム、おかえり!」
ぱあっと明るい笑顔に、こっちもつられて笑ってしまう。
「クララ、おはよう。中、入って」
朝食の卓へ案内すると、母さんがひょいと顔を出した。
「あら、クララ。おはよう」
「おはようございます」
クララはぺこりと頭を下げる。
「どうしたの? もう洗い屋、忙しい時間じゃない?」
「えっとね――」
クララは、俺のほうを見て、ちょっと得意げに胸を張った。
「ライムたち、おかえりなさい。
それでね、みんなが呼んでるよ」
「みんな?」
「うん。マルタおじさんと、カチさんと、テンドーさん」
〈うん、嫌な予感しかしない〉
「それでね」
クララは、元気に続ける。
「テンドーさんが、『リバーシがね、間に合わないんだ』って。
あと、カチさんも『酒が飲みたい』って」
「……ああ」
〈旅行のあとにのんびり、なんてできないか〉
「ありがとう。聞いておいてくれたんだな」
「うん。ライムのお手伝い!」
クララは、えへんと胸を張る。
「テンドーさんのところから行くといいと思うよ。
私も行っていい?」
「もちろん」
母さんが、そこで口をはさんだ。
「子どもだけじゃ、ちょっと心配だし。私も一緒に行ってくるわ」
「行ってやれ。俺は店のほうを見ておくな」
父さんがパンをちぎりながら頷く。
「サクラさんには、ちゃんと話をして行くのよ?」
「はい!」
クララが元気よく返事をした。
「じゃあ、行ってきます」
俺とクララと母さんの3人で、炎の鍋亭をあとにした。
――
まずは、テンドー商会だ。
店に近づくと、中から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「すみません、『リバーシ』はただいま入荷待ちでして。
こちらの帳面にお名前を書いていただければ――」
「どれくらいかかるんだ?」
「今のところ……そうですね。あなたは『54番目』になります」
店の空気が、妙にざわざわしている。
〈54番目……?〉
やり取りの邪魔にならないよう、一段落するのを待ってから、カウンターに近づいた。
「テンドーさん」
「おや」
テンドーさんが、ぱっと顔を上げる。
「ライム君。おかえり」
「ただいま戻りました。……っていうか、54人待ちって何があったんです?」
「うん、それがね」
テンドーさんは、苦笑しながら肩をすくめた。
「あの日から、『リバーシ』を買いたい人がどんどん増えていてね。
ロンドールの中だけでも、ここまでとは思わなかったよ」
「……すみません」
「謝らないでくださいよ」
テンドーさんは、手をひらひらさせる。
「品切れになるほど売れているのは、商会としてはありがたい話ですから。
ただ、『追いつかない』のは事実でね」
〈一拠点販売に絞っておいて正解だったな〉
娯楽が少ないこの世界だ。
変な宣伝をしなくても、面白いものは勝手に広がる。
「とりあえず、リバーシの話は、あとでまとめてさせてください」
俺は頷いてから提案した。
「今からマルタのおっちゃんのところと、カチさんのところにも行くつもりなんです。
一緒に行けますか?」
「もちろん」
テンドーさんは、すぐに店の奥へ声をかける。
「ハンナ、少し外すよ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
そんな声を背中で聞きながら、俺たちは薪屋へ向かった。
――
「おう、坊主!」
マルタの薪屋に顔を出した瞬間、いつものガハハ笑いが飛んできた。
「待ってたぜ。カチの旦那んとこ行こうや!」
「おはようございます」
「おう、クララちゃんも来てんのか。嬢ちゃんも元気そうだな!」
賑やかな挨拶のあと、一行はそのままカチ鍛冶屋へ移動する。
――
「小僧。やっと来たな」
カチ鍛冶屋の工房前で、カチさんが腕を組んで待っていた。
横には、ラークさんもいる。
「すみません、お待たせしました」
「いいさ。どうせそのうち来ると思ってた」
カチさんは顎で商談室を指し示した。
「中で話すぞ」
俺、クララ、母さん、テンドーさん、マルタおっちゃん、カチさん、ラークさん。
『製造部門会議』が始まった。
「まず、現状の共有からだな」
カチさんが、机の上に木のコマを一つ、コトンと置く。
「テンドーの依頼で、今のとこ1日20セット作ってる。
ラークは無理をして残業が続いている。限界は超えている」
「……やっぱり限界なんですね?」
「このままだと、他の鍛冶仕事が全部後回しになる」
カチさんは、鼻を鳴らした。
「今のやり方のままじゃ、どっかで詰まる」
「販売状況、共有しておきますね」
テンドーさんが帳面を開く。
「今は1日20セットを店頭に出して、毎日完売。
それとは別に、予約が50件以上溜まっています」
「……そんなに」
「マルタさんとカチさんには、無理を言ってしまって申し訳ないです」
「まあな」
マルタおっちゃんが、いつもの調子でガハハと笑う。
「予感はしてたが、ここまでとはな。
ラークのやつも、ずっとプレス機とにらめっこで可哀想だからよ」
「いえ、やりがいはありますよ」
ラークさんが、少し照れたように笑う。
ここまで聞いて、俺は頭の中で一度線を引いた。
〈ラークさんが残業して限界を超えて20セット/日。
それでも需要に追いついていない〉
〈だったら――『場所』も『台数』も、まとめて整理したほうがいい〉
「提案があります」
俺は、みんなの顔を見渡してから口を開いた。
「今、カチさんの工房にあるプレス機――あれを、マルタの薪屋に『移動』させたいです」
「お?」
マルタおっちゃんの目が、きらっと光る。
「うちだと、他の仕事もありますからね」
ラークさんが補足する。
「プレスに専念できれば――
人を1人つける前提で、50セット/日は現実的だと思います」
「50セット、塗装は、数が増えても問題ないぞ」
マルタおっちゃんは胸を叩く。
「場所もある。手も、まあ何とかする。
金貨1枚なら、受けてやるぜ」
「お願いします」
俺は頭を下げる。
「そして、もう一つ」
顔を上げ、カチさんのほうを見る。
「プレス機を、新しく『もう1台』、作ってほしいです」
「……ほう」
カチさんの口元が、じわっと持ち上がった。
「新しい1台も、マルタのおっちゃんのところに置きます。
同じように1日50セットまで使ってもらって――
こっちも金貨1枚、支払います」
「つまり」
テンドーさんが、指を折って確認する。
「マルタさんの薪屋に、プレス機2台を集約。
それぞれ1日50セットずつ――合計100セットの製造体制に?」
「はい。炎の夜明けとしては、
製造はマルタのおっちゃんのところに集中させて、鍛冶屋には設備をお願いする形にしたいです」
「なるほどな」
マルタのおっちゃんが、ガハハと笑った。
「プレス機2台で、1日100セット。
金貨2枚なら、こっちも悪くねえ取引だ」
「カチさん」
俺は、改めて向き直る。
「新しい1台の代金は、どうなりますか?」
「仕事だからな。金貨10枚、きっちりもらうぞ」
カチさんは、腕を組んでニヤリと笑う。
「ラーク。さっきの話の続きだ」
「はい」
「新しいプレス機1台。設計は俺が確認する。
図面引いて、部品作って、組むのは、お前がやれ」
「……やらせてください」
ラークさんは、ぎゅっと拳を握った。
ざっくり計算する。
〈プレス機1台金貨10枚。
マルタのおっちゃんのところで、2台で1日100セット。
リバーシ1セットあたりの利益を考えれば――〉
1週間も動けば、粗利だけで元は十分取れる。
そのあとずっと、こっちの『資産』として働き続けてくれる。
「坊主」
マルタのおっちゃんが、指を2本立てた。
「分かってると思うが、プレス機2台をフルで回すには、
『プレス担当』が最低2人要る。
さっき言った通り、うちへの支払いは金貨2枚な」
「うん。そのつもりだよ」
「私は、革工場のほうに増産の話を通しておきます」
テンドーさんが、静かに口を開いた。
「今のままだと、盤とコマだけあっても『袋』が足りませんからね」
「お願いします」
俺は、頷きながら、印章を取り出した。
「それと――テンドーさん」
テーブルに、小さな金属の刻印を置く。
「これから販売するリバーシには、全部、この『印』を押してもらえますか?」
「これは……エステルで登録した著作物の印ですね」
テンドーさんは、刻印を手に取ってじっと眺める。
「分かりました。こちらで預かって、革工場にも使い方を伝えておきます。
それと――すでに購入された方々には、この『印の入った革袋』に交換していただく必要がありますね」
「交換?」
「ええ。店舗にご来店いただいて、今お持ちの革袋を『印入りの新しい革袋』と交換します、という形がいいでしょう。
そのご案内を、お客様に手紙で出したほうがいいと思います」
「できますか?」
「書状の作成と配達の手配も含めて……そうですね」
少し考えてから、テンドーさんは続ける。
「金貨2枚、いただいてもよろしいですか?」
〈手紙1通が銅貨5枚……宛先の数と手間を考えたら、それでも十分妥当だ〉
「分かりました。お願いします」
「では、そのように」
テンドーさんは、静かに頷いた。
そのとき。
「はい!ここまでで一度まとめます!」
クララが、いつものようにピンと手を挙げた。
「お」
マルタのおっちゃんが、面白そうに反応する。
「炎の夜明けの『ぷろじぇくとまねーじゃー』さんか?」
「はい!」
クララは、元気に返事をして、指を折っていく。
「えっと――まず、カチさんのところにあるプレス機は、マルタさんのお店にお引っ越し。
そこで1日50セット作って、炎の夜明けから金貨1枚」
「うむ」
カチさんが、黙って頷く。
「それから、新しいプレス機をもう1台作って、
それもマルタさんのお店に置いて、1日50セット。
こっちも金貨1枚」
「おう、任せとけ」
マルタおっちゃんが、胸を叩く。
「2台合わせて、1日100セットのリバーシができるってことね」
「うん」
クララは、さらに続ける。
「革袋は、テンドーさんが『もっと作ってください』ってお願いする。
それから、前に買ってくれた人には――
『今の袋をお店に持ってきてもらって、このマーク入りの新しい袋と交換します』って、お手紙で教える」
「完璧ね」
母さんが感心したように笑う。
「炎の夜明け商会、『製造部門の増産計画』は、そんな感じです!」
クララは、最後にそう言って、えへんと胸を張った。
〈さすがのクララさんや〉
旅行から帰ってきた早々、
俺たちは、『リバーシ増産体制』という現実に引き戻される。
でも――悪くない。
炎の夜明け商会の歯車は、確かに前に進んでいる。
そんなことを考えながら、会議は続くのであった。




