## 67話 領都エステルの学校と城
## 67話 領都エステルの学校と城
領都エステル滞在、3日目の朝。
母さんの実家の前で荷物をまとめていると、川沿いの通りから、見慣れた背丈の男が手を振りながら近づいてきた。
「おはようございます」
アイザットさんだ。
「最終日は、私も案内を兼ねて一緒に回ろう。
どこか見てみたいところはあるか?」
そう聞かれて――俺は、決めていたことを口にした。
「お城と、学校と、図書館ってある?」
「……ずいぶん、はっきりしてるな」
アイザットさんは、ふっと笑ってから頷く。
「はい。城と学校と図書館は、街の中央区画にまとまっている。
丁度いいから、まとめて案内しよう」
〈やった。学校に図書館〉
領都の知が集まる場所。
話を聞くだけでも、情報の宝庫だろう。
「では、行こうか」
オルドさんとリーネさんに改めて挨拶を済ませ、
俺たちはエステルの中心に向かって歩き出した。
――
川から少し離れると、街並みの雰囲気が変わっていく。
石畳の幅が広くなり、建物の高さもそろってきて、
通りの両脇には、きれいに整えられた街灯や花壇が並んでいた。
「この辺りは、領都の『中央区』だな」
アイザットさんが、歩きながら説明してくれる。
「役所や商工会、各商会の支店、それから貴族や大きな商人の屋敷が多い。
あとは、学校と、図書館と、領主の館」
通りを一本曲がると――視界が一気に開けた。
高い石壁。その向こうに、白い塔が何本も伸びている。
「……でか」
思わず声が漏れた。
高く積まれた城壁の上には、見張り台が等間隔に並び、
中央には、白い石で造られた主塔がそびえている。
その周りに、低めの棟がいくつも連なり、全体で一つの城を形作っていた。
「これが、領主エスターク様のお屋敷――エステル城だ」
アイザットさんが、軽く頭を下げるような仕草をしながら言う。
「軍の詰め所も兼ねているので、内部はそうそう見学できないが……
領都の象徴だな」
「すごいな……」
父さんが、小さく感嘆の声を漏らす。
〈さすがに、ロンドールの市場組合とはスケールが違うな〉
前世で見た城の絵と、現実の建物が頭の中で重なる。
石の積み方とか、塔の位置とか、軍事的な意味でも色々考えられていそうだ。
「さて、次は――」
アイザットさんが、城から少し外れた通りを指さす。
「あそこだ。学校と図書館は学びの区画として、城のすぐ近くにまとめられている」
――
少し歩くと、大きな門が見えてきた。
広い校庭の向こうに、二棟の建物が並んでいる。
一つは、横に長い三階建ての建物。
窓がずらりと並び、ところどころに中庭が見える。
その隣には、少し落ち着いた雰囲気の、石造りの建物。
入口の上には、本を開いたような飾りが付いている。
「学校、大きいな……」
思わず呟く。
「近隣の街からも集まるからな」
アイザットさんが、門の前で立ち止まる。
「ここが、エステル学舎。
手前側の棟が初等部――7歳から11歳まで。
奥の棟が高等部――12歳から15歳までだな」
門の向こうでは、子どもたちが集団で移動していたり、
先生らしい大人が、何か書類を抱えて歩いていたりする。
「寮もあるぞ。遠くの村から、勉強しに来る子もいるからな」
〈学園編……ワンチャンあるな〉
教室、友達、貴族の上下関係、部活的な何か。
この世界の学校生活は、一度ちゃんと見てみたい。
「入学するには、どうすればいいんですか?」
ついでに聞いてみる。
「読み書きと計算と歴史の試験がある。
あとは、領都か、近隣都市の商工会、あるいは教会の推薦状」
「結構、本格的なんだな」
父さんが、珍しく真面目な声を出した。
「ロンドールからでも、推薦は出せる」
アイザットさんが、さりげなく付け加える。
〈今すぐどうこうじゃないけど、『行ける道がある』ってだけでだいぶ違う〉
頭の中で、将来の選択肢の一つとしてメモしておく。
「そして、ここが――」
隣の、落ち着いた建物を指さす。
「エステル公共図書館だ。
王都の王立図書館には及ばないが、歴史、地理、農業、商売まで、ひと通り揃っている」
図書館の入口からは、紙とインクと、少しだけ古い本の匂いが漂ってくる。
〈……入りたい〉
棚の並び方、分類の仕方、どんな本が置いてあるのか。
そういうものを一日中眺めていたい衝動に駆られる。
「今日は、時間が限られているからな」
俺の顔を見て、アイザットさんが苦笑する。
「入り口だけ見ておこう。いつかゆっくり来ればいい」
「うん。そのときは、一日中入り浸る」
「本当にやりそうだから怖いわねぇ、うちの子」
母さんが苦笑混じりにため息をつく。
――
ひと通り見て回ると、
もう日が少し傾き始めていた。
「そろそろ、港に向かうか」
アイザットさんの一声で、俺たちは再び川沿いの道へ戻る。
ノール川の船着き場には、行きと同じような荷舟が停泊していた。
荷台には、領都から地方へ向かう荷物が積まれ、その一角に、俺たちの荷物も括り付けられていく。
「じゃあ、ここからはまた、川を遡ってロンドールへだな」
アイザットさんが、改めて俺たちに向き直る。
「登録商会、おめでとう。
これからが本番だぞ、ライム社長」
「はい。色々、本当にありがとうございました」
父さんと母さんも頭を下げる。
「領都のこと、色々教えてもらって助かりました」
「いえいえ。こちらも楽しかったよ」
アイザットさんが、少しだけいたずらっぽく笑う。
「今度は、こっちからも何か面白いものを用意しておくよ」
「約束ですよ」
握手を交わし、俺たちは荷舟に乗り込んだ。
ロープが外され、櫂が水をかく。
領都エステルの街並みが、ゆっくりと遠ざかっていく。
〈学校。図書館。支部長とノーラさん。
また、必ず戻ってくる〉
そう心の中で決めながら、
俺はロンドールへの帰り道――炎の夜明け商会の次の一手を、頭の中で組み立て始めるのだった。




