## 66話 支部長への無茶ぶりスカウト
## 66話 支部長への無茶ぶりスカウト
「――他に、質問はあるか?」
ひと通りの説明とサインが終わったあと、バルド支部長が椅子にもたれかかりながら、改めて俺を見る。
〈質問なんて、いくらでもある〉
税金のこと。
商会同士の争いのこと。
王都との力関係。
各都市の商工会の違い――。
〈でも、今ここで焦って全部聞く必要はないか〉
時間はまだ、いくらでもある。
支部長に聞けるタイミングも、たぶん今後もあるだろう。
〈……なら、今、ここでしかできなさそうな質問を1つだけ〉
「大体、大丈夫です」
俺は、一度息を整えてから口を開いた。
「バルドさん。色々教えてくれて、ありがとうございます」
軽く頭を下げてから――勢いで続ける。
「1つだけ。ダメ元で、聞いてもいいですか?」
「ん? 言ってみろ」
支部長の視線が、少しだけだけど鋭くなる。
「ノーラさん」
俺は、支部長の後ろに控えている彼女のほうを見た。
「炎の夜明け商会で、働くつもりはありませんか?」
部屋の空気が、一瞬で止まった。
「え?」
父さんと母さんが、同時に変な声を出す。
母さんに至っては、あからさまに俺の袖を引っ張っている。
〈この人の能力は、喉から手が出るほど欲しい〉
落ち着いてて、仕事が早くて、柔軟で。
何より、「どこを守らないといけないか」を直感で分かってる感じがする。
「お、おい」
バルド支部長が、思わず姿勢を起こした。
「それは……本人の自由だがな……!」
「ごめんなさい」
さすがのノーラさんも、一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻る。
「私は――ここに残ります」
はっきりと、でも柔らかい声だった。
「バルド支部長には、個人的に大きな恩があります。
なので、今のところ他所に移るつもりはありません」
「そう、ですか」
「でも――誘ってくれて、ありがとうございます」
ノーラさんは、ふっと微笑んで、軽く頭を下げてくれた。
〈まあ、そうだよな〉
支部長直属で、ここまで任されてる人だ。
こんな地方都市の新米登録商会に、ぽんと移ってくるわけがない。
〈角の立たない断り文句まで完璧だ〉
俺は素直に引き下がることにした。
「失礼なこと、言ってしまってすみません」
「いや」
バルド支部長は、しばらく俺を見てから、ふっと笑った。
「欲しい人材を欲しいと言えるのは、大事なことだ。
それを遠慮する社長のほうが、よほど危うい」
「……そう、でしょうか」
「そうだとも」
支部長は立ち上がり、手を差し出してきた。
「改めて、ようこそ、炎の夜明け商会。
エステルは、いつでもお前たちを歓迎する」
俺は、その手をしっかり握り返した。
「ありがとうございます」
こうして俺たちは、支部長室をあとにした。
――
【バルドの視点】
「……とんでもねえガキが来たな」
炎の夜明け商会の一行が出ていったあと、思わずそんな言葉が口からこぼれた。
年齢相応の幼さは、ちゃんと残っている。
だが、やり取りの節々から、いやというほど〈知性〉が滲み出ていた。
〈恐るべき少年だ〉
身の回りの問題を整理し、使える資源を数え、関わる全員を「得をする形」に押し込んでいく発想。
下手をすれば、そのうち――この国の抱えている厄介な問題にまで、手を伸ばしかねない。
「しかも最後には、うちの書記の引き抜きか」
思い出して、苦笑が漏れる。
「本当に、とてつもない少年でしたね」
ノーラが、そっと言葉を添えた。
「最後、私のところで働きませんかって言われたときは……
さすがに、少しだけ心臓が跳ねました」
「こっちもだ」
バルドは肩をすくめる。
「お前、あっちに行ったほうがよかったんじゃないか?」
「いいえ」
ノーラは、即答した。
「私は、支部長に仕えます。
恩は、必ず返します」
「もういいと言ってるんだがな」
「そうはいきません」
きっぱりと言い切ってから、ノーラは少しだけ表情を崩す。
「……ただ」
「ん?」
「私の代わり、とは言いませんけれど――
弟を、炎の夜明け商会に行かせるというのは、どうでしょう?」
バルドは、一瞬だけ目を細める。
「あいつか」
ノーラの弟。
ノーラに劣らず優秀な青年だ。軍に内定して、来年から従軍する予定だ。
「確かに、あいつもできるからな。
書類も読めるし、数字にも強い。……それに、戦闘もできる」
「ライムさんは、きっと国の宝になります」
ノーラは、静かな声で続ける。
「今でもすでに、人の流れや仕組みの流れを変え始めています。
そのうち、狙う者も出てくるでしょう」
「護衛が必要、というわけか」
「はい。
弟は、ただの護衛にはしますまいけれど――
少なくとも、力になりたいと言うと思います」
「……好きにしろ。お前ら家族の自由だ」
バルドは、ふっと笑った。
「では、弟に手紙を出しておきます」
ノーラは軽く会釈し、支部長室をあとにした。
〈さて〉
窓の外、エステルの街並みを眺める。
〈世界一の富豪か。言うだけなら簡単だが――〉
あの目は、ただの戯言で終わる目じゃない。
どこまで行くのか、しっかり見届けてやろう。
そう決めて、バルドは机の上の書類に目を落とした。
――
視点は、俺に戻る。
支部長室を出たあと、俺たちはアイザットさんと一緒に、エステルの街を少しだけ歩き回った。
川沿いの市場では、ロンドールでは見たことのない魚が並び、香辛料屋の前を通るだけで、鼻の奥がツンとする。
「領都は、やっぱり品揃えが違うな」
父さんが、少し悔しそうに、でも楽しそうに呟く。
〈ああいうのも、今後のネタだな〉
調味料、保存食、見たことない道具。
頭の中のメモ帳に、どんどん書き込んでいく。
夜は、オルドさんの家で、再びリバーシ大会になった。
「昨日より強くなってる!」
「角を取らせねえぞ、今度こそ!」
「うわああ、またひっくり返ったー!」
リタとミア、マインおばさん夫婦、父さん母さん。
みんなで盤を囲んで、笑い声が絶えない。
〈こういう時間も、悪くない〉
目の前の盤と笑顔を見ていると、やる気が出てくる。
こうして、エステルで過ごす2日目は賑やかに更けていき――
俺たちは、領都滞在最終日を迎えるのであった。




