## 64話 怪物認定と社長の初仕事
## 64話 怪物認定と社長の初仕事
バルド支部長は、しばらく俺たちを眺めてから、口の端を上げた。
「さて」
ゆっくり椅子に腰を下ろし、指を組む。
「ライム君。早速だが――色々、面白いことをやっているそうだな」
横目でアイザットさんを見る。
あの男が、どこまで喋ったのか想像もつかない。
「はい。周りや自分の困りごとを、今ある資産や人材をどう組み合わせれば解決できるか、考えてきました」
5歳らしくない言葉を選びつつも、はっきりと言う。
「その上で、ちゃんと収益も出して、お互いに得をする、いわゆるWin-Winな取引になるように組み立ててきたつもりです」
〈よし。あっちが面白がってるなら、こっちも自重しない〉
支部長は一瞬だけ目を細めた。
その視線が、ちらりとアイザットさんに向く。
アイザットさんは――こっちに向けていたのと同じ、ドッキリ大成功みたいな笑顔を支部長にも向けていた。
「そうですね。ライム君の根っこにあるのは、いつもお互いに得をする形にすること、“うぃんうぃん”ですね」
わざとらしく肩をすくめる。
「面白いでしょう、バルド支部長」
「ははははは!」
支部長は、腹の底から笑い声をあげた。
「これは……本当に『怪物』だな」
〈やっぱり『怪物』って言ってたな、アイザットめ〉
「ライム。驚かせてすまなかったな」
笑いを収めてから、支部長は真面目な顔に戻る。
「わざわざ支部長室なんてところに呼び出されたら、緊張もするだろう」
「……まあ、少しだけ」
素直に認める。
「だが――お前の意趣返しも、見事だったぞ」
〈……あえて自重しなかったの、バレてた?〉
〈え、怖。さすが支部長クラスってことか〉
「では、本題に入ろう。法人登録だな。ノーラ、説明を」
「はい」
支部長の後ろに控えていたノーラさんが、一歩前に出る。
バインダーを開きながら、落ち着いた声で話し始めた。
「アイザット氏から概要は伺っていますので、登録商会の届出に必要な事項を確認していきますね」
そう言って、視線をこちらに向ける。
「まず、商会名。これは『炎の夜明け商会』でよろしいですね?」
「はい。『炎の夜明け商会』でお願いします」
「代表人は――ライム=ハース」
ノーラさんが、さらりと言う。
「ただし未成年のため、後見人兼任の共同代表として、ゴードン=ハース氏、サラ=ハース氏を連名とします」
ちらりと父さんと母さんを見る。
「……はい。責任は、親として負います」
「もちろんよ」
2人とも、少し緊張しているけれど、声ははっきりしていた。
「所在地と構成員、出資比率についてですが――」
さらさらと説明が続く。
炎の鍋亭が出す『場所と設備』をどう評価するか。
洗い屋や薪屋、鍛冶屋との契約は、現時点では『業務提携』扱いでよいこと。
テンドー商会との取引は、別途契約書を交わすこと――。
「主な事業内容は――飲食業、配達業、遊戯具の製造と販売、その他『便利な仕組み』の企画・運営。そういったまとめ方でよろしいですか?」
ノーラさんは、確認するように俺の顔を見る。
〈『便利な仕組みの企画・運営』は便利な括りだな。あとは……〉
「配達業は『運送業』として、遊戯具の製造と販売は『製造業』として登録することはできますか?」
「はい、問題ありません。では、そのようにします」
ノーラさんが、すっとペンを走らせる。
「今後も事業が増えていくと思うので、そのくらい幅を持たせてもらえると助かります」
「分かりました。では――」
手元の紙をめくる。
「登録にあたっての誓約事項の確認です。
詐欺的な行為をしないこと。違法な商品を扱わないこと。登録商会規定に従うこと――」
いくつかの項目を読み上げていき、要所要所でうなずく。
「あと、印章はこちらです」
ミナに描いてもらった紋章の紙を、ノーラさんに差し出す。
「はい、確かにお預かりします。……いい印章ですね」
ノーラさんが、にこっと笑ってくれた。
「……以上です。内容に問題がなければ、こちらの書類に代表人としてサインをお願いします」
机の上に、数枚の羊皮紙が広げられた。
一番上には『炎の夜明け商会 登録申請書』と書かれている。
〈うわ、本当に会社を作るやつだ〉
少しだけ手が汗ばむのを感じながら、ペンを取る。
ライム=ハース。
その下に、ゴードン=ハース。
さらにその下に、サラ=ハース。
父さんと母さんも、ひとつ息を整えてからサインを書いた。
「確認いたしますね」
ノーラさんがすばやく目を通し、支部長のほうに書類を差し出す。
「ふむ」
バルド支部長は、じっと書類を見つめてから、満足そうに頷いた。
「よし」
机の端に置かれていた小さな箱を開け、中から金属製の印章を取り出す。
赤いインクに軽く押し当てて――。
ぽん、と力強く、申請書に押し込んだ。
「――おめでとう」
顔を上げて、こちらを見る。
「これで『炎の夜明け商会』は、正式に登録商会となった。
王国の記録にも、同じ名が刻まれることになる」
胸の奥が、じん、と熱くなる。
「ありがとうございます」
「ただし」
支部長は、少しだけ表情を引き締めた。
「登録商会の大半は、数年で潰れる。
最初の勢いだけで走って、息切れして終わるところが多い」
ストレートな言い方だけど、そこに意地悪さはない。
「そうならないように――しっかり頑張れよ」
〈この世界でも、そこは変わらないんだな〉
前世で聞いた話と、大して違わない。
生き残りの厳しい世界だ。
「はい」
短く、でもはっきりと返事をする。
すると、バルド支部長は、ふと視線を細めた。
「最後に、ひとつ聞かせてくれ」
「……?」
「ライム。お前は――どこに向かおうとしている?」
〈……来た〉
社長になって、最初の『仕事』だ。
もう、自重はいらないだろう。
きれいな建前じゃなくて、自分の野望をぶつけよう。
俺は、一度だけ息を吸ってから、まっすぐ支部長を見た。
「これから、便利なものや事業を、次々に立ち上げます」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「そして、この国――いや、世界で一番の富豪になります」
父さんと母さんの気配が、びくっと固まるのが分かる。
「同時に、世界を今よりずっと豊かにします。
誰もが『あれがあってよかった』って思うようなものを、たくさん作ります」
〈『この世のすべてを置いてきた!』ってどこかの海賊王の台詞は、いつか本当に言ってやりたい〉
さすがにそれは、まだ心の中だけにしまっておく。
部屋の空気が、一瞬だけ止まった。
隣では、父さんも母さんも目を丸くしている。
アイザットさんも、さすがに口を半開きにしていた。
正面のバルド支部長は――最初、完全に固まった。
「…………は?」
支部長の口から、いつもの重みのある声じゃなく、素の声が漏れる。
ペンを持っていた手が、かすかに震えた。
「……せ、世界一の……富豪?」
机に置かれた書類に視線を落とし、もう一度、ゆっくり顔を上げる。
確認するみたいに、俺の顔を見つめる。
「本気で、言っているのか?」
「はい。本気です」
支部長の喉が、ごくりと鳴る音が聞こえた気がした。
アイザットさんでさえ、慌てて姿勢を直している。
〈――ドッキリ大成功〉
最初に驚かされた分、少しは意趣返しになっただろうか。
長い一拍のあと――。
「……こりゃ、本物だ」
ぽつり、と支部長が呟いた。
次の瞬間、椅子の背にもたれていた上半身を前に倒し、机をばん、と叩く。
「ははははははは!!」
さっきよりも大きな笑い声が、石造りの部屋に響いた。
「世界一の富豪だと? ガキが口にするには、これ以上ない大言壮語だぞ!」
笑いながらも、その目はしっかりと俺を捉えている。
「しかも、世界を豊かにするなんてのを同じ口で並べて言うやつは、大人の商会長の中にも、そうそういない」
アイザットさんのほうを、ちらりと見る。
「……見たか、アイザット。お前の怪物の正体だ」
「ええ、正直、ここまではっきり言うとは……私も想定外でしたよ」
アイザットさんも、苦笑しながら肩をすくめる。
「でも――面白いでしょう?」
「面白いどころじゃない」
バルド支部長は、ようやく笑いを収めて、改めて俺を見た。
「よし。だったら――せいぜい楽しませてくれ」
口の端を、にやりと持ち上げる。
「炎の夜明け商会。
世界一の富豪を目指すか。怪物の船出としては、上等すぎるくらいだ」
バルド支部長の笑い声は、もう一度部屋に響き――
炎の夜明け商会の船出は、『怪物認定』と支部長の本気の驚きという、お墨付き付きで始まったのだった。




