## 63話 リバーシ大会と商工会
## 63話 リバーシ大会と商工会
食後、テーブルの上の皿が片付けられたタイミングで、
「ねえねえ」
リタが、きらきらした目で覗き込んでくる。
「リバーシって、さっきから話に出てた遊び? 見せてよ」
「いいよ」
俺は客間から、炎の夜明けのロゴが入った盤と、コマの入った革袋を持ってきた。そこから盤とコマを取り出し、テーブルの中央に広げる。
「わぁ、きれい!」
リタが思わず身を乗り出す。
「きれい!」
ミアも真似をして、椅子の上でぴょんと跳ねた。
「へえ、しっかりした作りじゃない」
リーネさんが、コマを一つ手に取って眺める。
「軽いわね。木なの?」
「はい」
俺はうなずいて説明する。
「これは『プレス機』っていう機械で、木をぎゅっと押して型に合わせてくり抜いてるんです。
だから全部、同じ形になる。それを白と黒に塗ってあるんですよ」
「ほお……」
オルドさんが、興味深そうにロゴ入り革袋を手に取った。
向かい側では、マインおばさんの旦那さん――ゴーンさんも、食い入るように盤を見つめている。
「形はシンプルだが……並べ方で変わるのか?」
「じゃあ、やってみましょうか」
俺は笑って、コマを並べ始めた。
「まずは、ルールから説明するね」
中央に白黒を十字に四つ置き、基本ルールをかいつまんで話していく。
自分の色ではさんだコマはひっくり返ること。
縦・横・斜め、どの方向でもOKなこと。
置けるところがなくなったら、パスになること――。
「なるほど……『挟む』のね」
リタが真剣な顔になる。
「じゃあ、リタから黒ね。私は白でいく」
「うん!」
最初の一手を示しながら、俺はゆっくりとゲームを進めていく。
「今のは、ここにも置けたんだよ」
「え、そうなの?」
「ほら、ここ。白と白の間に黒を置くと――」
ぱちん、ぱちん、とコマをひっくり返すと、リタの目がさらに丸くなる。
「いっぱいひっくり返った!」
「そうそう。たくさん挟めるところを探すと、たくさん返せる」
何手か進めていき、盤の端に近づいたところで、俺は指で角をとん、と叩いた。
「でね。ここ、『角』はすごく大事」
「かど?」
「そう。ここは、一回取ると、もうひっくり返せない」
俺は、わざとリタに「いっぱい返せそうな手」を選ばせてから、別の場所に打つ。
数手後――。
「じゃあ、ここに置いて」
角にコマを置き、そこから一気にひっくり返す。
白が黒に、黒が白に。
盤面が、一気に俺の色に染まった。
「うわ……!」
リタが思わず声をあげる。
「そうか、角を取ると……ひっくり返せないんだ」
「うん。だから、『どこならたくさん返せるか』だけじゃなくて、『どこを取ると返されにくいか』も考えると強くなれるよ」
ひと通り最後まで打ち終える頃には――
テーブルの周りの視線が、完全に盤に釘付けになっていた。
「なかなか興味深い遊びだな」
オルドさんが、腕を組みながら唸る。
「運任せじゃなくて、ちゃんと『考える余地』がある。
でも、子どもでもすぐ覚えられる」
「こう、陣取りみたいなのに……最後までどうなるか分からない感じが面白い」
ゴーンさんも、うなずきながら言う。
「私もやりたい!」
マインおばさんが、手を挙げた。
「大人も全然遊べますよ」
俺は革袋をもう一つ持ってきた。
「いくつか持ってきてるから、並べれば同時にできると思います」
「だったら、私が教えてあげるわ」
母さんがすっと前に出る。
「そっちの盤は、私とマイン姉さんでやりましょう」
「え、サラ知ってるの?」
「もちろんよ。毎日、炎の鍋亭でライムとお客さんがやってるの眺めてるんだから」
結局――。
そのあと居間には、リバーシの盤が二面、三面と並び、
リタとミア、マインおばさん夫婦、オルドさん、父さんまで巻き込んで、
しばらく「リバーシ大会」のような状態になった。
「くそっ、また負けた……!」
「お父さん、角を取られすぎ」
「なんでだ……さっきまでは俺のほうが多かったのに……!」
「最後の数手で、全部ひっくり返るのよねぇ」
〈みんな、楽しんでくれてよかった〉
オルドさんとゴーンさんは、「これは取引先にも勧めたいな」「店に置いたら面白がるぞ」と、すっかり乗り気になっている。
〈……いい広告塔になってくれそうだ〉
こうして、領都エステルでの最初の夜は、リバーシの笑い声とともに更けていった。
――
次の日の朝。
俺たちは、オルドさんとリーネさんに見送られながら、店を後にした。
「じゃあ、行ってくるね」
「気をつけてね。ちゃんと胸を張るのよ?」
「はい」
〈とうとう……法人届だ〉
――
エステル商工会は、川沿いから少し内側に入った、石造りの立派な建物だった。
高い天井と広いホール。
壁には、いくつもの商会名が刻まれた銘板が並んでいる。
「では、行こうか」
アイザットさんが、受付カウンターへ向かう。
「おはようございます。アイザット=ロウルです。今日は登録商会の件で」
「あ、アイザットさんですね。お待ちしておりました」
受付の女性が、すぐに笑顔を向ける。
「こちらへどうぞ」
軽く会釈をされ、そのまま階段を上がっていく。
案内されたのは、「支部長室」と札のかかった扉の前だった。
〈え? どういうこと?〉
「どうぞ、お入りください」
扉が開かれ、中に通される。
広い部屋の奥、窓際の大きな机の後ろに、恰幅のいい中年の男が座っていた。
その少し後ろには、バインダーを抱えた若い女性が控えている。
「お邪魔します」
父さんと母さんが、少し緊張した声で挨拶する。
俺は小声で、隣のアイザットさんにささやいた。
「この人って……」
「はい。エステル商工会の支部長ですよ」
アイザットさんは、ドッキリ大成功といった楽しそうな顔をしている。
「私の元上司でね。
昨日、一緒に飲んでいたんだが――『面白い子を連れてきた』って話をしたら、『じゃあ会わせろ』と言われまして」
〈こいつ、完全に面白がってる。余計なこと喋ってないだろうな……〉
冷や汗が、背中をつうっと伝う。
「ようこそ」
支部長がゆっくりと立ち上がる。
「マリストル王国商工会・エステル支部へ。
私が支部長のバルドだ」
穏やかな声だけど、どこか人を見透かすような目をしている。
「君が――ライム君だね?」
「は、はい。ライムです」
思わず背筋を伸ばす。
隣で、父さんも母さんも、完全に緊張で固まっていた。
支部長の後ろに控える女性が、一歩前に出る。
「支部長付きの書記、ノーラと申します。本日はよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
ゴードン一家は、想定外の『いきなりトップ面談』に度肝を抜かれながら――
炎の夜明け商会、登録商会としての届け出の手続きが、今まさに始まろうとしていた。




