## 60話 炎の夜明けの印
## 60話 炎の夜明けの印
洗い屋――クララの家に着くと、店のいつもリバーシをしている一角で、クララとミナが並んで座っていた。
奥には、サクラさんが帳場に腰掛けて手を動かしている。
「こんにちはー!」
戸を開けて声をかけると、クララがぱっと顔を上げた。
「ライムだ!」
「ライム君、こんにちは。昨日はお疲れ様」
サクラさんが、柔らかく笑う。
「おばさん、昨日はありがとうございました。
あ、今日はミナも来てるんだな」
「うん!」
クララが胸を張る。
「ロゴを一緒に考えてたの!」
「ライム!」
ミナが椅子から立ち上がって、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「昨日あのあと、いくつか描いてみてね。クララと一緒に選んで、この2つがいいかなって思ったんだ。見てくれる?」
「ミナちゃん、すごいんだよ!」
クララも、紙の束を大事そうに抱えている。
「かっこいい絵をたくさん見せてもらったの。この2つは、2人で選んだんだよ」
「そっか。じゃあ、見せてもらおうかな」
2人は、テーブルの上に紙を並べる。
1枚目には、山のシルエットが描かれている。
その山の向こう側から、半円の「太陽」がのぞいていて――
太陽の中には、やわらかい線で描かれた『炎』の形があった。
とがった炎じゃなくて、どこか「暖炉の火」みたいな、優しい印象の炎だ。
山の稜線の一部が、うっすらと光に照らされている。
2枚目は、少し雰囲気が違う。
真ん中に、「一本の炎」が、すうっと縦に伸びている。
炎の下には、なだらかな「地平線」が一本引かれていて、
そこから三本の光の筋が、手前に向かって広がっていた。
炎は、まるで灯台みたいに、まっすぐ上へ。
地平線の向こうには、まだ見えない何かがあるような気配がする。
〈……すげえ〉
「どっちも、かっこいい!」
思わず素直な感想が口から出た。
「最初に浮かんだのは、こっち」
ミナが、1枚目――山と太陽と炎のロゴを指さす。
「ライムの話を聞いたとき、『あ、こんな感じだ』ってすぐに頭に浮かんだの。温かくて、みんなを照らす、って感じ」
次に、2枚目――一本の炎のロゴを指さす。
「こっちはね、クララちゃんとも話してて浮かんだんだ。『ライムって、やっぱりすごいんだなあ』って思って。なんか、『ここから始まる!』って感じがして。私は、どっちも好きだよ」
「クララも、どっちも好き!」
クララが、うんうんと力強く頷く。
俺は、改めて二つの絵を見比べた。
1つ目は、「夜明け」って言葉そのものだ。
山の向こうから、太陽がのぞいて、炎が優しく灯っている。
見ているだけで、胸の奥が少しあたたかくなる。
2つ目は、「炎の鍋亭」から火が立ち上って、そのまま「道しるべ」になっているような印象だ。
根元の地平線から伸びる三本の光の筋が、「これから行く道」を示しているみたいに見える。
〈最初のイメージは、確かに1つ目なんだよな〉
暗い夜の向こうから、少しずつ明るくなる。
みんなで暖まりながら、朝を迎える、みたいな。
〈でも……〉
2つ目のほうが、「ここから始まる」っていう力強さがある。
炎の鍋亭から火が上がって、ロンドールを越えて、その先の世界へ――っていう、線が見える。
「……よし」
俺は、顔を上げた。
「決めた」
「どっち?」
クララとミナが、同時に身を乗り出す。
「この2つ目の方にしよう」
俺は、一本の炎のロゴを指さす。
「炎の鍋亭から始まって、『ここから先に伸びていく』感じが、すごくいい。地平線から伸びる光も、『世界を明るくしていく』感じがして、好きだ」
「本当?」
ミナの目が、ぱっと輝く。
「うん。だから――」
俺は、紙の端をそっと撫でながら言う。
「ミナ、このロゴを、もう少し大きめに描いて、何枚か作ってくれる? 紋章用、革袋用、帳簿の表紙用――いろいろ使いたいから」
「うん! わかった!」
ミナは、勢いよく立ち上がって、俺の手をぎゅっと握った。
「がんばる! 炎の夜明け、絶対かっこよくするから!」
〈デザインセンスのない俺からすると、尊敬しかない〉
……だが、距離感。
近い。とても近い。
横で、クララがむすーっと頬をふくらませているのが視界の端に入る。
奥のほうからは、サクラさんの「うふふ」という笑い声。
〈この『うふふ』、どうにかならないかな〉
「ライム!」
クララが、むっとした顔のまま、こちらを振り向く。
「今日は、どうしたの?」
「あ、ああ」
そうだ。本来の目的も、ちゃんと果たさないと。
「クララ。昨日は本当に、ありがとう」
「え?」
クララが、きょとんと目を丸くする。
「クララが『みんなを集めて』って言ってくれたおかげでさ。俺の頭の中の、ごちゃごちゃしてたのが一回ぜんぶ出せたんだ。それで、昨日ちゃんと話して、今日も色々決められた」
言いながら、自分でも胸のあたりが少し軽くなるのを感じる。
「……すごく楽になった」
「……」
クララは、ちょっとだけ視線を落として――すぐに顔を上げた。
「クララ、ライムの役に立てた?」
「めっちゃ助かった」
即答すると、クララの顔がぱあっと明るくなる。
「それでさ」
俺は、ポケットに手を入れた。
「お礼なんだけど」
取り出したのは、布屋のおばさんから買ったハンカチだ。
白地に、淡い色で縁取り。
片隅には、小さな花の刺繍が一輪。
「これ。クララに」
そっと差し出すと、クララはびっくりした顔になって――
すぐに、両手で大事そうに受け取った。
「……これ、くれるの?」
「うん。いつも話聞いてくれたり、今回も色々助けてくれたから」
「ありがとう!」
クララは、ぎゅっとハンカチを胸に抱きしめる。
「すごく、うれしい!」
その顔を見て、俺も胸の奥がじんわり温かくなる。
〈喜んでもらえて、よかった〉
背中のほうから、案の定「うふふ」というサクラさんの笑い声が聞こえてくるが――聞かなかったことにする。
クララにちゃんとお礼が言えた。
炎の夜明けの印も決まった。
優秀な『デザイナー』も見つかった。
〈……整ってきたな〉
ロゴ。リバーシ。ランチボックス。蒸留器。領都行き。
ひとつひとつ、パーツが揃っていく感じが、たまらなくワクワクする。
〈さあ――ここからだ〉
炎の鍋亭の息子として。
そして、『炎の夜明け』の社長として。
整ってきた舞台に、胸を高鳴らせるライムであった。




