## 6話 テトへの「業務委託」
## 6話 テトへの「業務委託」
マルタの薪屋の従業員たちを見送り、店の裏口にある薪置き場に今週分の燃料が収まったのを確認する。
〈よし、第一段階はクリアだ〉
今日のところは従来通りだが、来週からの契約は取り付けた。
俺は炎の鍋亭の中に入った。
開店前の静かな店内で、母さん――サラが、客用のテーブルの一つに帳簿――と言っても羊皮紙の束だが――を広げ、木製の計算盤を睨みつけていた。
「うーん……また合わない!昨日、あの鉱山の連中が追加した酒代、本当に貰ったの!?」
実家の商店で読み書きと計算を仕込まれた母さんは、店の経理担当だ。だが、その破天荒な性格にとって、地道な集計作業は天敵らしい。
「ただいま、母さん」
「お、お帰りライム!薪は大丈夫だった?」
「うん。ちゃんと置き場に。……計算、合わないの?」
「昨日が忙しすぎたのよ!まったく、景気がいいのは結構だけど、帳面がややこしくなるのはご免ね!」
母さんのぼやきはいつものことだ。俺は「頑張って」と心の中で応援しつつ、厨房へと向かった。
次のミッションは、酒樽の返却だ。
厨房では、見習いのテトが、山と積まれた野菜の皮をナイフで必死に剥いていた。
「よう、テト」
「お、ライム坊。市場からお帰りか。早いな」
ニキビ顔のテトは、俺の5歳という外見を気にせず、対等な「店の仲間」として扱ってくれる、いい奴だ。
「ああ。それより、頼みがあってさ。ベック爺さんのところに、空き樽を運ぶの手伝ってくれ」
「へいへい。ゴードン親方から言われてるよ。ちょっと待ってな、この人参が終わったら……」
「今すぐ」
「ええっ!?」
有無を言わさずテトを引っ張り、店の裏手にある空き樽置き場へ向かう。
「う……やっぱり重い」
「そりゃそうだ、ライム坊にはまだ早いって」
5歳の腕力では、空とはいえ大きな樫樽は2人で転がすのが精一杯だ。
〈これだよ、これ。この非効率が許せない〉
ゴロゴロと樽を転がしながら、俺は本題を切り出した。
「なあ、テト。馬車の御者ってできるか?」
「御者?馬を引くなら、実家が農家だったからできるけど……なんでまた」
「来週から、薪の仕入れと、この樽の返却に、組合から馬車を借りることにしたんだ」
「馬車!?ライム坊が!?」
「で、その御者をテトに頼みたい」
「俺に!?いや、でも俺は店の仕込みが……」
「駄賃、出すよ。半日手伝ってくれたら、銀貨5枚(5,000円相当)」
ピタリ、とテトの足が止まった。
彼が持っていた樽が、石畳の上でガタンと音を立てる。
「……い、いま、なんて?」
「だから、駄賃で銀貨5枚」
テトの目が、信じられないものを見るように見開かれた。
15歳の見習いにとって、銀貨5枚は、数日分の給金に相当する破格の金額のはずだ。
「や、やる!やるよ!銀貨5枚のためなら、馬でも牛でも引いてやる!」
ニキビ顔を興奮で赤らめて、テトがぶんぶん頷く。
〈よし、かかった〉
「……あ、でもさ、ライム坊」
「なんだよ」
「それ、ちゃんと親方には話したのか? 俺が勝手に持ち場を離れたら、親方にどやされるし、馬車代だって……」
「……!」
〈しまった!うっかりしてた!〉
マルタさんとの交渉に頭が回りすぎて、肝心の足元、父さんの説得を忘れていた。
テトの言う通りだ。見習いを店の外に連れ出す権限も、組合の馬車を借りる決済権も、5歳の俺にあるはずがない。
「……そ、そうだよな。テトの言う通りだ」
「だろ?俺は銀貨5枚はめちゃくちゃ欲しいけど、親方の許可がないと……」
「わかってる!今日の仕事が終わったら、ちゃんと父さんに話す!」
「お、おう。頼むぜ、ライム坊!」
テトは、銀貨5枚が懸かった俺の「プレゼン」に、期待の眼差しを向けている。
〈ヤバイ。父さんを説得する材料、もっと集めないと〉
樽の返却を終え、酒屋のベック爺さんの店を出る。
店内には、エールや葡萄酒の、甘く発酵した匂いが立ち込めていた。
〈……この世界、蒸留酒ってあるのかな。もし無かったら……〉
前世の記憶が、また一つ、新たな「商売」の種を囁く。
「ああ、早く酒が飲める歳になりたいもんだ」
「ん?なんか言ったか?ライム坊」
「ううん、何でもない!さあ、店に戻ろう!俺、まだ掃除が残ってるんだ!」
俺は、父さんという最大の難関を突破するため、頭をフル回転させながら店への道を急いだ。




