## 56話 ライムの、これからの話(後編)
## 56話 ライムの、これからの話(後編)
午前11時を少し過ぎた炎の鍋亭に、一瞬だけ静けさが落ちた。
みんなが、それぞれ顔を見合わせたり、うなずいたりしている。
俺は小さく息を吸い込んだ。
「で、ここからが大事な話です」
喉が、からりと鳴る。
「4つ目。『法人としてのビジョン』――何を目指したいのか」
少しだけ、言葉を選びながら話す。
「さっきも言った通り、俺は、今のまま『炎の鍋亭の息子』として動くんじゃ足りないと思っています」
父さんと目が合った。
「父さんの店は大事です。炎の鍋亭は、俺の『原点』だし、この場所がなかったら、みんなとも出会えてない」
「……ああ」
父さんが、短くうなずく。
「でも、今、俺の周りには――」
俺は、ひとりひとりの顔を見る。
「洗い屋さんの家族がいて。
薪屋のマルタのおっちゃんがいて。
鍛冶屋のカチさんがいて。
テトとヤトがいて。
エッタさんとミナがいて。
組合のみんながいて。
そして、テンドー商店さんがいて」
そのたびに、小さな視線と笑い声が返ってくる。
「俺は――」
胸の奥から、言葉を引っ張り出す。
「どんどん仲間を増やしたいです」
ごくり、と唾を飲み込む。
「この街の、不便なところ。
困ってること。
『こうだったらいいのに』って誰かが思ってること。
そういうのを、ひとつずつ見つけて、みんなで形にしていきたい」
自分でも、少し照れくさい。
「世界を、少しずつ便利にしたい」
カチさんが、ふっと口の端を上げた。
「行けるところまで、行ってみたい」
領都、その先。まだ地図にもないような場所まで。
「そのための、『箱』です」
羊皮紙の端に書いた3つの言葉に視線を落とす。
「仲間。便利。遠くまで」
声に出すと、意外としっくりきた。
「俺は、この3つを大事にしたいです」
――
静かな空気が、一瞬だけテーブルを包んだ。
先に口を開いたのは、マルタのおっちゃんだった。
「がっはっは! いいじゃねえか!」
豪快な笑い声が響く。
「『便利』になりゃ、商売も回る。
『仲間』がいりゃ、でっけえ仕事もできる。
『遠くまで』行きゃ、もっと儲かる!」
「わしも、嫌いじゃねえな」
カチさんが、鼻を鳴らす。
「武器ばっかり作らされてた頃より、よっぽど面白い。
『便利な道具』を作る方が、よほど世界を変えられる」
「ライム君らしいね」
アインズさんが、柔らかく笑った。
「うちも、洗い屋として協力させてもらうよ」
「もちろん、組合も賛成よ」
エリーナさんが、にっこり笑う。
「組合長にも、ちゃんと伝えておくわね」
そして――。
「最後に」
俺は、羊皮紙の束の一番下をそっと持ち上げた。
「5つ目。『法人名』の話です」
全員の視線が、再び集まる。
「登録商会として、領都に届け出る名前。
そして、これから俺たちが『一緒に動く時』に名乗る名前」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
「ずっと、心の中で考えていた名前があります」
母さんと父さんと視線が重なった。
〈炎の鍋亭〉。
この店の炎は、俺にとって原点だ。
〈でも、それだけじゃない名前にしたかった〉
「――登録商会の名前は」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「『炎の夜明け』にしたいと思っています」
静寂。
父さんが、ぽつりと言った。
「炎の……夜明け」
「はい」
うなずく。
「この店の炎から始まって。
でも、ここで終わらない。
暗い夜の中で小さな火をつけて、少しずつ夜が明けていく、みたいな。
そんなことができたらいいな、って」
母さんが目を細める。
「いいじゃない」
ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「炎の鍋亭が、『夜明け』の場所になれるなんて、素敵じゃない」
「……ふん」
父さんは、ちょっと顔をそむけてから、ぼそっと言った。
「悪くない名前だ」
「やった」
思わず小さくガッツポーズをする。
「炎の夜明け商会、か」
テンドーさんが、しみじみと呟く。
「リバーシの箱に、その名前を入れるのもいいかもしれないねぇ」
「ロゴも考えなきゃね」
ミナが、やる気満々の目つきになる。
「帳簿の表紙も、全部その名前で揃えましょう」
「よーし!」
隣でクララがぴょんと跳ねた。
「じゃあ今日から、みんな『炎の夜明け』の仲間だね!」
「ま、まあ、そういうことになる、のかな」
俺は苦笑する。
「正式には、領都で登録してから、だけど」
「じゃあ――」
クララが、また手を挙げた。
「KOMのまとめです!」
「まとめ?」
「うん!」
クララは、子どもの字で書かれたメモ用紙を取り出した。
「今日は、ライムが『炎の夜明け』の話をして、みんなが『いっしょにやろう』ってなりました!
これから1週間、ランチボックスや配達を試して、お店の準備をして、リバーシのことも考えて――領都で会社を立ち上げます!」
早口で読み上げ、ぱたんと紙を閉じる。
「以上! KOMおわりです!」
「がっはっは!」
マルタのおっちゃんが腹を抱えて笑い、
大人たちの笑い声とざわめきが、暖炉の火と一緒に店内に広がっていく。
〈よし〉
胸の奥で、小さくつぶやく。
〈これで――ようやくスタートラインに立てた気がする〉
炎の鍋亭の息子、ライム。
そして登録商会「炎の夜明け」の、最初の社長として。
俺の「これからの話」は、ようやく、ここから本当に始まるのだと思った。




