## 55話 ライムの、これからの話(前編)
## 55話 ライムの、これからの話(前編)
午前11時前。
炎の鍋亭の客席には、いつものテーブルが中央の1カ所にまとめられていた。
暖炉には火が入りかけ、店内にはパンとスープの匂いがほんのり残っている。
普段なら、そろそろ昼の仕込みでバタバタし始める時間帯だ。
「……本当に、こんなに呼んで大丈夫か?」
テーブルの端に羊皮紙の束を並べながら、俺は内心で思った。
〈いや、ここまで来て何を言ってるんだ〉
半分は覚悟、半分は諦めだ。
そんなことを考えていると、表の戸がガラガラと開いた。
「お邪魔しまーす!」
1番乗りは、もちろんクララだった。
その後ろから、クララの父さん――アインズさんと、母さん――サクラさんが顔を出す。
「ライム君、お招きありがとうね」
「今日はよろしくねぇ」
「うん、来てくれてありがとうございます」
軽く会釈を返したところに、今度は裏口が開いた。
「よう、坊主!」
マルタのおっちゃんが、いつもの豪快な声で入ってくる。
「なんだか面白そうな集まりだってサラさんに聞いたぞ」
「がっはっは! 説明会なんざ久しぶりだな」
その後ろには、どこか落ち着かない様子のテンドーさんと、きっちりした身なりのエリーナさん。
エリーナさんは、仕事用の制服の上に外套を羽織っている。
「お招きありがとう、ライム君」
「組合長の代理として、今日は私が聞いておくわね」
「は、はい。来てくれてありがとうございます」
今度は、どすどすと足音が響いたかと思うと――。
「ふん。こんな大人数、久しぶりだな」
腕を組んで入ってきたのは、鍛冶屋の親方――カチさん。
その背後には、ちょっと緊張した顔のラークも付いてきていた。
「ど、どうも……よろしくお願いします」
「カチさん、わざわざありがとうございます。ラークさんも来てくれてありがとう」
そこへ、エプロン姿のエッタさんとミナが、厨房側から顔を出す。
「仕込みはひと段落よ。呼ばれた通り、来たわ」
「お、お邪魔します……」
最後に、父さんと母さん、テトとヤトが連れ立って出てきて、テーブルの周りは一気に賑やかになった。
ぐるりと見回す。
ライム(俺)、ゴードン(父さん)、サラ(母さん)、テト、ヤト、エッタさん、ミナ、アインズさん、サクラさん、クララ、マルタのおっちゃん、カチさん、ラーク、エリーナさん、テンドーさん。
――クララの言った通り、今、俺の周りで一緒に動いてくれている人たちが、ほとんど全員そろっている。
「それじゃあ!」
クララが、テーブルの1番端に立ち、ぴんと右手を挙げた。
「それでは、KOMを始めます!」
「……こむ?」
マルタのおっちゃんが、きょとんとする。
「KOMってなんだい?」
「きっくおふ、みーてぃんぐ!」
クララが得意げに胸を張る。
「昨日ライムが教えてくれたの。これからが、はじまりますよの会議なの!」
「ああ、そういうことね」
エッタさんが、くすっと笑う。
〈……言ったのは俺だけど、もう完全にクララの言葉になってるな〉
クララが1歩横にずれて、俺のほうを向いた。
「じゃあ、ライム。お願いします!」
「う、うん」
全員の視線が、俺に集まる。
喉が、こくりと鳴った。
「それでは――」
俺は、1番上の羊皮紙を手に取り、深呼吸した。
「ライムの、これからの話を始めます」
――
「まずは、集まってくれてありがとうございます」
できるだけいつもの調子で、口を開く。
「ええっと、今日は――」
羊皮紙の1行目をちらりと見る。
「これから俺が、みんなと一緒にやっていきたいこと。
そして、そのために登録商会――法人――を作る話を、ちゃんと説明したくて、この場をお願いしました」
俺はペンの先で、羊皮紙の見出しを指さした。
「だから、順番に話します。
1つ目は、なんで法人にするのか――その理由から」
軽く息を吸って、言葉を続ける。
「今、俺たちがやってることって、炎の鍋亭だけじゃないですよね」
「うちの洗い屋も、しっかり巻き込まれているねえ」
アインズさんが、苦笑い混じりに言う。
「薪屋もな!」
マルタのおっちゃんが、胸を叩いた。
「鍛冶屋も、だ」
カチさんが、腕を組んだまま目を細める。
「テトとヤトは配達、エッタさんたちはお弁当と店、ラークさんはリバーシのコマ……」
俺は、ぐるりと顔を見渡した。
「みんな、それぞれ別の店で働いてるのに、今は1つの大きな仕事で、繋がって動いてる。
この先も、リバーシとか、ランチボックスとか、きっともっと新しいことをやると思う」
そこで、一度言葉を切る。
「でも、そのたびにライムの思いつきとして動いてると――」
父さんのほうを見た。
「誰がどこまで責任を持つのか、曖昧なままになっちゃう」
父さんが、うむ、と頷く。
「そこで、箱が欲しいんです」
俺は、羊皮紙の端に書いたメモを指で叩いた。
「炎の鍋亭でも、洗い屋でも、薪屋でも鍛冶屋でもない、みんなで一緒にやる時の箱」
「それが……」
エリーナさんが、目を細める。
「登録商会、ってわけね?」
「はい」
うなずく。
「みんなで何かする時は、この登録商会の名前で契約をする。
誰がお金を出して、誰がどの仕事をして、儲けが出たらどう分けるか――それを、この箱の中で、ちゃんと決める」
「ふむ」
マルタのおっちゃんが、興味深そうに顎をさする。
「責任とリスクの切り分け、というやつだな」
「む、難しい話になってきたよ……」
テトが頭をかく。
「要するに」
俺は、簡単にまとめる。
「ライムの思いつきじゃなくて、みんなで相談して動く、ちゃんとした組織にしたい、って話です」
「それなら、わかりやすいわ」
サクラさんが、にこっと笑った。
「ライム君の頭の中のごちゃごちゃを、外に出して形にするのね」
「はい。そんな感じです」
――
「2つ目は、領都に行くスケジュールについてです」
羊皮紙をめくる。
「母さんから聞いた通り、ノール川を使ったルートで――」
「行きが丸1日、帰りが3日よ」
母さんが、横からすかさず口を挟む。
「泊まるのは、私の実家の商会ね」
「というわけで」
俺は苦笑しながら続ける。
「移動だけで4日。
向こうで登録商会の手続きとか、母さんの実家への挨拶とかを考えると、最低でも1週間はロンドールを離れることになります」
「ほう」
テンドーさんが、腕を組んだ。
「店はどうするんだい?」
「そこも含めて、今日、ちゃんと共有したいんです」
――
「3つ目は、出発までの1週間でやること」
俺は新しい羊皮紙を広げた。
「まずは――ランチボックス作戦と洗い屋の配達の本格スタートです」
「おう!」
テトが、元気良く手を挙げる。
「俺と、ヤトの出番だな!」
「テトとヤト、それから洗い屋さんの家族と一緒に、1週間でどの時間帯に、どこの配達が多いかを試したい。
お昼時はどこが1番困ってるのか、ランチボックスの数はどれくらい必要なのか――」
「なるほどねえ」
アインズさんが、感心したようにうなずく。
「1週間試してから、本格的に形を決めるってわけか」
「はい。そこで問題が出たら、領都から戻ってきてから、改めて契約を結びたいと思ってます」
サクラさんが笑う。
「ちゃんとお試し期間を作るの、大事よ」
「次に――家族が不在の間の、炎の鍋亭の運営です」
父さんのほうを見る。
「父さんと母さんがいない1週間、店はエッタさんを中心に回してもらおうと思ってます」
「任されたわ」
エッタさんが、すっと背筋を伸ばした。
「でも、メニューは少し絞った方がいいと思うわね。
ゴードンさん不在で、いつもと同じメニューを全部出すのは、さすがに無茶よ」
「ですよね」
俺はうなずく。
「なので、この1週間で、エッタさんと父さんで、不在の時のメニューと厨房の動かし方を決めてもらいたいです」
「そうだな……」
父さんが、腕を組んで考え込む。
「……1週間あれば、なんとか形にはできるだろう。
ミナ、お前も厨房を手伝ってくれ」
「は、はいっ!」
ミナがびくっとしてから、元気よく返事をした。
「帳簿は――」
俺が続ける前に、母さんが先に笑った。
「はいはい、帳簿はもう私の仕事じゃないわよ」
「……エッタさんに、完全にお任せします」
「光栄ね」
エッタさんが、にやりと笑った。
「4つ目。リバーシの扱いについて」
俺は、テーブルの片隅に置いていたリバーシ盤を軽く持ち上げる。
「今まで通り、ラークさんには10セット分のコマを、継続でお願いしたいです」
「へ、へい!」
ラークさんが慌てて姿勢を正す。
「ここは正直、まだ需要が見えません。もっと注文が増えてきたら……」
「そこは、わしに任せろ」
マルタのおっちゃんが、ドンと胸を叩く。
「ただ、これは少し先の話になるので、今日は方向性の共有だけにしておきます」
「了解した」
――
「というわけで――」
俺は、羊皮紙をテーブルに並べ直した。
「ここまでが、出発までの1週間でやることの共有です」
〈足元の段取りは、これで一通り話せた〉
〈問題は――この先だ〉




