## 54話 クララのおつかい
## 54話 クララのおつかい
【クララ目線】
炎の鍋亭を出て、石畳の道をとことこ歩きながら、私はさっきのことを思い返していた。
〈ライム、なんでもできるんだよね〉
お金のことも、お店のことも、新しい遊びのことも。
大人のおじさんたちと、普通にお話して、ちゃんと話をまとめちゃう。
〈でも、ライムは1人しかいない〉
いろいろいろいろ、ライムのところに仕事が集まってきてる。
〈だから、クララがライムを手伝わなきゃ〉
よし、と小さく拳を握る。
「よーし、がんばる!」
通りがかりのおじさんが、びくっと振り向いた。
「……ひとりごとです!」
私はぺこりとお辞儀して、そのまま洗い屋に向かって走る。
――
「お父さん!お母さん!」
店に飛び込むなり、私は裏の仕事場に向かって叫んだ。
「テンドーさんのお店、行きたいの!」
「テンドーさん?」
洗い桶から顔を上げたお父さん――アインズが、きょとんとする。
「いきなりどうしたんだい?」
「ライムがね!」
私は一息でまくしたてた。
「これからの予定を、明日みんなに説明するの!
お父さんとお母さんも、明日ライムの家、一緒に行ってね!
それでね、説明の準備でライム忙しいの。だからクララがお手伝いするんだ!」
「ほう」
お父さんが、くすっと笑う。
「つまり、テンドーさんのところに『伝言』に行きたいんだね?」
「うん!」
「んーと、今日の配達は……」
お父さんが壁の札を見上げる。
「配達も多くてねえ。クララ1人じゃ遠くまで行けないし――」
その時だった。
「こんにちはーっす!」
ちょうどタイミングよく、表の戸がガラガラ開く。
「アインズさん、ヤト連れてきたよ!」
元気な声。テトだ。
「あら、テト君」
お母さんが顔を出すと、その後ろから、見慣れない少年がぺこりと頭を下げた。
「こいつが弟のヤト」
テトが胸を張る。
「はじめまして。配達の仕事を、テトと一緒にやります。よろしくお願いします!」
「ああ!」
お父さんの顔がぱっと明るくなる。
「君がヤト君か。助かるよ。よろしくね」
「今日も配達の引き継ぎ、お願いします」
テトが言うと、お父さんは大きく頷いた。
「本当に助かるよ。今日は配達が多かったからねえ。
馬車もあるし、君たちがいてくれると心強いよ」
〈よし!〉
私はすかさず、お母さんの袖を引っ張る。
「ねえ、お母さん!」
「なあに、クララ?」
「じゃあクララ、お昼すぎに一緒にテンドーさんのところ行きたい!」
お母さんは一瞬だけ考えて、それからふわっと笑った。
「そうね。じゃあクララ、お昼すぎに一緒にハンナさんのところに行きましょうか」
「うん!」
クララ、任務を獲得した。
――
昼すぎ。
私はお母さん――サクラと手を繋いで、商店街のほうへ向かっていた。
テンドー商店は、道具屋さんだ。
鍋とか、釘とか、縄とか、よく分からない金属の部品とか……いろんなものが棚にぎっしり並んでいる。
「ハンナさん、こんにちは」
お母さんが店に入って声をかける。
「あら、サクラさん。こんにちは」
奥から顔を出したのは、優しそうなお姉さん――テンドーさんの奥さん、ハンナさんだ。
前に、乗合馬車でライムと一緒に乗ったって、ライムが言ってた人。
「今日はどうしたの?」
「今日はお使いに。テンドーさん、いらっしゃる?」
「ええ、いるわよ。ちょっと呼んでくるわね」
ハンナさんが奥に声をかけに行く。
代わりに、ひげ面のおじさんが出てきた。
がっしりした体つきで、いつも店の前で荷物を運んでいる、あの人だ。
「お待たせしました。テンドーです――って、おや?」
私を見るなり、目を細める。
「君は……洗い屋さんのところの娘さんだね? ずいぶん大きくなったねえ」
「テンドーさん、こんにちは!」
私はぺこりと頭を下げる。
「サクラです。こんにちは。
今日は、うちの娘がちょっと伝言があるみたいで」
「伝言?」
テンドーさんが首をかしげたので、私は一歩前に出た。
「うん!」
深呼吸して、胸を張る。
「ライムがね、明日、説明会をするの!」
「説明会……?」
「うん! だから、来てほしいの!」
テンドーさんが「?」って顔をしたので、私は順番に説明を始めた。
「えっとね、ライムはいま、いろいろやってるの」
指を1本ずつ折りながら言う。
「テトお兄ちゃんたちと、洗い屋さんの配達を、馬車でやるの。
それから、お弁当――ランチボックスを、いろんなところに届けるの。
それと、新しい機械を、カチさんと作ってるの。
リバーシっていう遊びも、作ってるの。すごく人気なの!」
「お、おう?」
テンドーさんの眉がどんどん上がっていく。
「それでね、ライムは、領都に行くの。
えっと……『ほうじんとどけ』? を出しに行くの」
「法人届、ね」
お母さんが、くすっと笑いながら補足する。
「なにか、みんなで一緒にやるための『箱』を作るんだって」
「そう、それ!」
私は勢いよく頷いた。
「それでね、明日、関係してるみんなをライムのお家に集めて、ちゃんと説明するの。
洗い屋さんとか、マルタさんとか、カチさんとか、テトくんとヤトくんとか、エッタさんたちとか。
それで、テンドーさんにも来てほしいの!」
テンドーさんは、しばらくの間、固まっていた。
「……えっと」
やっと口が動く。
「君、5歳くらいだったよね?」
「うん!」
「ふふ」
お母さんが口元を押さえる。
「うちの子とライム君は、ちょっと“変”なんです」
「変……ちょっと……」
テンドーさんが、なんとも言えない顔になる。
「え、えーと、クララちゃんは、本当にすごいねぇ。
リバーシのことも、知ってるんだ?」
「うん! クララ、ライムとたくさんやってるよ!」
「リバーシはね」
テンドーさんの顔に、ようやく馴染みのある話題が出てきたみたいで、笑みが戻る。
「アイザットさんから教えてもらってね。
すごく楽しくて、最近は毎日やってるよ。ライム君の活躍の話も聞いてる」
「えへへ」
なんか、ライムが褒められると、自分のことみたいに嬉しい。
「それで――」
テンドーさんが、改めて姿勢を正した。
「さっきの話をまとめると……
リバーシの『販売店』を、探している。
そして、その候補として、うちを見てくれている、ってことかな?」
「うん。でも――」
私は、人差し指をぴっと立てた。
「条件次第です!」
「……ははは」
テンドーさんが、頭を抱えて笑い出す。
「なるほど。ライム君だけじゃなくて、クララちゃんもなかなか手強いね……」
「だからね、明日は説明会なんだよ!」
私はぐっと身を乗り出す。
「ライムが、ちゃんと説明するから。
テンドーさんも、自分のお店のいいところ、まとめておいてほしいの!」
「……お店の、いいところ?」
「うん! ライム、たぶん『どんなふうに売れるか』とか『どんな人が来るか』とか、そういうの知りたいと思うから!」
テンドーさんは、一瞬ぽかんとして――それから、真面目な顔になった。
「……わかった」
ぐっと拳を握る。
「明日は必ず都合をつけるよ。
うちとしても、このリバーシって商売に、ぜひ絡ませてもらいたい。
だから、うちの店の強みも、ちゃんとまとめておく」
「ありがとうございます!」
私はぺこりと頭を下げてから、ふと顔を上げる。
「ねえ、テンドーさん」
「ん?」
「おじさん、リバーシ好きなの?」
「好きだよ。
最近はいつも、仲間とやってるんだ。
あれはいいねぇ。酒場でやっても、家でやっても、すぐ盛り上がる」
「ほんと?」
胸がわくわくしてくる。
「じゃあ――」
私は、持ってきた布袋を取り出した。
「一回、一緒にやろう!」
――
それからしばらく、テンドー商店の片隅では、妙な光景が繰り広げられることになった。
「……負けた」
「ありがとうございました!」
1戦目、終了。
「も、もう一回!」
「いいよ!」
2戦目、終了。
「……なんでだ……」
「ありがとうございました!」
「も、もう一回だけ!」
「いいよ!」
3戦目、終了。
「…………」
テンドーさんは、盤面を見つめて固まっていた。
「クララ、そろそろ行きましょうか」
お母さんの声で、私は立ち上がる。
「テンドーさん、明日よろしくね!」
「あ、ああ……う、うん……」
心ここにあらず、という感じで返事が返ってきた。
嵐のような母娘が去ったあと。
テンドー商店の中には、しばし奇妙な静けさが残ったという。
「……5歳って、なんなんだろうな」
テンドーさんは、ぽつりと呟いた。
だが、すぐにリバーシ盤を見つめ直し、表情を引き締める。
「いや、ぼやいてる場合じゃない。
明日は、このリバーシって商売に本格的に絡めるかどうかの、大事な機会だ……!」
彼は、店の奥から紙とペンを持ってくると、
「テンドー商店のいいところ」と書いた見出しの下に、ごりごりと文字を書き始めた。
――その頃クララは、「ライム、明日がんばってね!」と鼻歌交じりで帰り道を歩きながら、
自分の〈交通整理会議〉が、ちゃんと役に立つことを、微塵も疑っていなかった。




