## 52話 クララの交通整理会議
## 52話 クララの交通整理会議
クララの家――洗い屋――に着くと、表の受付には誰もいなかった。
代わりに、裏手の作業場のほうから、桶の音と誰かの笑い声が聞こえてくる。
回り込むと、そこには大きなタライと湯気に囲まれた3人の姿があった。
クララと、その父さん――アインズさんと母さん――サクラさんだ。
「よう、クララ。久しぶり」
声をかけると、クララが振り向いた。
「あ、ライム!」
一瞬ぱっと顔が明るくなったあと、すぐにむすーっとした顔になる。そして、ぷいっとそっぽを向く。
「ライム、全然遊びに来てくれない!」
〈うっ……〉
胸がちくりと痛んだ。
「ご、ごめん。色々あってさ。今もちょっと、色々溜まっちゃってて……」
「ふーんだ」
クララは頬をふくらませたままだ。
「ははは」
アインズさんが、タライから手を離して笑う。
「おはよう、ライム君。
クララのやつ、最近『今日もライム、来なかった……』って、毎晩のように言っててね」
「お、お父さん、なんで言うの!……」
〈クララ、そんなに……?〉
妙なところで責任感が刺激されてしまう。
「ライム、たいへん? クララ、役に立ちたい!」
クララが、ぐいっと一歩近づいてくる。
その目は真剣そのものだ。
「ああ……ありがとう。
ちょっと、こんがらがっちゃってさ。
あっちで、いつもみたいにリバーシしながら、話を聞いてほしいんだ」
「……いいよ!」
今度は一転、ぱっと笑顔になる。
「お父さん、いい?」
「ああ、遊んでおいで。
お母さんと2人で回しておくから」
「ありがと、おじさん」
「そうだ、ライム君」
アインズさんが、思い出したように言う。
「例の配達の件だけど、今日からテトの弟くんが来るんだって?」
「あ、そうでした!」
完全に頭から抜けかけていた「本日のメインイベント」を思い出す。
「今日からテトの弟のヤトが来るんです。配達担当に。
馬ももううちに来てるから、今日から洗い屋さんの配達の引き継ぎを始めてもらっていいですか?」
「ああ、その件なら――」
アインズさんが、少し嬉しそうに笑った。
「テト君が、2日くらい前から『弟が来る前に、自分が一緒に回っておきたい』って言ってくれてね。
もう一緒に配達のルートを回ってくれてるよ」
「え、そうなんですか」
「馬車だと、本当に楽だねぇ。
前はヨタヨタ運んでた荷物が、一回で済むんだから」
「そうなんだ……。
じゃあ、引き続きお願いします!」
「こちらこそ、助かってるよ」
〈テトのやつ、気が利くなぁ……〉
弟のことも、店のことも、ちゃんと自分で考えて動いてくれてる。
ますます頼りになる。
――
クララと一緒に表に戻り、店先のいつもの場所にリバーシ盤を広げる。
通り過ぎる人の邪魔にならないよう、少しだけ日陰に寄せて。
「じゃあ、今日も黒はクララからで」
「うん!」
黒いコマが、ぱちん、と盤の中心に置かれる。
そこからは、いつもの「リバーシしながら近況報告タイム」だ。
俺は、ここ数日の出来事をかいつまんで話していく。
馬とヤトの合流で、洗い屋や酒樽の運搬業務がスタートできること。
組合長やエリーナさんとの法人届のやり取り。
ランチボックスの話。
カチさんと一緒に作り始めた「新しい機械」のこと。
リバーシが予想以上に評判になって、予約が溜まっていること。
そして、領都行きが決まり、準備しなくてはいけないこと。
「……って感じかな。
なんかね、やりたいことと、やらなきゃいけないことが、ごちゃごちゃになってきてさ」
俺がため息をつくと、クララは真剣な顔で盤面を見つめていた。
コマを1つ置いてから、ぽつりと言う。
「ライム、社長になるの?」
「まあ……そうなる、かな」
この前、正式に「代表人」になった話を補足した。
だからこそ、こうして「社長さん」とからかわれるようになったのだが。
「すごいすごい!」
クララの目が、きらきらと輝いた。
「クララ、ライムの社長のお手伝いするからね!」
「助かるよ。
……まあ、今のところ一番助かってるのは、こうやって話聞いてもらってることだけど」
「うん!」
クララは、何も難しいことは分かっていない――ようでいて、本質を掴んでくるから侮れない。
1局目が終わる頃には、俺の頭の中の〈やることリスト〉が、さっきより少しだけ整ってきていた。
「ライム」
クララが、ふいに座り直した。
「なに」
「サラおばちゃんのところ、行こう?」
「……え、母さん?」
「うん。
クララ、ちょっとサラおばちゃんにお願いしたいことがあるの」
〈お願い?〉
嫌な予感と、期待と、半々くらいの何かが胸に浮かぶ。
「わかった。じゃあ、一緒に行くか」
――
炎の鍋亭に入ると、2階にいた母さんがすぐに顔を出した。
「おや、クララちゃんにライムじゃないか。いらっしゃい」
「サラおばさん!」
クララが、ピシッと背筋を伸ばして、右手をぴんと挙げる。
最近すっかり板についてきた「クララ式の敬礼」だ。
「はい、クララさん。どうしました?」
母さんも、ニヤニヤしながら同じポーズを返す。
「サラおばさん。いまライムは、いろいろいっぱい大変です。
ちょっと協力してください!」
「ん?」
母さんが俺を見る。
俺は目をそらす。
「ライムは、テトくんと配達のことをしてます。
エッタさんとは、お弁当のこと。
ゴードンおじさんとサラおばさんとは、届け出のこと。
マルタさんとは、リバーシのこと。
カチさんとは、新しい機械のこと……」
一人一人の名前を挙げながら、クララは指を折っていく。
「みんなと、いろいろお話を進めてます」
「そうねぇ」
母さんが感心したようにクララを見る。
「というか、新しい機械って初耳だけど?」
「……あ」
〈やべ〉
完全に言ってなかった。
〈というか、クララ、本当に理解力オバケじゃない?
そして、なんで母さん、普通に会話してるんだろ。そこにまずツッコまないの?〉
クララはお構いなしに続ける。
「だからライム!」
びしっと俺を指さした。
「みんなに、バラバラにお話するのは良くないと思います!」
「……!」
胸のど真ん中を、矢で射抜かれたみたいな感覚がした。
「まずはみんなに、『こんなことをするよ』って教えないと!
そうしないと、みんな心配するし、助けたいのにどこを手伝えばいいか分からないよ!」
「……」
〈……核心だ〉
何も言い返せなかった。
「そうねぇ、その通りだわ」
母さんが、クララの頭を優しく撫でる。
「クララの言う通りだよ、ライム。
あんた、こんなに抱え込んで……。
それでクララは、私に聞かせて、何をしてほしいの?」
「えっとね!」
クララが、またぴしっと手を上げた。
「明日、みんなをお店に集めてほしいです!」
「みんな?」
俺と母さんが、同時に聞き返す。
「うん!」
クララは、指を折りながらカウントしていく。
「サラおばちゃんとゴードンさんと、テトくんとヤトくんと、
エッタさんとミナさんと、うちのお父さんとお母さんと、
マルタさんとラークさんと、カチさんと、テンドー商店さん!」
〈だいたい合ってる……〉
というか、俺の〈頭の中の関係者リスト〉をほぼ完全に言語化してるの、本当に何者?
母さんは、ぽかんとしたあと、ふっと笑った。
「なるほどねぇ。
要するに、明日『ライムの今後の説明会』をやれってことね?」
「そうです!」
クララが元気よく頷く。
「わかったわ」
母さんは、ひょいっと立ち上がった。
「よし、明日の昼前に集まってもらいましょう。
料理と場所はうちが用意する。
あとはゴードンと一緒に、今から声をかけて回るわ」
「母さん……」
「ライムは、今日のうちに、『何をみんなに話すか』を紙にまとめなさい。
どうせ頭の中が渋滞してるんでしょ?」
図星すぎて、ぐうの音も出ない。
「私はいいわよ?」
母さんがクララを見る。
「あなたは?」
「私はこれから、テンドー商店さんに行きます!」
クララが、勢いよく敬礼した。
「ライムが社長になるなら、売るところも大事です!
テンドー商店さんにも、ちゃんとお話しないといけません!」
「そ、そうだね……」
〈クララ、俺、今、ちょっと言葉が出ないんだが〉
5歳児のはずの幼馴染が、完全に「優秀なプロジェクトマネージャー」にしか見えない。
「じゃあライム!」
クララがくるりと振り向く。
「明日、ちゃんとみんなにお話するんだよ!」
そう言って、洗い屋の娘は、俺より一歩先に、未来に向かって歩き出した。




