## 51話 予定渋滞
## 51話 予定渋滞
次の朝。
いつものように山盛りの卵炒めを前に、俺たちはテーブルを囲んでいた。
「今日はヤトが来るな」
パンをちぎりながら、父さんがぽつりと言う。
「あ」
思わず間抜けな声が漏れた。
〈すっかり忘れてた……!〉
鉱山を辞めて、ヤトが今日からうちに来るんだった。
「そ、そうだね」
慌てて取り繕うと、母さんがじとっと睨んでくる。
「あんた、完全に忘れてたでしょ」
「う、最近色々あってさ……」
「色々、ねぇ?」
母さんがため息をつきながらも、すぐに矛先を変える。
「そうだよ、ライム。あんた、領都にも行かないといけないのよ。
これからの予定はどうするの? ここらで一回、ちゃんと整理しなさい」
〈ぐっ〉
一番刺さるところを突いてくる。
「えっと……」
俺は頭の中の〈やることリスト〉を引っ張り出す。
「まず、今日からヤトが来るから、テトと一緒に洗い屋の配達の引き継ぎを始めてもらう。
ランチボックスは……明日から徐々に動かし始めるつもり」
「ふむふむ」
「それから、リバーシの販売所の件で、テンドーさんのところにも行きたい。
領都行きの前に、ある程度目星つけておきたいし」
「盛りだくさんだな」
父さんが、苦笑い混じりに茶をすすった。
「ちなみに、領都へ行くと、どれくらい日数が必要なんだ?」
「移動はノール川を使ったほうがいいわね」
母さんが、さらっと答える。
「行きが丸1日。帰りが……水の流れが逆だから3日かかるわ。
泊まる場所はうちの実家でいいわよ。日程が決まれば、手紙を出しておくわ」
〈そういえば、母さんの実家って領都で商会やってるんだっけ〉
以前少しだけ聞いたことがある。規模は分からないけど、少なくとも〈川沿いに支店を構えてる〉レベルらしい。
「移動だけで4日か」
父さんが腕を組む。
「店は……締めるしかないか」
「あら、エッタさんに任せればいいじゃない」
母さんがあっさり言い切る。
「エッタさんとミナもいるし。最近は厨房のほうも、結構育ってきたでしょ?」
「うーん……」
父さんは少し考え込んだあと、頷いた。
「……そうだな。厨房担当もある程度任せられるようになってきたし、エッタさんもいれば――
よし。引き継ぎもあるから、1週間後からの1週間でどうだろうか」
「私はいいわ!」
母さんが即答する。
〈このボリューム感が、たった1週間で整うのか……〉
リバーシの生産と販売、ランチボックス、カチさんの新しい機械、領都行きの準備。
頭の中がごちゃごちゃに渋滞して、熱を持って動かなくなっているような気がする。
「――ってわけで、ライム」
母さんがニヤッと笑う。
「1週間後ね。領都、楽しみだわ。
あんたは……仕方ないから、母さんもちゃんと手伝ってあげるよ」
「え?」
「帳簿はもうほとんどエッタさんがやってくれてるから。私は戦力外通告受けちゃったのよ」
さらっと自虐しながら母さんは肩をすくめる。
「日中は前より時間あるわ。やること整理するの、手伝うわよ」
「ありがとう。じゃあ、一回全部紙に書き出してみるよ」
〈母さん『戦力外通告』……正直、数字はエッタさんの方が安定してるしな〉
〈でも、母さんの空いた時間を別のところで活かせるのは大きい〉
――
朝食を終え、歯を磨いてから1階に降りると、すでにエッタさんとミナが来ていた。
「おはようございます」
「おはようございます、ライムくん」
ミナがぺこりと頭を下げる。
「あら、社長さん。おはようございます」
エッタさんが、わざとらしく口元を押さえて笑った。
「ちょっと! 普通に『ライム』って呼んでくださいってば!」
「ふふ、ごめんなさいね。
でも、もう立派な『社長さん』なんだから、慣れておかないと」
〈しばらくこのネタは続くんだろうな……〉
「そうだわ、ライムくん。リバーシの件なんだけど」
エッタさんが帳簿を持ち上げる。
「予約が、もう30件になっているわ」
「30!?」
思わず声が裏返る。
「そんなに!」
「はい。皆さん、お名前と住所を残してくれているから、準備ができたら手紙でお知らせすれば大丈夫よ」
〈すご……組合長とクララのお父さん経由で広まったのが、こんなに効いてるのか〉
「えっと、今20セットはできてるから……」
マルタとカチさんの顔を思い浮かべながら続ける。
「先に、その20人分に手紙を出してもらえるかな。
お代は銀貨10枚で」
「そうね……」
エッタさんが、少し申し訳なさそうに眉を寄せる。
「やってあげたいんだけど、まだお弁当の仕込みと店の新しい流れが落ち着いていなくてね。
受付と帳簿とメニュー周りで手一杯なの」
「あ、ごめん。そうだよね」
〈完全に“できる人”に仕事を盛ろうとしてた……〉
「じゃあ、予約リストだけ増やしておいてください。手紙は少し待ってもらえると」
「ええ、それなら大丈夫よ」
「助かります」
俺は軽く頭を下げて外に出た。
――
市場へ向かう荷車、洗い屋へ向かう洗濯物、薪屋へ向かう職人たち。
ロンドールの朝の喧騒が広がる。
〈うーん……どうしよう〉
頭の中の〈やることリスト〉は完全に渋滞していた。
ヤトの引き継ぎ、洗い屋との段取り、ランチボックスの数量、リバーシ販売所の交渉、カチさんのプレス機、そして領都行き。
〈……こんな時は〉
自然と足が、隣の店のほうへ向いていた。
「クララと遊ぼう」
ただサボりたいわけじゃない。
クララとリバーシを打ちながら話していると、自然と頭が整理されていく。
そう決めて、俺は洗い屋――クララの家――へと向かった。




