## 42話 鍋と馬車とぎゅうどん会議
## 42話 鍋と馬車とぎゅうどん会議
市場の喧噪を背に店へ戻ると、厨房は仕込みの火だけが細く残り、薄橙に沈んでいた。夕方4時、開店前。俺とテトは包みをほどき、磨かれた弁当箱をカウンターに並べていく。
「とうとう出来たか」
父さんがカウンター越しに弁当箱を見下ろす。
「うん、とうとう出来た!」
俺は胸を張った。
「市場の人も、お弁当を楽しみにしてる人が多いよ。マルタのおっちゃんもカチさんも『早く始めてくれ』ってさ。他の人たちからも、どこで聞いたのか『待ってるよ』って声をかけられた」
「きょうだけで何回『いつからだ?』って言われたか分かんねぇ」
テトが苦笑する。
「エッタさんとミナはどう?」
「2人とも問題なく料理もできるし、手際もいい。それで、弁当は馬車が届いてから始めるのか?」
父さんが腕を組む。
「うん。このことなんだけど、料理のことは分からないところもあるから、みんなで作戦会議しよう」
テトが頷いて裏口へ走る。ほどなく、母さんが髪をまとめながら入ってきて、エッタさんは帳面を小脇に、ミナは弁当箱を興味深そうに撫でていた。
「じゃあ『ランチボックス作戦』会議を始めます」
俺は弁当箱を指さしながら、みんなの顔を見る。
「これが新しい弁当箱。配達はテトと、弟のヤトが担当。流れは――」
俺は、あらかじめ頭の中で組んだ段取りを、一つずつ声に出していく。
・朝いち:洗い屋で洗浄済みの弁当箱を受け取る
・同時並行:店で仕込みと調理を開始。目標は10:30に100個を作り切る
・11:00:馬車を出発。それまでに積み込み完了(洗い屋からの配達物も受け取る)
・配達(テト&ヤト):契約先(マルタの薪屋/カチ鍛冶屋/市場組合)へ納品。大口契約が増えたら順次追加
・販売:市場組合前の広場で販売。目安は13:30まで
・午後:洗い屋の配達物を届ける
・回収:16:00までに配達物を終え、契約先で空の弁当箱を回収(市場組合を一次返却先にお願いする予定)
・帰還:17:00前に店へ戻り、洗い屋へ弁当箱を届ける
・運用:弁当箱は200個保有。日販100個で入れ替え制
「ここまでで何か問題、あるかな?」
「最初は納品先で段取りが分かんなくて、ちょっと時間食うかもなぁ」
テトが率直に言う。
「10:30までに100個……考えるとなかなかシビアだな」
父さんが鍋を見やる。
「お弁当箱の受け取りは私がやるよ! 台車は貸してください!」
ミナが元気よく手を挙げた。
「献立を考えるのが大変そうね」
母さんが腕を組む。
「中身は毎日変えるんですか?」
エッタさんが帳面を開きながら尋ねた。
冷たい鍋だけが出番を待っているのに、会話だけがぐつぐつ煮立っていく。
「みんな、ありがとう。細かいことはやりながら解決していこう」
俺は一度息を整える。
「それで肝心の料理だけど……俺のアイデアは――献立は『牛丼』でいきたい」
「ぎゅうどん? というと?」
父さんが首をかしげる。
「牛肉と玉ねぎを甘辛いつゆで煮込んで、ライスの上に掛けるやつ」
〈まずうまい。肉と米で満足感がある。切って煮込むだけだし、1本に絞ったほうがコスト管理もしやすいはずだ〉
「うちは炎の鍋亭。煮込みなら負けないはずだ」
「ライスに具をかけるだけなら時間は大丈夫そうだな。――だが、味が分からん。どんな味なんだ?」
父さんは真面目な顔になる。
「『うまい』ってみんなが思える味にしてほしい。牛肉じゃなくても、玉ねぎじゃなくてもいい。とにかく材料を切って煮込んで、ライスに掛ける――そこが肝だ」
「アンタにしては大雑把ね。でも結局、うちの料理長に任せるってことだね」
母さんが笑う。
「ライム、お前、母さんに似てきたな」
父さんが口元を緩める。
「だが、そうだな。丼物か。そのほうが俺もやりやすい」
「一品のほうが仕入れコストも分かりやすいですからね。段取り表、私が清書しておきます。ミナちゃん、一緒にやろうか」
「うん!」
エッタさんとミナが顔を見合わせる。
「それと――市場組合に、弁当箱の一次返却をお願いしなきゃ。ここが決まると回収がぐっと楽になる」
「じゃ、明日の朝、俺が顔出して話つけてみるね」
テトが頼もしく言った。
父さんは無言で鍋のふちを軽く叩いた。鉄が小さく鳴る。火口の前に立ち、火石を指で弾く。
「じゃあ、その『ぎゅうどん』とやら、やってみるか」
「最初の100、やってみよう。失敗しても、次に活きる」
俺も鍋の横に並んで立つ。
「うん。名付けて、炎の鍋丼だ。開発からやってみよう」
火がぱっと灯り、鍋の底を照らす。
こうして、ランチボックス作戦は、将来炎の鍋亭の看板メニューとなる炎の鍋丼の開発から、静かに火ぶたを切るのであった。




