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異世界で社長になる。   〜5歳児から始める異世界ビジネス革命〜  作者: Mizunoki.Kawai


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## 41話 蒸留器の落書き

## 41話 蒸留器の落書き


午後の鍛冶屋は、鉄と炭の匂いがいつもより濃かった。表の戸を開けると、槌音が規則正しく鳴っている。カチは奥で弟子たちに目を光らせ、柄の角度や叩くタイミングを厳しく指導していた。


「すいませーん!」


「すいませーん!!」


「すいま――」


「うっせえ。あっちの部屋で待ってろ」


はい、いつものお約束。俺とテトは面談室に退避する。


「わぁ、ハルバード! かっこいいなぁ」


壁に立てかけられた大きな槍を、テトが目を輝かせて見上げる。


「そうだよね。テトはバトルもいけるのか?」


「『ばとる』?」


「その武器を使って戦えるのかってこと」


「いやいやいや、無理だよ。振り回したら自分が飛んでっちゃうもん」


テトの言い方に、つい想像してしまって笑いそうになる。


そんなことを話していると、カチとラークが入ってきた。扉の向こうで、槌音が一段落した気配がする。


「おう、小僧。今日はどうした?」


「父さんがさ、酒札の件で礼を言ってたよ。めっちゃ助かったって」


「役に立ってるなら良かったな」


「うん、ありがとう! それで、弁当箱の状況は?」


「残りの分もできてるぜ!」


ラークが胸を張る。


「うわぁ、すごい! これで弁当プロジェクトも始められるよ」


「うちんとこにも配達に来てくれるんだろ?」


カチが確認するように言う。


「はい! 必ず伺います!」


テトが即答した。


「助かる。あんがとな」


カチが口元を緩める。

〈テトのこういうまっすぐなところは本当にいいな〉


「じゃ、弁当箱はもう十分だから、次はリバーシのコマだけ作ってほしいんだ。組合長が20セットいきなり買ってくれた。これからは1日100くらいでいいと思うんだけど……」


〈……1日100だと、1週間で10セット分くらいか。立ち上がりは、もう少し在庫を積んでもいいよな〉


「やっぱり200くらいでお願い」


「それくらいなら、そんなに時間も取られないから、了解だぜ」


ラークの返事は相変わらず早い。段取りが頭の中にもう見えている感じだ。


「そういえばカチさんはお酒、飲む?」


〈鍛冶屋は酒豪、という偏見が俺の中にある。お約束ってやつだ〉


「おうよ。今度一緒に飲むか?」


「俺、まだ5歳だから……。それでさ、ワインとかエールを、もっともっと強くした――酒精の強いお酒ってあるの?」


「強い酒? ああ、隣の帝国の、さらに向こうで珍しい酒があるとかでな。王都の時に旅の商人に一口もらったことがある。どうやって作るんだろうな」


「この国ではないんだ。えっと、こういうのって作れる?」


俺は面談室の黒板に、ぐるっと曲がった管と丸い壺、そして熱を加えるための器の絵を描いた。頭の中のぼんやりした形を、とにかく線にしていく。


「……! なんだこりゃ。どういう仕組みだ?」


カチが身を乗り出す。


「えっと、俺の想像なんだけど――」


チョークを持ったまま、俺は黒板に描いた線を指でなぞる。


「エールとかワインの中の“すーって感じの匂い”の成分って、空気より軽いんだ。だから、ワインを熱すると、その匂いの成分が先にふわっと上がっていくでしょ? それが、この管を通って、先の入れ物で冷やされると、酒だけがぽたぽた溜まる……そんな仕組み」


「あとは、熱する部分と管は、多分、銅がいいと思うんだ」


俺は、ぐるぐる巻いた管のあたりに「冷やす」と書き足し、矢印を引いた。


「お前、またとんでもないものを……」


カチの目の奥が、炉の火みたいに明るくなる。


「しかししっかりした形にしないとな。管も金属で作るとなると、厚み、曲げの均一、接合部の気密……いや、木枠で冷やし箱を……いや待て、水を回す仕掛けがあれば――」


カチが思考の炉に火をくべていく。完全にそっちの世界へ行ってしまった。


「まあ、俺の勝手な想像だから、気にしないで!」


声をかけても返事はない。図の前で腕を組んだまま、微動だにしない。


「じゃ、じゃあ弁当箱ありがとうね! 帰るから!」


長引きそうだし、工房の邪魔もしたくない。


「テト、お弁当箱運んでくれる?」


「おうよ! 任せな」


テトが抱えられるだけ抱えて、俺は扉を押さえる。振り返ると、面談室の黒板には、俺の拙い落書きと、カチが書き足した細かい寸法の数字が並んでいた。


外に出ると、午後の風。鉄の匂いが薄れて、かわりにパン屋の甘い匂いが流れてくる。


「ねえ、さっきの、ほんとにできるのかな」


テトが小声で聞く。


「さあ。もしできたら、この街で新しいお酒が流行るかもね」


腕に食い込む弁当箱の重みと、小さな軋みを聞きながら、俺たちはそそくさと鍛冶屋を後にした。黒板の線が、本当に強い酒になるかどうかは、きっと、あの人の槌と頭の中次第だ。






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