## 36話 最強の広告塔と最強のアシスタント
## 36話 最強の広告塔と最強のアシスタント
「カチ鍛冶屋」を出ると、マルタのおっちゃんが「がっはっは!」と笑いながら、当然のように俺たちについてきた。
「おっちゃん、どこ行くの?」
「おうよ坊主!次は組合長のところだろ?こんな面白ぇ見世物、最後まで見届けねえと損だからな!」
こうして、父さん、俺、クララ、そしてなぜかマルタのおっちゃんという奇妙な4人組は、市場の中央にあるロンドール市場組合へ向かった。昨日、アポは取ってある。
俺がカウンターを覗き込む。
「エリーナお姉さん!こんにちは!手紙の件で来たよ!」
「あらライム君、こんにちは!……って、マルタさんまで一緒なんて珍しいですね!そちらの可愛い方は?」
「私はクララと言います!洗い屋をやっています!」
クララが、フリフリのワンピースで完璧に挨拶を決める。
「まあ!あなたがあの噂のクララちゃんね!会えて嬉しいわ!」
「ライム君ったら、こんな可愛い子と“そういう関係”だったのね!」
「はい、ライムといつも遊んでます!」
「ち、違うよ!今日は組合長に用事があるんだ!」
「うふふ、わかってますよ。組合長室へどうぞ」
組合長室に通されると、髭面の組合長――アイザットさんが重々しく座っていた。クララは部屋の隅の立派な椅子に飛び乗る。
「わあ!この椅子、ふかふかだ!」
「そうだろう。偉いお客が来てもいいようにね」
「おいおいアイザット、その嬢ちゃんに骨抜きにされるんじゃねえぞ」
「何を言っている。可愛いお客さんじゃないか」
組合長は咳払いし、俺たちに向き直る。
「さて、手紙の件かな」
父さんが口を開いた。
「はい。まずはいつも息子がお世話になっております。本当にありがとうございます」
「いやいや、いいんですよ。こちらこそ楽しませてもらってます」
組合長は机の上のリバーシ盤をトンと叩いた。
「それに、このリバーシは本当に素晴らしい。こちらこそ感謝しています」
「ありがとうございます」
「最近はみんな、こいつに振り回されてるからな!さあ嬢ちゃん、始めてくれ!」
マルタのおっちゃんの一言で、父さんが戸惑う間もなく――
「はい!」
クララが、この日三度目となる――ロンドール市場改革プロジェクト――のプレゼンを、堂々と始めた。
馬車の購入。テトとヤトの配達。洗い屋への業務委託。弁当製造と洗浄のサイクル……。
組合長とエリーナさんは、さっきまでの笑顔を消し、完全に商人の顔でクララの説明を聞いていた。いや、5歳の語る内容の濃さに若干引いている。
「――という訳です!なので組合長さん!お馬さんの荷車と馬さんのおうち――馬小屋――を貸してください!それとエリーナお姉さん!お母さんと妹さんを紹介してください!」
「…………」
組合長は、ゆっくりと天を仰いだ。フリーズしている。
最初に再起動したのはエリーナさんだった。
「は、はい!うちの母と妹は、ぜひそのお仕事をやらせてほしいと!ライム君、ゴードンさん、本当にありがとう!」
「うん!」
今日初めて、俺も意味のある返事をした。父さんがすかさず本題に入る。
「では給金ですが、調理担当として日当銀貨5枚をお二人分。それとエリーナさんのお母様には、妻のサラの代わりに店の経理もお願いしたいので、こちらは日当銀貨5枚で考えています」
「そ、そんなに!?ありがとうございます!母も妹も必ず喜びます!」
「では今度の週末にお店まで来てください」
「はい!わかりました!」
「……ふう」
組合長がようやく帰還した。
「まず荷車と馬小屋の件、承知しました。この前ライム君と話した通り、馬と荷車置き場代込みで月額銀貨120枚。荷車は中古で申し訳ないが、金貨1枚です」
「ありがとうございます!」
俺は握りしめていた金貨1枚を差し出す。
「馬車はこれでお願い!」
「確かに。次にリバーシだ」
組合長の目が鋭く光る。
「仲間から『欲しい』という声が殺到していてな。まず20セット、すぐに欲しい」
「おお!」
「今日から量産化だ!」とマルタのおっちゃんが叫ぶ。「クララ嬢!GOサインをくれ!」
〈また俺抜きで話が進んでいく……!でも20セット!組合長、最強の広告塔だ!〉
クララは俺の懐から契約書の羊皮紙をスッと取り出した。
「では組合長さん!この『約束の紙』にお名前を書いてください!」
完璧すぎる仕切りに、組合長もエリーナさんも放心し、マルタのおっちゃんだけが腹を抱えて笑っている。
組合長はサインをしながらまじめな顔で言った。
「ところでライム君。君のところは飲食店とは別に、こうしてリバーシの販売や弁当事業で収入が上がる。これは『事業届』を出す必要がある」
「事業届……ですか」
「ああ。いっそ法人として立ち上げた方が税の面では良いかもしれないな。必要な書類を渡すから、読んでおいてくれ」
〈法人……!とうとうそこまで来たか〉
クララがパンッと手を叩いた。
「じゃあみなさん!これからよろしくおねがいします!!」
……その場の大人が全員ドン引きした。
〈……俺、今日、本当に必要だったか?エリーナお姉さんにからかわれただけだ……〉
こうしてクララの大活躍により、俺の交渉ツアーはすべて完了したのだった。
「がっはっは!面白ぇぜ!本当にたいしたガキ達だ!」
マルタのおっちゃんの笑い声だけが、組合長室に響いていた。




