## 34話 緑茶と、恐るべき5歳児
## 34話 緑茶と、恐るべき5歳児
次の日の朝。俺は、いつものように山盛りの朝食を胃袋にかき込んだ。
「母さん、今度テトの実家ーー農家ーーに馬をもらいに行くんだけど、一緒に行く?」
「行く行く!ゴードンから聞いたよ!久しぶりに街から出られるなんて、楽しみだわ!」
母さんはウキウキしている。
「父さん、今日の予定だけど」
「分かってる。10時に洗い屋。その後、午後から市場だな」
父さんは店を休む覚悟を決めた顔だ。
「9時50分になったら厨房に迎えに来てくれ」
「わかった!」
そして9時50分。厨房に行くと、既に父さんと……クララがいた。
「お、クララ!はやいな!」
クララは、いつもの作業着ではなく、フリフリのついた一張羅のワンピースだった。
「その洋服、すごく可愛いじゃん!どうしたんだ?」
「えへへ、ありがとう!今日はライムの『ぷろじぇくと』のお手伝いだから!お母さんが、ちゃんとした服じゃないとダメだって!」
〈か、可愛すぎる……!っていうか、プロジェクトって言えてるし!〉
俺の動揺をよそに、父さんが咳払いをひとつ。
「……二人とも、揃ったな。行くぞ」
3人で隣の洗い屋へ。店の奥の居間では、アインズさんとサクラさんが緊張した面持ちで待っていた。
「おお、ゴードン!わざわざすみませんね!」
「いえ、こちらこそ。いつも息子が世話になっています」
席に着くと、サクラさんが湯気の立つ湯呑をそっと出してくれた。
「実家の地方でよく飲まれているお茶なんです。お口に合うか分かりませんけど……」
香りを嗅いだ瞬間、俺は目を見開く。
〈この香り……緑茶だ!うわ、懐かしい!〉
俺だけ密かに感動していると、父さんが本題に入った。
「アインズさん。今日は、うちの息子が考えた『仕事』のことで相談があって来ました。ライムから、お宅の配達が大変で、クララちゃんが一人で店番をしていると聞きました」
「は、はい!まったく最近は猫の手も借りたいくらいで……」
アインズさんは昨日の打ち合わせを思い出したように続ける。
「それで、ゴードン。ライム君が、うちの配達を手伝ってくれるっていう話で……?いやあ、本当に助かりますよ。もちろんタダでは――」
〈あ、やっぱり勘違いしてる〉
父さんも言葉の切り出しに迷っている、その瞬間だった。
「お父さん!お母さん!あのね!」
クララが、ぴん!と手を挙げた。
「え?あ、クララ?」
「ライムが考えた『ぷろじぇくと』はね!」
クララは、俺の計画を流れるように、しかも分かりやすく説明し始めた。
馬と馬車を買うこと。テトとヤトが毎日配達をすること。だから配達業務は丸ごとうちが引き受けること。配達から解放された洗い屋が、うちの弁当箱の洗浄を請け負うこと――。
「「…………」」
アインズ夫婦は固まった。隣で父さんまで口を閉ざしている。
〈……クララさん、マジで恐ろしい子!〉
俺は助け舟を出す。
「……ていう訳なんだよ、おじさん。お互いの『Win-Win』だろ?配達は1日銀貨30枚、弁当箱の洗浄は1個あたり銅貨1枚でお願いしたい」
「お、おう……。そういう話だったのか。ライム君が『手伝う』って、そういうレベルじゃなかったんだな……」
アインズさんは計算盤をすごい勢いで弾く。
「……たしかに。配達員を雇うより、1日銀貨30枚払って任せた方が安上がりだ。配達がなくなれば、俺も妻も手が空く。弁当箱の洗浄も、うちの大桶なら余裕だ……」
「お父さん!」
クララがとどめを刺す。
「これなら、お父さんもお母さんも配達に行かなくていいから、みんなでずっと一緒にお店にいられるね!」
「……!」
アインズさんは娘の満面の笑みに観念したように頷いた。
「わかった!ゴードンさん、ライム君!その話、ぜひお願いします!」
「ありがとうございます!」
俺は懐から用意していた契約書(父さんとの連名)を取り出す。
アインズさんと父さんは、固いインクでサインを交わした。
――洗い屋を出て、市場へ向かう道すがら。
父さんは、さっきから一言も喋らない。
「……父さん?」
「……ライム」
父さんは、5歳の俺と、その隣で「お手伝いできた!」と弾むクララを、交互に見た。
「……5歳児っていうのは、一体、何を考えて生きてるんだ……?」
「え?」
「いや……うちの息子だけじゃなかったんだな……」
父さんは、この世界の5歳児(俺とクララ)の異常なスペックに、深いカルチャーショックを受けているようだった。




