## 30話 5歳の本気
## 30話 5歳の本気
次の日の朝。
いつものように山盛りの朝食を食べて、父さんがお茶をすすったのを確認する。
それを合図に、俺は意を決して切り出した。
「父さん、母さん。この前、考えて報告しろって言ってくれた件、俺なりに全部まとめてきたよ。これは、みんな困ってることをまとめて解決する事業計画書だ!」
満を持して、昨晩作り上げたプレゼン資料を2人に渡す。
【以下、ライムのプレゼン】
まず、俺たちの周りで起きていることだ。
■ 店の中の問題
1. 酒の請求漏れ
忙しくなると、誰が何を飲んだか分からなくなって、店が損をしている。
2. 母さんの負担
母さんが、合わない計算盤と毎日ずっとにらめっこしていて、明らかにしんどそう。
3. テトの仕事
テトは、厨房で皮むきをしている時より、馬の世話をしている時の方がずっと楽しそうだ。
■ 店の外のチャンス
1. ランチ難民
街の景気が良くなって、マルタのおっちゃんや組合長、カチさんの弟子たちが昼ごはんに困っている。
2. 洗い屋のピンチ
隣の洗い屋は配達が忙しすぎて、クララが1人で店番をしている。クララの父さんも、本気で配達員を雇おうか悩んでいる。
3. エリーナさんの悩み
組合のエリーナさんの母さんが怪我で仕事を失って、新しい仕事を探している。
これを全部、一度に解決するのが、俺の提案だ。
――――
2. やりたいこと(3つの新しい事業)
やることは3つ。
1)酒札の導入
2)リバーシの販売
3)弁当配達&配達代行事業
これは全部つながっている。
――――
3. 事業計画のくわしい中身
■ プロジェクト1:酒札の導入
これは、もう昨日試してもらった通りだ。
カチさんのプレス機でコマを安く作って、マルタのおっちゃんに色を塗ってもらう。
これだけで、店の請求漏れがほぼ完全になくなって、母さんの計算もすごく楽になる。
■ プロジェクト2:リバーシの販売
カチさんとマルタのおっちゃんには、プレス機や金型、サンプルのことで、ものすごくお世話になっている。
だから、組合長に金貨1枚で売ったリバーシを、ちゃんとした商品にして売る。
・原価:1セット 銀貨3枚
・売値(価格):1セット 銀貨10枚
組合長は、この値段で「5セットほしい」と言っている。
ここで出た利益で、カチさんやマルタのおっちゃんに、ちゃんとお金を払う。
■ プロジェクト3:弁当配達&配達代行事業
これが1番大きくて、1番儲かる計画だ。
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① 必要なものを買う(初期投資)
まず、この事業を始めるために、最初に道具を買うお金が必要だ。
1.中古の馬車(荷車):金貨1枚(組合長が譲ってくれる)
2.年取った馬:銀貨50枚(テトの実家から安く買える)
3.弁当箱の金型:金貨2枚(カチさんに特注で作ってもらう)
4.弁当箱(200個):銀貨80枚(カチ&マルタに作ってもらう)
ぜんぶで、金貨4枚と銀貨30枚が必要だ。
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② 新しいチームを作る(人件費)
この事業のために、新しく人を雇う。
1.御者(配達員):テトと、弟のヤト
・2人交代で、毎日馬車を動かす。日当は2人で銀貨15枚。
・テトは厨房の見習いじゃなく、「ロジスティクス主任」になる。
2.調理・経理:エリーナさんの母さんと妹さん
・母さん(サラ)の代わりに、弁当の調理と、店の経理をやってもらう。
・日当は調理と経理で合わせて銀貨15枚。
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③ 新しい仕事の流れ(みんなが得をする仕組み)
・午前(弁当配達)
新しい調理チームが弁当を100食作る(原価1食 銅貨2枚)。
テトたちが、カチさんとマルタのおっちゃんと市場組合に弁当を配達する(1食 銅貨6枚で売る)。
・午後(配達代行)
空になった馬車で、隣の洗い屋の配達を全部引き受ける。
洗い屋から配達料を、1日あたり銀貨30枚もらう。
・夕方(回収・洗浄)
弁当配達先に置いてきた空の弁当箱を回収する。
その弁当箱を、配達の仕事がなくなって手が空いた洗い屋に持って行く。
洗い屋に洗浄料を1個あたり銅貨1枚払って、毎日きれいに洗ってもらう。
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4. これで、いくら儲かるのか?(収支計画)
この計画が全部うまくいくと、月の利益はこうなる。
〈1日あたりの売上〉
・洗い屋の配達代行:銀貨30枚
・お弁当100食:銀貨60枚(銅貨6枚 × 100)
→ 合計売上:銀貨90枚/日
〈1日あたりのコスト〉
・御者(テト+ヤト):銀貨15枚
・調理人(エリーナ母・妹):銀貨10枚
・経理(エリーナ母):銀貨5枚
・弁当の材料費100食:銀貨20枚(銅貨2枚 × 100)
・弁当の洗浄費100個:銀貨10枚(銅貨1枚 × 100)
馬の維持費(馬小屋代+餌など)は、別途1日あたり銀貨6枚。
銀貨90枚×20日 - 60×20 - 6×30 = 銀貨420枚(金貨4.2枚)
〈つまり〉
最初に必要なお金(投資額)は、だいたい1か月くらいで回収できる!
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5. 全員が得をする!(うぃんうぃん)
この計画で、誰も損しない。全員が得をする。
・俺たち(炎の鍋亭)
請求漏れがなくなり、新しい事業で安定して儲かる。弁当が広告になって、店ももっと流行る。
・父さん
テトは厨房からいなくなるけど、調理人が2人も増えて仕込みが楽になる。
・母さん
大嫌いな経理から解放される。毎日、計算地獄でイライラしなくて済む。
・テトとヤト
大好きな馬に関わる仕事ができて、給料も今のテトよりずっと上がる。
・洗い屋さん
地獄の配達から解放されて、弁当箱の洗浄っていう新しい固定収入も入る。
・クララ
両親が配達に出なくなるから、一緒に店にいられる時間が増える。
・市場のみんな
美味しい昼ごはんが食べられる。
・エリーナさん一家
安定した仕事が見つかる。
・カチさんとマルタのおっちゃん
金型や材料、作業代でしっかり儲かる。
・俺
クララと遊べる!
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6. 父さんへのお願い
「父さん。この計画をやるために、最初のお金が必要だ。俺が組合長からもらった金貨1枚は出す。だから、残りの金貨3枚と銀貨30枚を、店のお金から投資してほしい!」
【以上、ライムのプレゼン】
俺は、羊皮紙に書いた事業計画書を前に、2人の顔を見つめる。
「――これが、俺の考えた計画の全部だ!」
5歳児の体でドヤ顔を必死に隠しつつ、プレゼンを終える。
2階の居間は一瞬、静まり返った。
最初に沈黙を破ったのは、母さんだった。
「ちょ、ちょっと待ちな、ライム!」
母さんは、俺の収支計画が書かれた羊皮紙をひったくるように取ると、目を皿のようにして数字を追い始めた。
「……私が、経理から解放される……?」
「調理場に、人が2人も増える……!?」
「ねえ! ゴードン! 聞いた!? あんたの仕込みが楽になるよ! それに、私の計算地獄も終わりよ!」
「……落ち着け、サラ」
父さんは、母さんとは対照的に、腕を組んだまま動かない。
その目は、俺と羊皮紙とを交互に、鋭く射抜いている。
「……ライム。確認する」
父さんの低い声が響く。
「まず、金だ。初期投資、合計で金貨4枚と銀貨30枚だと? お前が稼いだ金貨1枚を差し引いても、金貨3枚と銀貨30枚だ。とんでもない額だぞ。本当に、たった1か月で返せるのか?」
「返せるよ」
俺は即答した。
「リバーシの売上を除いても、弁当の売上と洗い屋の配達代行だけで、投資額は2か月かからずに回収できる計算だ。カチさんとマルタのおっちゃんのところだけで30食の注文はもう見えてるし、洗い屋は配達員を雇うより、うちに払う銀貨30枚の方がずっと安いから、絶対に契約してくれる」
「……テトのことだ」
父さんは、別の羊皮紙を指差す。
「あいつを厨房から完全に抜くんだな。弟のヤトとやらは信用できるのか」
「父さんも分かってるだろ?」
俺はまっすぐ父さんを見る。
「テトはジャガイモの皮を剥くより、馬の手綱を握ってる方が100倍役に立つ。あいつは調理場の見習いじゃなく、ロジスティクス主任だ。それに、あのテトがヤトを推してるんだ。父さんはテトが信用できないのか?」
「それに、厨房には代わりに調理人が2人――エリーナさんの母さんと妹さん――入るんだよ。父さんだって、その方が絶対に楽だ」
「ぐ……」
父さんが言葉に詰まった。
そこへ、母さんが決定的な援護射撃を放つ。
「そうよ!」
母さんは、バン! とテーブルを叩いた。
「ライムの言う通りじゃない! 私も楽になるし、あんたも楽になる! お隣さんも助かって、クララちゃんも喜ぶ! おまけに、組合のエリーナさん一家も助かるし、カチさんたちも儲かる! こんなにいい話、どこにあるんだい!」
母さんはニヤリと笑い、父さんの顔をのぞき込む。
「この前、元手が足りないなら言えって、あんなに格好つけた口で、まさかできないなんて言わないだろうねえ?」
「……!」
父さんは、母さんに詰め寄られ、しばらく天井を仰いでいた。
やがて、これまでで1番深いため息をついた。
「……わかった」
「! 本当か、父さん!」
「ただし、条件がある」
父さんは、俺の目をまっすぐに見た。
「エリーナさん一家との雇用契約、洗い屋さんとの業務契約、組合との馬小屋の契約。そういう大事な約束事は、全部、俺が同席する。この前の金貨みたいに、5歳児の口約束で済ませるな」
「わかってる!」
「それと」
父さんは続ける。
「テトとヤトの管理、馬の世話と維持費の管理、弁当の採算管理。そのろじすてぃくすとやらは、全部お前が責任を持ってやれ。俺は厨房に専念する」
父さんは立ち上がり、店の奥――居住スペース――へ向かいながら、ボソリと言った。
「……金貨3枚と銀貨30枚。店の1番奥に隠してある古樽から持っていく。……サラ、お前は笑うな!」
「あっはっはっは!」
母さんの高笑いが響く中、俺は心の底で、誰にも聞こえないガッツポーズを叩きつけた。




