## 22話 炎の鍋亭・取締役会
## 22話 炎の鍋亭・取締役会
〈……やっちまった〉
組合を出て、ずっしりと重い金貨1枚を握りしめながら、俺は頭を抱えていた。
〈父さんには「何でも相談しろ」って言われたばっかりなのに、また事後報告だ。しかも金貨1枚=10万円なんて、5歳児が扱っていい金額じゃない〉
誤魔化しても仕方ない。これは完全に俺のミスだ。
〈正直に話そう。ちゃんと謝って、許してもらって、そして、全員がもっと喜ぶ――Win-Winになる――仕組みを考えよう〉
次の日の朝。2階の居間には、いつも通り母さんの山盛り朝食が並び、父さんが黒パンをスープに浸している。俺は、緊張で少し味のしない食事をなんとか詰め込み、父さんが食後のお茶をひと口すすった、その瞬間を狙った。
「父さん、母さん。ちょっと話があるんだ」
父さんは、無言で俺を見る。この前の「相談」のおかげか、話を聞く体勢にはなってくれているようだ。
まずは、酒札の相談から切り出す。
「マルタのおっちゃんに、父さんに言われた通り、酒札の相談をしてきたんだ」
「おう」
「そしたら、手作業だと割に合わないって言われて……。それで、組合長に鋳物は作れないか相談したら、鍛冶屋のカチさんを紹介してくれた」
「……あの偏屈なカチさんをか」
父さんが少し驚いた顔になる。
「うん。それで、カチさんに相談したら、プレス機っていうのを作ってくれて……」
俺は、カチがテコの原理に興奮し、数日で試作品を完成させたこと、そして、楽しい仕事だったからお礼としてカチが「お代はいい」と言っていることを説明した。
「……で、ここからが本題なんだけど」
俺は、組合長にリバーシを預けていた件を切り出した。
「組合長が、俺が貸してたリバーシをすごく気に入ってくれて、『売ってくれ』って言われたんだ」
「ほう。洗い屋のアインズも、面白い遊びだって話してたな」
「うん。それで、ちょうどマルタのおっちゃんが作ってくれた、新しいリバーシセットを渡したんだ」
父さんが、お茶を飲む手を止める。
「……それで、いくらで売ったんだ?」
俺は、懐からずっしりと重い「それ」を取り出した。
「金貨、1枚」
ガタッ!ガタッ!
父さんと母さんが、同時に椅子から転げ落ちそうになる。
「「き、金貨1枚ィ!?」」
父さんはテーブルに突っ伏して頭を抱え、母さんは一瞬きょとんとした後、腹を抱えて大爆笑し始めた。
「あっはっは!なにそれ!金貨1枚!?さすが私の息子ね!」
「サラ、笑い事じゃないだろう」
父さんが、呻くように言った。
「なんかやってるなーとは思ってたけど、まさか金貨を稼いでくるとはねえ!」
「いや、売りつけたわけじゃないよ!組合長が『これでどうだ』って!」
「まあ、いいじゃないか、ゴードン」
母さんは笑い涙を拭いながら、父さんをなだめる。
「ライムが脅して取ったわけでもないし、組合長が自分で払ったんだろ?……でも、ライム。カチさんとマルタさんには、ちゃんとお返しするんだよ?」
「!うん、もちろん!」
父さんは、深いため息をついた後、ゆっくりと顔を上げた。
「……サラの言う通りだ。だがライム、いいか。親に何も言わないで、そんな大きなお金のやり取りや、約束事をするな。この街はいい人も多いが、全員がそうとは限らん」
「……はい」
父さんの言う通りだ。俺は、5歳児の無邪気さ(と前世の知識)で突っ走りすぎていた。
「ごめんなさい。相談しないで、勝手なことして」
俺が本気で反省した表情で謝ると、父さんはもう一度、大きなため息をついた。
「……まあ、アイザットさんも、カチさんにマルタまで……聞いた話だと、周りの大人たちの方が暴走してる節もありそうだからな。……今回は、いいだろう」
「!」
「その金貨は、お前が稼いだもんだ。そのリバーシとやらと、プレス機を、これからどうするのか。ちゃんと考えてから、今度こそ俺に『報告』するように。……もし、元手が足りないんだったら、言いなさい。俺が何とかしてやる」
「父さん……!」
〈最高の親父だ〉
【サラの視点】
ライムが「歯磨きしてくる!」と席を立った後、サラはまだ頭を抱えている夫に笑いかけた。
「いやー、びっくりしたねえ。まさか金貨1枚とは」
「……サラ。本当に、あいつは……」
「でもさ、あんた、最後に『考えて報告しろ』なんて言っちゃって、大丈夫なのかい?」
サラはニヤニヤしながら夫の顔を覗き込む。
「あんたが『何とかしてやる』なんておだてたから、うちの息子、またとんでもないことを言ってくるよ?」
「……う」
ゴードンは、息子の次の「報告」を想像し、「……たしかに。まずかったかな」と、早くも顔を引きつらせた。
〈あーあ、うちの男どもは、2人揃って面白いねえ!〉
サラは、息子の次の提案にワクワクするのを止められなかった。
【ライムの視点】
俺は水場で歯を磨きながら、なんとか許してくれたことに安堵していた。
〈よし、父さんも母さんも納得してくれた。なら、次は、全員がもっと喜ぶ仕組みを考える番だ〉
俺の頭の中で、昨日から散らばっていたピースが一気に組み上がっていく。
1. リバーシの量産化:カチのプレス機のおかげで、コマの量産化の目処は立った。
2. カチへのお代:プレス機の開発費と、これから頼む「弁当箱の型」のお金は、リバーシの売上からちゃんと払える。
3. 酒札の導入:プレス機が借りられるから、うちの店の酒札もすぐに作れる。これで請求漏れが改善され、店の収益も安定する。
4. ランチボックス作戦:最大のネックだった「馬車が毎日借りられない」問題。……なら、組合長に売った金貨を元手に、中古の馬車を買えばいい。
5. 母さんの時間:俺が酒札導入と同時に、店の帳簿管理を引き受ける。これで母さんの時間が空く。
6. 洗い屋とのWin-Win:優秀な御者――テト――が、買った馬車で「炎の鍋亭の弁当」と「洗い屋の洗濯物」の配達を一手に引き受ける。うちは洗い屋から配達料をもらう。
7. 容器問題の解決:「使い捨て」は諦める。「木の弁当箱」をプレス機で作る。そして、その洗浄を、(6)によって配達業務から解放された洗い屋に委託する。洗い屋はうちへ配達料を払うが、弁当箱洗浄代で新たな収益が生まれる。クララも両親と店にいられる時間が増える!
8. マルタ:リバーシの盤とコマの塗装、弁当箱用の松の端材の取引を持ち掛ける。
100. 俺とクララはもっと遊びに行ける!
〈完璧だ……〉
すべての問題が、連鎖的に解決していく。
〈……あ〉
ただ1つ、問題があった。
〈「ランチボックス作戦」をやるには、母さん以外に、もう1人か2人は調理補助の人間が必要だ。あと、俺が帳簿をずっとやるわけにもいかない。調理兼経理ができる新しい従業員がいれば最高なんだが……〉
俺は、新たに生まれた課題を胸に、まずは酒札とリバーシ量産化から手を付けるべく、市場へと向かうことにした。
〈何から手を付けるか……まずは、OPEXとCAPEX(投資額)の把握だな〉




