## 21話 プレス機、完成
## 21話 プレス機、完成
馬車を返し終わったテトが、興奮冷めやらぬ様子で厨房に戻ってきた。
「ライム坊、すごいや!いつもの半分以下の時間で、全部終わっちまった!しかも全然疲れてねえ!」
「だろ?これが『効率化』だ」
「こうりつか?」
「まあ、こっちの話。お疲れ、テト」
俺は、父さんに駄賃の銀貨5枚(5,000円相当)をもらってテトに渡し、2階のリビングに戻った。
「あら、ライム。もう帰ってきたのかい。早かったねえ」
母さん――サラ――が、にらめっこを続けていた帳簿から顔を上げた。
「うん、馬車作戦は大成功!テトもすっごく喜んでたよ。あ、あと、マルタのおっちゃん、母さんの弁当、すごく喜んでた!」
「あら、そう!」
母さんは、自分の料理が褒められて上機嫌だ。
「そういえば、あのお弁当なんだけどさ」
俺は、馬車の中で考えていたことを切り出した。
「使い捨てにできる入れ物とかにできたら、市場で困ってる人たちに、いっぱい届けられると思うんだけど……何かいい入れ物、ないかなぁ」
俺は、マルタのおっちゃんとの「もったいない」というやり取りも補足しながら質問する。
「そうねえ」
母さんは腕を組む。
「たしかに、あの木箱を毎日洗うのは面倒だものね。……でも、使い捨てなんて、分からないわ」
〈だよなぁ……〉
この世界にプラスチックなんて便利なものはない。なんなら、羊皮紙もそれなりに高級品で、「紙」そのものもほとんど見かけない。
〈いっそ、紙を作るところから始めるか?いや、時間がかかりすぎる〉
俺の視線が、ふと、昨日カチ鍛冶屋の黒板に描いた「プレス機」の図面と、母さんが持って帰ってきた木箱に向いた。
〈……プレス機。あれで、薄い木の板を、弁当の型にプレスしたら……木の弁当箱にならないか?〉
「よし」
「ん?どうしたんだい、ライム」
「ううん、なんでもない!ちょっと明日カチさんのところに行ってくる!」
次の日。
俺は炎の鍋亭を飛び出し、市場のカチ鍛冶屋へと向かった。工房からは、昨日よりも激しい槌の音が響いている。
「カチさーん!」
俺が工房を覗き込むと、奥から鬼気迫る表情のカチ本人が飛び出してきた。
「おう、小僧!よく来たな!ちょっと来い!」
カチさんの目の下には、ものすごい隈ができていた。徹夜したな、この人。
俺は、興奮したカチに腕を引かれ、工房の奥にある作業場へと引っ張られていった。
「どうだ!」
そこには、俺が黒板に描いたイメージ図とは比べ物にならない、無骨で、しかし機能美に溢れた「機械」が鎮座していた。
「これがお前さんの言っていた『プレス機』だ!」
カチは、工房にあった薄い板――マツの端材だろう――を機械にセットし、テコの原理を応用した長いハンドルを掴む。
「見とけよ!」
カチが体重をかけてハンドルを引き下げると、「ガコン!」という凄まじい音と共に、鋼の型が木材を打ち抜いた。ハンドルが引き上げられると、そこには――
「すっげえ……!」
見事に打ち抜かれた、完璧な円形の木のコマが10個、転がり出てきた。
「もうできたんですか!?完璧に全部、同じ形だ!」
「どうだ!わしにかかればこんなもんよ!」
カチは、これ以上ないドヤ顔で胸を張る。
「あまり一度に多く作ろうとすると、テコを使っても力が足らんでな。10個が限界だったが……あと、木の厚みは4mmが、一番割れずにきれいに型取れるようだ」
「すごい!すごいよカチさん!カチさんの腕は、やっぱり世界一だ!」
〈いや、マジで。前世の知識で考えても、あの拙い説明だけで、数日でこれを作り上げる実力は凄まじい〉
俺が本心から興奮して褒めちぎると、カチさんは照れくさそうに「ま、まぁな」と鼻を掻いた。
「……あ」
そこで、俺は我に返った。
「本当にすごいや。……でも、よく考えたら、これのお金、どうしよう。俺、そんなに持ってないよ」
「ああ?」
カチは、心底どうでもよさそうに言った。
「いいんだよ、そんなもん。お前さんのおかげで、何十年ぶりに鍛冶の仕事が本当に楽しいと思えたんだ。礼を言いてえのはこっちの方だ」
「いや、でも、それじゃあ……」
〈ダメだ。それじゃ、カチさんの好意に甘えてるだけだ。この取引は持続可能じゃない〉
「まぁ、そこまで言うなら」
カチはニヤリと笑う。
「お代は、そのうち言い値で払ってもらう。とりあえず、このプレス機は工房に置いとくから、使いたくなったら何時でも作業場に来い。貸してやる」
「うん!ありがとう、カチさん!」
鍛冶屋を後にした俺は、さっきのやり取りを反省した。
〈危なかった……。カチさんは喜んでくれてたけど、俺は肝心のお金のことを考えてなかった。この借りは、絶対に、別の儲け話でカチさんに報酬を払わないと〉
〈そうだ、儲け話〉
俺は、エリーナさんの「組合長がリバーシに夢中」という言葉を思い出し、市場組合へと向かった。
「こんにちはー!」
「あ、ライム君!」
エリーナさんは、俺の顔を見るなり、カウンターから飛び出してきた。
「ちょっと来て!」
「え?」
俺は、またしても彼女に腕を引かれ、組合長室へ連行された。
「ライム君!」
部屋に入るなり、組合長――アイザットさん――が、俺が預けたいびつなリバーシを握りしめて詰め寄ってきた。
「この『リバーシ』だが、本当に君が考えたのか!?」
「は、はい……なんか、まずいですか?」
〈圧が怖いんですけど?〉
「いや、まずくはない!すまん、少し興奮してしまって」
アイザットさんは、ゴホンと咳払いする。
「……実に、非常に、奥深い遊具だ。この数日、私と市場の幹部連中で試してみたのだが、見事に全員がハマってしまってな。……これを、売ってくれないか?」
〈きた!〉
俺は内心でガッツポーズする。
この人はロンドールの市場のトップだ。この人に売れば、最高の広告塔になる。まずプレイヤーが増えないと、製品も売れないからな。
「いいですよ」
俺は、さっきマルタのおっちゃんにもらった、出来立てのリバーシ試作品――匠の盤付き――を取り出した。
「本当か!いくらだ!……て、なんだこれ!?コマがツヤツヤで、盤もすごいキレイになってるな!」
「マルタのおっちゃんに、新しく作ってもらったんだ。えっと、値段は……まだ考えてないけど」
〈原価も、プレス機代もまだ分からないし〉
「うーん……」
アイザットさんは、財布――革袋――をごそごそと漁ると、とんでもないものを取り出した。
「とりあえず、金貨1枚(100,000円相当)でどうだろう!」
「え」
「足りなかったら、後で追加で出す!」
「わ、わかりました!」
〈金貨1枚!?10万円!?テトの給料が月銀貨50枚くらいだったはず……。テトの2ヶ月分の給料が一瞬で!?〉
俺は、組合長の圧に押され、反射的に頷いていた。
〈ま、まあ、多すぎたら後で返金しよう……〉
「おお、ありがとう!」
組合長は、宝物のようにリバーシセットを受け取る。
「それでな、ライム君。他にも欲しがってる知り合い――幹部連中――が、何人かいるんだ。いくつか作れないか?」
「わかりました。いくつか作れると思います」
俺は、組合長に釘を刺す。
「ちなみに、それはマルタのおっちゃん特製の高級盤なんですけど……今買った値段は、まだ誰にも言わないでくださいね?」
「ああ、わかった。そうだな」
アイザットさんは、俺が預けていたいびつな自作の盤を手に取る。
「よし、盤は君が作ったこっちをとりあえずもらおう。いいかい?」
「はい。じゃあ、そっちの盤と試作品の駒でいいんですね。どれくらい欲しいか、知り合いの人たちに声をかけておいてください」
マルタ特製匠の盤と自作のいびつな駒が手元に帰ってきた。
組合を後にした俺は、ずっしりと重い金貨を握りしめていた。
〈よし、マーケティング第一弾、オッケー!〉
〈……やべえ〉
その時、俺は最大の失態に気づいた。
〈金貨1枚の商売、父さんに、また相談してなかった……〉
俺は、今度こそ怒られるかもしれないと、頭を抱えるのだった。




