## 20話 馬車と弁当と容器の問題
## 20話 馬車と弁当と容器の問題
あれから5日が経ち週末の朝。朝食の席で、父さん――ゴードン――が俺に話を切り出した。
「ライム。今週分の薪の調達、例のやり方で頼む」
「わかった!」
〈よし、ついに「薪仕入れ効率化プロジェクト」の始動だ〉
「あ、そうだ!ライム」
父さんの言葉を聞いていた母さん――サラ――が、キッチンから大きな木箱を持ってきた。
「この前、マルタさんのところで昼ご飯に困ってるって言ってたろ?これ、持ってってやりな」
「うわ……」
ついでにと言った感じで渡された木箱の中には、どう見ても朝作りすぎた卵炒めと豚肉が、黒パンと一緒にぎっしり詰め込まれていた。
「……わかったよ」
朝食を済まし、俺は早速、厨房にいたテトに声をかける。
「テト!行くぞ!」
「おうよ、ライム坊!待ってました!」
銀貨5枚(5,000円相当)の駄賃がよほど嬉しいのか、テトはニキビ顔を輝かせている。
2人で市場組合の建物に入る。カウンターには、今日もエリーナさんがいた。
「エリーナさん!馬車借りに来たよ!」
「あら、ライム君。お待ちしてました」
彼女はにこやかに微笑むと、帳簿を開きながら俺をからかうように小声で言った。
「今日は洗い屋さんのお手伝いも一緒かしら?『そういう関係』のクララちゃんのために」
「う……!きょ、今日は炎の鍋亭の仕事です!」
〈この人、絶対面白がってるだろ……!〉
俺が5歳児スマイル――内心タジタジ――で返すと、エリーナさんはうふふと笑った。
「そうそう、ライム君。組合長、大変よ」
「え?」
「あの日以来、あなたが置いていった『リバーシ』に夢中になっちゃって。昨日はとうとう、仕事そっちのけで1人リバーシしてたんだから」
〈しめしめ、ちゃんとハマったな〉
俺は「そうなんだ、組合長も好きなんだね!」と無邪気に返しておいた。
「はい、それじゃあ『馬車のみ、半日』で、銀貨10枚ね」
俺は代金の銀貨10枚をカウンターに置く。
「裏の馬小屋にいる馬番に声をかけてね。荷車も準備してあるから」
馬小屋に行くと、テトは馬を見るなり駆け寄った。
「うおお……いい馬だ。俺、馬触るの久しぶりだ!」
実家が農家だったというだけあって、馬の扱いは手慣れたものだ。あっという間に馬を荷車に繋いでみせた。
「テト、じゃあマルタの薪屋までお願い!」
「任せとけ!」
テトが手綱を握り、俺は荷台にちょこんと飛び乗る。ガタン、と荷車が揺れ、馬が歩き出した。
カッポ、カッポ、と石畳を叩く馬の蹄の音が心地いい。いつもは人混みをかき分けないと進めない市場の通りを、馬車は堂々と進んでいく。
「おっと、馬車が通るぞ!」
「邪魔だぜ、坊主!」と怒鳴られることはあっても、馬車に対して文句を言う者はいない。露天商や買い物客が、自然と道を開けてくれる。
〈すげえ……快適だ〉
何より、荷台の上からの景色は、5歳児の俺のいつもの目線よりずっと高くて、市場全体が見渡せる。テトの手綱さばきも安定していて、荷車はほとんど揺れない。
「いやー、馬はいいな!楽で早い!」
テトが上機嫌で振り返る。歩けばそれなりにかかる距離も、馬車ならあっという間だ。
俺たちは、いつもよりずっと早くマルタの薪屋に到着した。
「おっちゃん!今週分の薪、取りに来たよ!」
「おうよ、坊主!待ってたぜ!」
マルタが声をかけると、この前見かけた若い衆が「うぃーっす!」と出てきて、荷車に手際よく薪を積んでくれる。
「坊主。例のサンプル、できてるぞ」
「本当!?」
マルタが店の奥から小さな革袋を持ってきた。中には、俺が頼んだ64個のコマが入っている。
「おお……!」
多少、大きさにズレはあるが、俺がいびつに削ったものとは比べ物にならない、綺麗な円形だ。そして、裏が黒、表が白に、ツヤツヤに塗られている。
「まだ見習いが作ったやつだからな、揃ってなくてすまんな。色はツヤ塗りにしといたぞ」
「最高だよ!ありがとう、おっちゃん!」
〈さすがだ。俺がリバーシとして使うことを見越して、白黒がはっきり分かるようにツヤまで出してくれたのか〉
「それと」
マルタは、もっと大きな、見事な木彫りの箱を取り出した。
「盤は、俺が直々に作ってやった」
「うわあ……!」
寸分の狂いもないマス目と、美しい木枠。匠の技が感じられる逸品だ。
「いいの!?こんなかっこいいやつ!」
「気にすんな!久しぶりに面白い仕事だったから、こっちも気合が入っちまったのさ。あと、近いうちに、カチの旦那のところにも寄ってやれ。なんかブツブツ言いながら、すげえ勢いで鉄叩いてたぞ」
「わかった!あ、そうだ。これ、母さんから差し入れ」
俺は、朝持たされた木箱をマルタに渡した。
「おお!こりゃゴードンさんのところのか!助かるぜ!ちょうど昼飯に困ってたんだ!」
「ちなみにさ、おっちゃん」
俺は、弁当を受け取ったマルタに尋ねた。
「このお弁当は木箱だけど、こういうの、使い捨てにできる入れ物とかって、ないかな?」
「んー?弁当を入れるんだろ?なんで使い捨てにするんだ?」
「いっぱい作って、市場の人たちに配れば、みんな助かるかなって。でも、木箱だと、後で返したり洗ったりするのが大変だろ?」
「なるほどなあ」
マルタは腕を組む。
「たしかに、返したり洗ったりは手間か。だが……使い捨ての容器ねえ。そんなもったいないこと、ちょっと思いつかんなぁ」
「そっかぁ。ありがとう」
〈ランチボックス作戦、やはり容器が問題か……〉
マルタのところでも、いいアイデアはないらしい。俺はマルタに礼を言い、薪と新品のリバーシセットを積んだ荷車に飛び乗った。
店に戻り、薪を裏口に降ろす。
「テト、次はベック爺さんのところ。酒樽の返却だ」
「あいよ!」
いつもなら、俺と2人でヒーヒー言いながら何往復もする酒樽の返却が、荷車に全部乗せると1回で終わった。
「全然疲れなかったね!」
テトが笑う。
「じゃ、ライム坊。俺、この馬車、組合に返してくるよ!」
〈完璧だ〉
いつもの半分以下の時間で、しかも、まったく疲れずに全ての作業が終わった。しかもコスト削減できた。この満足感はすごい。
〈よし、明日はマルタのおっちゃんに言われた通り、カチさんのところに行ってみよう〉
〈あの偏屈な天才が、俺のプレス機のアイデアでどんな顔をしているか、楽しみで仕方がなかった〉




