## 2話 鏡の中の少年
## 2話 鏡の中の少年
炎の鍋亭の建物は、このロンドールの多くの家と同じく質実剛健な2階建ての木造だ。
1階が店舗兼厨房、そして俺たち家族の居住スペースは2階にある。
俺の名前はライム。見た目は5歳、中身は前世の記憶つきだ。
魔法なしの世界で生き延びるなら、家の手伝いだけじゃ足りない。
〈稼げる仕組みを作るぞ〉
〈いつか炎の鍋亭を継いだ時に楽したいからな〉
ベッドから出ると、ひやりとした木の床が足に触れた。
まだ朝早く、1階の竈に火が入る前の静けさが家を包んでいる。
昨日、父さんが仕込んだスープの残り香が階下から微かに漂ってきた。
寝室を出て居間を横切り、水場へ向かう。
洗面台というには簡素で、水差しと大きな陶器の桶が置かれているだけだ。
壁には、磨かれた金属が鏡として掛けられていた。
「よっと」
つま先立ちで桶の縁に手をかける。
まだ体は小さく、鏡をまともに覗くのも一苦労だ。
水面に映る姿はぼんやりしている。
壁の金属板に映る顔は、何度見ても慣れない。
〈……本当に、誰なんだよ〉
前世の俺の面影は欠片もない。
亜麻色の髪、青い目、白い肌。鏡の中には、知らない少年がいる。
〈でも、この器でやるしかない。俺はライムだ〉
ただ、小さすぎる体だと、桶から水を汲んで顔を洗うだけでも重労働だ。
冷たい水で顔をこすりながら、前世の蛇口という文明のありがたみを思い出す。
「うし、さっぱりした」
固い麻布で顔を拭いていると、すぐに2階の家族用キッチンから薪がはぜる音と、いい匂いが流れてきた。
「お、起きたのね!ライム!」
勢いのある声が飛んできた。
この世界の母さん、サラ。
細身だけど動きは嵐みたいにパワフルだ。
今も鉄製のフライパンを振って、豪快に木皿へ中身を移している。
「おはよう母さん。今日も元気だね」
「当然よ!朝からしっかり食べて働くのよ!ほら、早く!父さんももう食べてる!」
テーブルには父さんのゴードンが座り、黒パンをちぎっていた。
「おはようライム。顔は洗ったか」
「ああ。おはよう父さん」
並んだ料理は、母さんの作った卵と豚肉の炒め物、昨日の残りの野菜スープ、硬い黒パン。
この世界ではかなり贅沢な朝食だ。飲食店の特権ってやつだ。
〈……というか多すぎる〉
「さあ食べた食べた!今日は忙しくなるよ!」
母さんがパンを俺の口に押し込む勢いで言う。
「ライム」
父さんがスープをすすり、重々しく口を開いた。
「今日は朝一番で市場に行って、今週分の薪を受け取ってこい。それから酒屋のベック爺さんのところに昨日の空き樽を返しておけ」
「わかったよ」
「店の前の水撒きと掃除もね!」
ついでにといった感じで、母さんがすかさず付け加える。
「お客様はピカピカの店が好きなんだから!」
〈5歳でもがっつり労働力なんだよな……〉
〈前世なら保育園。こっちは薪と樽と掃除。落差がえぐい〉
こうして、俺の異世界の一日が始まる。
〈薪の受け取り、樽の返却……〉
〈つまり、燃料と容器。店の血液みたいなもんだ〉
〈ここに仕組みを入れられたら、鍋亭の回り方が変わる〉
熱いスープをすすりながら、俺は今日の用事をただの雑用で終わらせない算段をこっそり巡らせ始めた。
〈この世界の商売は、たぶん運び方と回し方で勝てる〉




