## 19話 プレス機開発プロジェクト
## 19話 プレス機開発プロジェクト
「おっちゃん、大変だ!カチさんが呼んでる!」
俺はカチ鍛冶屋から飛び出し、隣のマルタの薪屋に駆け込んだ。
「なんだ?坊主。もう追い返されたのか?」
マルタのおっちゃんが、俺の慌てぶりにニヤニヤしながら言う。
「違うよ!『プレス機』の話をしたら、カチさん、スイッチ入っちゃって!『材料の木について、今すぐマルタと確認したいことがあるから呼んでこい』って!」
「『ぷれす機』?なんだそりゃあ?」
俺が、カチとのやり取りをかいつまんで説明すると、マルタのおっちゃんは、さっきのカチと同じくらい大きな声で爆笑した。
「がっはっは!こりゃ傑作だ!あの偏屈なカチの旦那を、クッキーの型だなんて適当なハッタリで丸め込んで、仕事する気にさせやがった!坊主、お前、やっぱり大商人になれるぞ!」
マルタは、面白くてたまらないという顔で、俺の頭を乱暴に撫で回し、鍛冶屋へと向かった。
カチ鍛冶屋の防音室では、カチが黒板に向かったまま、まだブツブツと独り言を続けていた。
「おっちゃん、連れてきたよ!」
「おう、カチの旦那。この坊主にまんまと煽てられたんだってな」
マルタが軽口を叩くと、カチは黒板から目を離さずに答えた。
「……マルタか。面白いなんてもんじゃねえぞ」
その声は、55歳とは思えないほど、興奮で上ずっていた。
「武器ばっかり作らされて、鍛冶自体、もう面白いとも思わなくなってたからな。弟子を育てる方に逃げてたが……この坊主が持ってきた『原理』は、燃える」
「がっはっは!そりゃ良かった!で?俺に用ってなんだ?」
「ああ」
カチが、図面の一点を指差す。
「この『プレス機』とやらで、木をくり抜く。だが、木によって硬さが違うだろう?試作機で圧力を試したい。いくつか、あんたのところの端材の板をサンプルとして融通してくれ」
「おうよ。そんなことなら任せとけ。坊主、厚みはどれくらいだ?」
「えっと、これくらいかな」
俺は指で、だいたい5mmほどの幅を作って見せた。
「ふん、5mmか。そんなもんか」
そこから、2人の専門家による、俺の理解を置き去りにした打ち合わせが始まった。
「カチの旦那、5mm厚でくり抜くなら、木材は『ケヤ』より『ナラ』の方がいいか?ナラは硬いが粘りがある」
「いや、コストを考えろ。こいつは大量生産が前提だ。マルタ、お前んとこで1番安く、安定して手に入る端材は何だ」
「それなら、北の森から切り出してる『マツ』だな。少しヤニが出るが」
「ヤニか……。圧力をかけた時、刃――型――にこびりつかなきゃいいが……。まあ、試すしかねえか。刃の素材は鋼だ。鋼なら、マツのヤニごと叩き斬れる」
「いいねえ!さすが王国一だ!」
〈……すごい。完全に2人の世界だ〉
この街の木材のプロ――マルタ――と金属のプロ――カチ――が、俺の突拍子もないアイデアを、現実の「製品」にするために議論している。
あまりにも長引きそうだったので、俺はそっと部屋を後にした。
帰り道、俺は今日の成果を反芻する。
〈よし、今日の用事はこれくらいかな〉
炭も買ったし、「酒札」のサンプルもマルタの新人たちが作ってくれることになった。
そして、カチによる「プレス機」開発プロジェクトが――勝手に――始まった。
俺は、これからのことを考える。
〈俺の目標……。まずは、この炎の鍋亭を街1番の店にすること。将来的には、この不便な中世レベルの世界を、前世の知識でもっと便利で、楽な世界にしたいよなぁ〉
いつか、どこかの海賊王みたいに「欲しいならくれてやる!この世のすべてを置いてきた!」なんてセリフも言ってみたいもんだ。
〈そのためには、もっとこの世界の知識が欲しい。学校とかって、あるんかな。読み書き計算は母さんに教わったけど……〉
「まあ、いいや」
俺は思考を中断する。
「クララと遊ぼ!」
洗い屋に戻ると、クララはまだ1人で店番をしていた。
「お、クララ。まだ1人か」
「ライム!お帰り!」
「店番しながら、遊ぼうぜ」
俺が言うと、クララは「ふふーん」と得意げに笑った。
「じゃーん!見て見て!」
クララが取り出したのは、俺が作ったいびつな木片ではなく、もっと薄くて四角い木の札だった。
「これ、お父さんが作ってくれたの!」
それは、クララの店で使っている勘定用の木の札と同じもので、片面は木の色そのまま、もう片面は炭で黒く塗られていた。
「すげえ!リバーシ作ったのか!」
「うん!お父さんとリバーシの練習がしたくて、でもリバーシがなくて遊べなくて。だから、お店の札で作ってくれたの!」
俺たちは、四角いリバーシで遊び始めた。
〈……まあ、考えてみれば、別に駒が円形である必要はないよな。四角でも、ちゃんとひっくり返ればゲームは成立する〉
俺は、カチにわざわざ「円形」のプレス機を頼んだ自分に、内心ツッコミを入れた。
〈いや、でも、そこはロマンだ!〉
「なあ、クララ」
ゲームの途中、俺はふと、気になっていたことを尋ねた。
「この世のすべてを持ってる人って、なんだと思う?」
「んー?」
クララは、四角い駒を置く手を止め、うーんと考える。
「やっぱり、王様とか?」
「王様かぁ……」
〈王様、ねえ〉
カチは、その王様と喧嘩して王都を追い出された。
〈王様も、国が違えば力が及ばないし、『すべて』じゃないよな……〉
俺は、この異世界で自分がどこまで行けるのか、どこに向かうのか、5歳の体で、ぼんやりと物思いにふけるのだった。




