## 18話 王国一の職人、カチ
## 18話 王国一の職人、カチ
市場組合を出た俺は、組合長からの紹介状を握りしめ、炭の袋を揺らしながら、まずは隣の「マルタの薪屋」に引き返した。鍛冶屋に行く前に、確認しておきたいことができたからだ。
「おっちゃん!ただいま!」
「おう、坊主。忘れもんか?」
「ううん。さっきの『酒札』のことなんだけど、色を塗ったりはできる?」
「色?ああ、やってるぞ。うちの製材所で作った家具とかに塗料を塗る職人もいるからな」
〈マジか!すげーなマルタの薪屋……薪だけじゃなく、製材、木工、塗装まで。このおっちゃん、やっぱりかなりの商売人だ〉
「じゃあさ、さっきのサンプル、裏と表で色を分けて塗ってほしいんだ。白と黒で」
「おう、わかった。新人にそう言っとくぞ」
「よろしくね!あと、もう一つ聞きたいんだけど、隣の鍛冶屋のカチさんって、どんな人?」
〈隣同士だし、鍛冶屋は炭の大口顧客のはずだ。それなりに知ってるだろ〉
マルタのおっちゃんは、俺の質問に「ああ?」と顔をしかめた。
「なんでまたカチの旦那の名前なんか出すんだ」
俺は、木だと1個1個手作業で手間賃がかかるから、鋳物はどうかと組合長に相談したら、カチさんを紹介された、と正直に話した。
「なるほど、それでカチの旦那か」
マルタは納得したように頷く。
「いいか、坊主。あいつの腕は、はっきり言って王国一だ」
「え、そんなにすごいの!?」
「ああ。昔は王都に呼ばれて、王様お抱えの鍛冶師だったくらいだからな。だが……あの人は、性格が終わってる」
「終わってる?」
「王様と大喧嘩して、王都を追い出されたんだ。まあ、理由は簡単だ。あいつは自分が面白いと思うモンか、やりたい仕事しか絶対にやらねえ。王様の指図なんて聞くタマじゃなかったんだろ」
〈うわあ……〉
まさかそこまでの逸材――というか偏屈――だったとは。
「それより」
マルタが鋭い目で俺を見る。
「鋳物っつったが、それこそ材料費が高くつくぞ?金属は木っ端と違ってタダじゃねえ」
〈やっぱりそうだ。このおっちゃんは本当に理解が早いし、金銭感覚も商売のセンスもずば抜けてる〉
俺は「ありがとう、おっちゃん!」と礼を言い、今度こそ薪屋を後にした。
〈ビジネスパートナーとして、末永く仲良くしたいもんだ。……って、俺はどこに向かおうとしてるんだろう〉
マルタの店の隣。市場の中でもひときわ大きな槌の音と、熱気が漏れ出してくる場所――。
「カチ鍛冶屋」
〈一筋縄じゃいかなそうだなあ……。鋳物も割に合わないなら、ダメ元で『プレス機』の話を振ってみるか。鍛冶屋への無理難題は、異世界モノのロマンだろ!〉
俺は、組合長からの紹介状を握りしめ、工房に足を踏み入れた。
中は熱気でムンムンし、火花が飛び散っている。奥では、10人近い若い弟子たちが必死に槌を振るい、その中心で、いかにも頑固そうな親父――カチが、弟子に怒声を浴びせていた。
「違う!叩き込みが甘いわ!」
「すいませーん!」
「もっと腰を入れろ!」
「すいませーん!!」
「話を聞け!」
「すいま――」
「うっせーな、聞こえてるわ!」
ドスの利いた声が、槌の音を切り裂いて飛んできた。
「す、すいません!」
「あっちの席で待ってろ!」
俺は、カチが顎でしゃくった工房の隅にある、来客用の部屋に逃げ込んだ。不思議なことに、扉を閉めると、あれだけうるさかった槌の音がかなり小さくなる。
〈防音室……なのかな。すごい技術だ〉
壁には、恐ろしく実戦的なハルバードや槍が飾ってあり、そのどれもが機能美に溢れていた。
しばらくして、カチが腕を組みながら部屋に入ってきた。
「……なんだ坊主。迷子か?」
「違います。『炎の鍋亭』のライムといいます。市場組合の組合長から手紙を預かってきました。まず読んでください」
俺が紹介状を渡すと、カチはそれを乱暴にひったくって目を通した。
「……ふん。……ほう」
そして、次の瞬間。
「ぶっはっはっは!」
カチは、腹を抱えて大笑いし始めた。
〈え、組合長、何書いたんだ!?〉
「なるほどな。お前がマルタに『うぃんうぃん』を説いた坊主か。で?なんか俺に依頼か?あいにくだが、俺はもう仕事はせんぞ。仕事は全部、そこの弟子たちにやらせてるんでな」
「え?」
「俺はもう、あいつらに『教える』立場になったんだ。だから、俺にしかできない仕事であれば、そもそも成立せん!」
〈どういう理屈だ!? 『俺にしかできない=弟子には無理だから受けない』ってことか!?〉
「い、いや、カチさんじゃないと対応できないって言ったのは組合長で、俺はよく分かりません……」
俺が――5歳児のフリで――とぼけると、カチは「まぁいいだろう。話だけは聞いてやる」と椅子にふんぞり返った。
俺は懐から、マルタのところで見せたのとは別の、予備のいびつなリバーシのコマを1つ、机に置いた。
「これ、作れますか?」
「あ?……マルタんとこの端材か。こんなもん、少し練習すりゃ大抵の鍛冶師でも作れるだろ」
〈よし、乗ってきた〉
「うん。それで、マルタのおっちゃんに、これを『綺麗な丸で、表面も平らにして作れるか』って聞いたら、『そんなの簡単だ』って言ってたんだ」
「……ほう」
「それでね、用途はお客さんのお酒の注文した数を数えるためだって言って――『酒札』のことだ――『500個作って』って言ったら、『できるがとんでもない手間賃になるから、用途的に割に合わない』って言われたんだ。マルタのおっちゃんにできるのに、カチさんなら、500個作れる?」
「500個だと!?」
カチは目を剥いたが、すぐにニヤリと笑った。
「……ふん。あいつのところは、木工の職人は数いても手作業だろう。そりゃ割には合わんだろうな。だが、わしなら……まぁ500でも1,000でも作れるぞ。鋳物でやれば簡単だ」
「!……それって、割に合うの?」
俺が核心を突くと、カチは一瞬黙り込み、舌打ちした。
「……合わんだろうな。金属は木っ端と違って、そんなに安くねえからな」
〈やっぱりダメか。マルタのおっちゃんと同じ結論だ。木は手間賃が高すぎ、金属は材料費が高すぎる……〉
〈……もう、ダメ元だ〉
「やっぱりそうだよねぇ。木は手作りで手間賃がかかるし、金属は鋳物で作れても材料が高価だよね。……だからさ」
俺は立ち上がり、部屋の隅にあった黒板を指差した。
「『プレス機』作ったらどうかなって思うんだ」
「……『ぷれすて』?なんじゃそりゃ」
「ゲームじゃなくて、プレス機!」
俺は炭――さっきマルタの店で買ったやつだ――を取り出し、壁にかけてあった黒板に前世の記憶を頼りにイメージ図を描き殴った。下面に円形の「型」と、上面はそれを上から強い力で押し付ける「重り」の図だ。
カチの、さっきまでの嘲笑うような目が、真剣な「職人」の目に変わった。
「……イメージはなんとなく分かったが。これで木をくり抜くんだろ?そんな重さ、人間の腕力じゃ無理なんじゃないか?」
「腕力じゃ無理だよ」
俺は、図に1本の「棒」を書き加えた。
「『テコの原理』を使うんだ」
手のひらをパタンと閉じる動作で、支点・力点・作用点を示す。
「……『てこのげんり』?『梃子』だと……!?」
カチが、椅子から立ち上がった。彼は俺を突き飛ばすようにして黒板の前に立つと、ブツブツと何かを呟き始めた。そして、俺が描いた汚いイメージ図の横に、俺とは比べ物にならないほど精巧で、美しい図面を描き始めた。
〈すげえ……めっちゃ伝わってる。てか、図面キレイすぎ……〉
〈この人、物理の知識も半端ないぞ。王のお抱え鍛冶師ってのは本当だ〉
「……なるほど。この原理――テコ――なら、小さな力で絶大な圧力をかけられる……。これなら1度作れば、材料費はマルタのところの端材で済む……。しかし、ここの円柱――シリンダー――部分は、かなり精巧に作らねばならん。押し出す型の部分は鋳物で作るか……いや、強度的に鋼でいくか……」
「あ、あの……ど、どうかな?」
俺がおそるおそる声をかけると、カチは、ブツブツと考え事を続けたまま、俺の方を振り向いた。
「……あ、あぁ。……小僧。この『ぷれすき』とかいうのは、お前が考えたのか」
〈やばい。『夢で見た』はもう使った〉
「あ、えーっと。父さん――ゴードン――が料理人で、クッキーとかを型で同じ形に作るのを見て、思いついたんだ!」
「……クッキー。……なるほど」
〈良かった。ミソはテコの原理だがごまかせた〉
カチは納得したのか、再び図面に向き直った。
「……これは、弟子には任せられんな」
〈きた!〉
「おい、坊主。材料の木について、今すぐマルタと確認したいことがある。マルタを呼んでこい」
「え?わ、わかった!」
〈カチさんスイッチ入っちゃった。でも王国一っていうのは本当だな。とりあえずマルタさん呼びに行くか〉
俺は、王国一の鍛冶師が「面白い仕事」を見つけて独り言を繰り返す部屋を後にし、マルタのおっちゃんを呼びに、再び薪屋へと駆けだした。




