## 17話 酒札への新たな道
## 17話 酒札への新たな道
炭の入った袋を抱え、俺はマルタの薪屋を後にし、そのまま市場の中央にあるロンドール市場組合の建物に向かった。
手作業での酒札製造がコスト的に無理なら、別の方法を探すまでだ。
「こんにちはー」
俺がカウンターを覗き込むと、市場のアイドル、エリーナさんが笑顔で迎えてくれた。
「あら、ライム君こんにちは。どうしたの?」
「ええと、来週末の馬車の予約の確認と、あとちょっと相談があって」
俺は、さっきクララの店で聞いた話を切り出した。
「馬車のことなんだけど、今どれくらい空いてるのかなぁ。うちの隣の洗い屋さんも、鉱山からの注文が増えて、配達で忙しいみたいなんだ」
「そうかぁ。ライム君のところだけじゃなくて、洗い屋さんもなのね。最近は西の鉱山景気で、ロンドール全体が人が増えてきてるからね。ちょっと組合長のところで聞いてみようか」
またしても、組合長室に通される。髭面の組合長は、俺の顔を見るなりニヤリと笑った。
「ライム君か、今度は何の用だい」
俺は、マルタの薪屋や市場組合のランチ難民の話と、洗い屋の配達問題を挙げ、馬車をもう少し頻繁に借りられないか、という相談をした。
「うーん、難しいな」
組合長は腕を組む。
「つまり配達で毎日のように使いたいってことだろ?あの馬車は市場組合――ウチ――の所有物で、基本は市場の組合員が使うもんだからな。お前さんたち――炎の鍋亭――が週に1回、2回使うならともかく……」
〈だよな。組合の備品を、俺が占有できるわけない〉
俺が考えていた、サラの空き時間とテトの御者技術を使ったランチボックス宅配作戦は、馬車の確保ができず、一旦暗礁に乗り上げた。
〈ついでに洗い屋の配達も手伝えば、レンタル代を超えて収益が出そうだと思ったんだけど……残念だ〉
「なんでまた、そんなに馬車を使いたいんだ?」
「隣の洗い屋のクララが、一人で店番してるんだ。おじさんたちが配達に行っちゃうから。まだ5歳なのに、可哀想だよね」
「……」
組合長が、何とも言えない顔で俺を見た。
〈……ライム君よ。お前も5歳だろ。どの口が言うか〉
心の声が聞こえた気がしたが、俺は気づかないフリをした。
「……まあ、それはかわいそうだねぇ。だが、馬車の件は今のところ協力できなさそうだ。他にあるか?」
〈よし、本題だ〉
俺は懐から、いびつなリバーシのコマを取り出した。
「じゃあ、もう一つの相談なんだけど。ウチの店、お酒の請求漏れが結構ありそうでさ」
俺は、クララの店で見た木の札のシステムを説明し、酒の種類ごとに色違いのコマ――札――を導入したい、と話した。
「ほう、それはいいアイディアだな」
「でも、これ、木で作ろうと思ってマルタのおっちゃんに聞いたら、一個一個手作りになるから、ものすごく高くなるって言われちゃって」
「そうだな。同じ形をというのは案外難しいものなんだ。木の塗装の事なら、マルタが知ってる家具屋に聞けばいいだろうに」
「あ、そっか……」
〈いかん、おっちゃんに色塗りのこと聞くの忘れてた。まあいい〉
「でも、やっぱり手作業じゃ高いから……こういう、鉛銭みたいに、金属で同じものをたくさん作れないかなって」
「なるほど、鋳造か」
組合長の目が光る。
「それなら、鍛冶屋のカチに聞いてみるといい」
「カチさん?」
「ああ。あいつは腕はいいんだが、変わっててな……。よし、俺から手紙を書いてやろう。ちょっと待ってろ」
組合長が羊皮紙に向かうと、待っていたエリーナさんが、俺にこっそり耳打ちしてきた。
「ライム君、クララちゃんのために馬車を借りようとするなんて、優しいのね!もしかして、2人はそういう関係かしら?」
「えっ!?い、いや、そんなんじゃないです!」
俺が思わず素で反論すると、エリーナさんは「あら」と目を見開いた。
「……今の言葉で、意味がわかるのかしら?」
〈しまった!カマをかけられた!〉
5歳児がそういう関係の意味を理解できるはずがない。
〈こ、このお姉さん、市場のアイドルとか言われてるけど、結構タチが悪いぞ……怖い!〉
俺がジト目で見つめると、エリーナさんは「うふふ、冗談よ」と笑った。
「女の子に優しいのね」
「う、うん!エリーナさんが困ってたら、俺が何でも助けてあげるよ!」
俺の5歳児全力スマイルに、エリーナさんは「まぁ!」と頬を染めた。
「エリーナ!ふざけてるなら仕事に戻れ!」
組合長の怒声が飛ぶ。
「ライム君、手紙書いたぞ。カチの場所はわかるか?」
「うん!マルタのおっちゃんの店の隣で、いつもカンカンうるさいところでしょ?大丈夫です!」
「そうか。まあ、悪いやつじゃないから、行ってみろ」
組合長は、俺がテーブルに出したままのリバーシに目をやった。
「……それと、そのリバーシとかいう遊びは、どんなルールなんだ?」
「あ、これ?夢で、白と黒の丸い石がひっくり返るのを見て、思いついたんだ」
俺は、練習とばかりに組合長にルールを説明した。
「……角を取って、相手の石を挟んだら、こうやってひっくり返すの」
「…………」
組合長は、黙ったまま動かない。
「組合長?」
「……君が、考えた?」
「うん」
「……ちょっとこれ、貸してくれないか?」
「いいよ。組合長も遊んでみる?」
「あ、あぁ」
俺は、いびつなコマが入った革袋ごと、組合長に手渡した。
組合長は、まるで貴重品でも扱うかのようにそれを受け取ると、ブツブツとルールの反芻を始めてしまった。
〈……なんか、固まっちゃったな〉
俺は「よろしくお願いします」と挨拶し、エリーナさんに手を振って組合本部を後にした。
〈よし、リバーシは預けてきた〉
前世で世界中を熱狂させたゲームだ。組合長ほどの目利きなら、これの面白さと、そして商品としての価値が分かるはずだ。良いマーケティングになる。
俺は組合長からの紹介状を握りしめる。
〈次は鍛冶屋!異世界モノの攻略に、鍛冶屋は必須ジョブだ!どんな奴が出てくるか、楽しみだな!〉
俺は、炭の入った袋を揺らしながら、市場の鍛冶屋エリアへと駆けだした。




