## 16話 「手作り」のコスト
## 16話 「手作り」のコスト
〈いっそのこと、リバーシの製品化もしちゃおうかな〉
市場に向かう道すがら、俺の思考は「酒札」から広がり始めていた。
〈どうせマルタのおっちゃんに酒札を作ってもらうなら、俺が「夢で見た」リバーシのコマと同じ、あの円形で厚みのある形にしてもらえば効率がいい。リバーシのコマとしても使えるし、酒札としても使える〉
問題は「色」だ。
クララの店では、札を赤や青に塗っていた。
うちの店でも、酒の種類で価格を分ける必要がある。エール、葡萄酒、果実水――最低3色は欲しい。
〈この街に「着色屋」みたいな店はあるんだろうか。あとで組合に寄った時にでも聞いてみるか〉
頭の中で必要数を弾く。
店のキャパは50席。客が入れ替わることも考え、多めに見積もる。
仮に、満席の客が1人平均5杯飲んだら……250個?
〈いや、カゴをテーブルごとに置いて、会計時に回収して、また次の客に回すなら、そんなにいらないか?でも、洗い場に溜まることも考えると……〉
〈やっぱり、予備も入れて500個くらいは欲しいな〉
結構な数だ。
〈これがもし、いい感じにできたら、クララの店の木の札もこっちの規格に統一してもらおう。……というか、リバーシのゲームとして売り出すことを考えたら、同じ規格のものを大量生産できると最高なんだが〉
この「中世レベル」の世界だ。まさか、全部手作業なんだろうか。
〈まあ、金がかかるにしても、請求漏れが改善されればすぐに回収できるだろ。なんたって、父さんが「俺が責任取る」って言ってくれたしな!〉
……いや、待て。
〈「責任取る」って言ってたけど、「金出す」とは言ってないな……〉
5歳児の特権を乱用しかけた自分を戒めつつ、一人ツッコミを入れながら、俺はマルタの薪屋に到着した。
店の前では、マルタのおっちゃんが、若い従業員らしき男3人と何やら話し込んでいる。
「おっちゃん!炭を買いに来たよ!」
「おう、坊主!ちょうどいいところだ。ほら、お前ら、こいつが炎の鍋亭のライム坊だ」
「「「ちーす!」」」
若い連中が、威勢よく頭を下げる。
「こんにちは!炎の鍋亭のライムです。おっちゃん、炭をひと箱ちょうだい。あとね、相談があるんだ」
俺は懐から、自分で小刀で削った、いびつなリバーシのコマ――木片――を取り出した。
「これみたいに、まん丸で、ちょっと厚みのあるコマを、たくさん、おーんなじ形で欲しいんだけど、こういうのって作れる?」
「あ?なんだそりゃあ。……まあ、作れんことはねえが」
俺は、父さんにも説明した「酒札」のアイデアと、酒の請求漏れの話を手短に伝える。
「なるほどなあ。『酒札』か。面白いこと考えるじゃねえか。で、どんくらいいるんだ?」
「ええと、とりあえず500個からなんだけど……将来的には、もっと大量に欲しいかも」
「ご、500個だと!?」
マルタのおっちゃんは、目を剥いた。
「おいおい、坊主。そりゃあ作れるが、割に合わんぞ」
「え?」
「お前さんが言うような『綺麗な丸で、全部同じ大きさ』ってなると、うちの製材所の職人が、一個一個、手作業で削り出すことになるんだ。そんなもん500個も作ったら、とんでもない手間賃になるぞ!」
〈マジか……。そりゃそうか。この世界に木材を自動で打ち抜くプレス機なんてないもんな……〉
いきなり計画が暗礁に乗り上げた。
マルタは、頭を抱える俺を見て、ニヤリと笑う。
「まあ、そう落ち込むな。とりあえず見積もりしてやるから、いくつかサンプルを作ってやるよ」
「本当!?」
「ああ。なあ、お前ら」
マルタが、さっきの若い衆を呼ぶ。
「こいつら、新しく雇った連中なんだ。まだ半人前だからな」
「へえ、新人さんなんだ」
「そうだ。こいつらの研修がてら、坊主の言うコマを作らせてみる。研修だから手間賃はタダでいい。その代わり、ちっとくらい形がいびつになっても文句言うなよ?」
「全然いいよ!逆にありがとう、おっちゃん!」
「おう!で、サンプルはいくついるんだ?」
「えっと……64個、お願いできる?」
リバーシ盤、1セット分だ。
「おう、任しとけ!」
俺はマルタに礼を言い、店を出た。
「おっと、坊主!炭を忘れてるぞ!」
「わっ、忘れてた!ありがとう!」
「あと、今週末は約束通り、馬車で薪を取りに来るんだろ?ちゃんと用意しとくからな!」
「うん!馬車で行くよ!よろしくね!」
炭の入った袋を抱え、市場を後にする。
〈そっか……いきなり計画が躓いたな。手作業じゃ、大量生産は無理か〉
リバーシの製品化も、酒札の大量導入も、暗雲が立ち込めてきた。
〈……いや、待てよ〉
俺は、市場組合の建物を見上げた。
〈マルタのおっちゃんは「木工」の職人だから手作業だ。でも、別の方法があるかもしれない。例えば……「鋳造」とか〉
西の鉱山。
もし、金属で同じものを大量に作れるとしたら?
〈よし、組合に行って、エリーナさんに馬車の予約状況を聞くついでに、この街に「鋳物師」や「着色屋」がないか、聞いてみよう〉
俺は、新たな可能性を探るため、組合の扉を押し開けた。




