## 14話 クララの「木の札」
## 14話 クララの「木の札」
クララと2人、洗い屋の店先でリバーシ盤を広げる。
俺は自分のコマ――黒く塗った木片――をパチリと打ちながら、思考を巡らせていた。
〈マルタのおっちゃんと組合長が言ってた「ランチ難民」。母さんの空いた時間と、テトが運転する馬車を使えば、新しい商売ができそうだ。……でも、その前に、先に片づけるべき問題がある〉
先日、帳簿を洗った時のことを思い出す。
〈もちろん新しい商売も大事だけど、まずは足元の「お酒の請求漏れ」だよなぁ〉
忙しいと追加注文が記憶頼みになり、特に酒で「請求し損ね」が出ている。
なんとかして、追加注文を確実に「記録」する方法を――。
その時だった。
「いらっしゃいませ!」
クララが元気な声を上げる。近所のおばさんが洗濯物を持って来たようだ。
俺はリバーシの手を止め、受付のやり取りを眺めた。
「はい!えっと。シャツが2枚と、ズボンが1枚ですね」
クララはそう言うと、受付台の下の木箱から小さな「木の札」を3枚取り出した。
2枚は赤、1枚は青に塗られている。
「はい、お洗濯するね。お代は、シャツが銅貨2枚で、ズボンが銅貨3枚だから……全部で銅貨7枚です!」
「まあ、クララちゃん、計算も早いのね」
「えへへ。お支払いは、明日の受け取りの時で大丈夫です!」
〈……ん?〉
やり取りに引っかかる。
客が帰るとすぐ、俺は身を乗り出した。
「なあ、クララ。今のお客さん、なんでシャツとズボンで札の色が違ったんだ?」
「え? シャツが赤で、ズボンが青だよ」
「そうじゃなくて、どうやって勘定してるの?」
「えーっとね」
クララはリバーシのコマをいじりながら説明する。
「お客さんがお洗濯物を持って来たら、種類ごとに色の札を渡すの。赤は銅貨1枚、青は銅貨3枚、みたいに」
「ふむふむ」
「帰りに、その札を返してもらうでしょ? そしたらお母さんが札を数えてお金をもらうんだよ」
〈……これだ!〉
酒の種類ごとに、色違いの「木の札」を用意する。
エールなら赤、葡萄酒なら青……。
追加注文のたびに、給仕がその札をテーブル上のカゴへ。
会計時に札を数えれば、誰でも間違えずに勘定できる。
〈前世で言う伝票の代わりだ。名前は……「酒札」でいい〉
「……ていうか、俺は前世の知識があるけど、クララさん、優秀すぎない?」
口に出しかけて、慌てて飲み込む。
「クララ、それ、いいね! うちの店でも使えるかも!」
「え? どういうこと?」
「最近さ、忙しすぎて、誰が何をどれだけ飲んだか分からなくなることがあって……」
5歳にも分かるように請求漏れの話をかみ砕くと、クララは首をこてん。
「ふーん……よくわかんない」
〈まあ、そうだよな。5歳だもんな〉
その時、店の奥から男性が顔を出した。
「クララ、ただいま! お留守番ありがとうな」
「お父さん!」
クララが駆け寄る。
俺に気づいたクララの父さんーーアインズさんが、にこやかに手を振った。
「おお、ライム! お留守番、手伝ってくれてたのか。ありがとうな!」
「ううん、一緒に遊んでただけだよ。……それより、おじさんもおばさんも、2人とも配達に出ちゃうことがあるんだね」
「ああ、最近な。西の鉱山の宿舎から大口の注文が増えてて、配達が立て込んじまってるんだ。人も1人か2人は増やさないとなぁ……」
そう言いつつ、アインズさんはリバーシ盤を覗き込む。
「しかし、この『リバーシ』って遊び、すごく奥が深いな。こんな娯楽、どこで知ったんだ?」
〈……やばい!〉
この世界にない遊びを、5歳の俺が知っているはずがない。
脳内が一瞬、真っ白になる。
「え、えーっと、それは……」
「それは?」
「……夢で、見た!」
「夢?」
「うん! 白と黒の石が、ひっくり返って、わーっ! ってなってた!」
「はっはっは! 夢か! そりゃ面白いな!」
〈助かった……〉
壁際の影が少し伸びる。
俺は腰を上げた。
「あ、もうこんな時間だ。俺、夕飯だから帰るね! じゃあな、クララ!」
店を出ながら、さっきの仕組みを頭の中で反芻する。
〈木の札を色分け……リバーシのコマみたいに裏表で色を変える? いや、客がひっくり返したら終わりだ〉
〈やっぱり単純な色違いの木の札――酒札――だな。これが最初の改革になる〉
夕風が頬を抜けていく。
俺は足早に店へ向かった。
次に打つ一手は、もう決まっている。




