エステル商工会と学舎長
## 116話 エステル商工会と学舎長
領都エステルの中心近くまで来ると、石畳の幅がぐっと広くなった。
その先に、ひときわ大きな石造りの建物がどっしりと構えている。
「でっかーい! かっこいい!」
クララが、首が痛くなるくらい見上げながら叫んだ。
「ほんとだね。建築物として見ても面白いです」
ミナが、感心したように言う。
俺もつられて見上げる。
「だよね。あそこの鎧の飾りとかホントかっこいいよな。入口の柱も、よく見ると渦巻き模様が彫ってあるし」
「間違いありません」
レノはいつもの調子で、きっぱりとうなずく。
「エステル商工会の建物は、領内でも指折りの意匠だと思います」
「こうして見ると、ただの子どもたちですね」
テンドーさんが苦笑して肩をすくめた。
「さ、見とれていないで行きますよ」
〈よし。大人枠がしっかり機能してる〉
気持ちを切り替える。
〈今日はプレサントの登録と、新卒採用――それからマーケティングの相談だな〉
俺たちは、堂々とした扉をくぐってエステル商工会の中へ入った。
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中も外観に負けない立派さだった。
磨かれた床に、壁には各地の地図や商会一覧の板が掛けられている。
受付カウンターには、数人の職員が行き交っていた。
「では、私が」
レノが一歩前に出て、いつものように滑らかな動きで受付に近づく。
「バルド支部長と約束をしています。レノ=クルーガです」
受付の女性が顔を上げた瞬間、目を丸くした。
「クルーガ……まぁ、ノーラさんの……」
小さくつぶやいたあと、レノをまじまじと見つめる。
「い、イケメン……いえ、ええ、聞いています。こちらへどうぞ」
受付の人はみるみる頬を赤くしながら、慌てて立ち上がった。
〈レノさんは、どこへ行っても人気だな〉
受付のあとについて廊下を進み、支部長室の扉の前で足を止める。
軽くノックすると、中からバルドさんの声が聞こえた。
「おう、入ってくれ」
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扉を開けて中に入ると、まず目に入ったのはバルドさんの姿だった。
その隣にはノーラさん。そしてもう1人、白髪をひとつに束ねたお爺さんが座っている。
〈あの人が、学舎長かな〉
「おう、ライム君。久しいな」
バルドさんが、いつもの豪快な笑みを浮かべる。
「活躍してるそうじゃないか」
「はい、お久しぶりです! おかげさまで!」
俺も自然と笑顔になる。
「レノを紹介してもらえて、本当に助かってます!」
レノが一礼する。
「バルドさん、姉さん。声をかけてくださって、本当にありがとうございます」
「あなたがそう思ってくれているなら、よかったわ」
ノーラさんが、少しだけ柔らかい笑みを見せた。
「しっかりお仕えするのよ」
「はい!」
「それにしても、面白い顔ぶれだな」
バルドさんが、俺たち一行を順番に眺める。
「まず自己紹介をしておこうか。こちらはエステル学舎長のヘイズさんだ」
「ワシがエステル学舎、学舎長のヘイズじゃ」
白髪のお爺さんが立ち上がり、目を細めてこちらを見た。
「レノ、久しいな」
「お久しぶりです」
レノも少しだけ緩んだ表情で頭を下げる。
「変わらずご健勝そうで、何よりです」
「まだまだ現役だぞい」
ヘイズさんは、胸を張って笑った。
その横で、クララがすっと一歩前に出る。
「私は洗い屋の娘のクララです。炎の夜明け商会のナンバーツーです!」
ミナも慌てて続いた。
「炎の夜明け商会の調理担当のミナです、あと絵を描いています!」
テンドーさんが、丁寧にお辞儀をする。
「私はテンドー商会のテンドーです。炎の夜明け商会とは、リバーシの販売店としてお付き合いさせていただいております」
レノが一歩進み出る。
「炎の夜明け商会ナンバースリーのレノです」
最後に、俺も姿勢を正した。
「炎の夜明け商会の代表人、ライム=ハースです。今日はお時間をいただき、ありがとうございます」
一瞬、空気が固まる。
〈うん、明らかにみんな度肝を抜かれてる〉
〈クララの名乗りがインパクトありすぎるし、そのままレノも乗っかっちゃったからな〉
「レノ君がナンバースリーじゃと?」
ヘイズさんが、思わずレノを二度見する。
「はい。クララさんには、いつもご指導いただいています」
レノが真面目な顔で答えるので、余計にややこしい。
「ライム君……」
バルドさんが、こめかみを押さえた。
「お前は本当に面白いな。聞きたいことが多すぎる」
俺は苦笑いを返す。
「まずは話を進めたいところだが、その前に――」
バルドさんが、表情を改めた。
「法人設立してからのことを、少し聞かせてもらえるか?」
「分かりました。では、これをどうぞ」
俺がうなずくと、ミナが、きちんとそろえたパンフレットを取り出し、
バルドさん、ノーラさん、ヘイズさんに1部ずつ手渡していった。
ページを開く3人を見届けてから――
クララが、ぴん、と勢いよく手を挙げる。
「では! 炎の夜明け商会の説明をします!」
〈……やっぱり来た〉
止める気はまったくない。
クララの説明は、勢いと熱量がそのまま説得力になる。
クララはパンフレットを広げ、堂々と話し始めた。
「まずはランチボックス事業です! これはロンドールのお母さんたちが作ってくれるお弁当を、街のみんなに届けるお仕事! 毎日1000個作ってて、みんなすっごく喜んでくれてるんだよ!」
「1000……?」
バルドさんが、思わず小さく反応する。
クララは、そのまま加速した。
「次が配達事業! ロンドールじゅうの届けてほしいものをまとめて届けてるの! 洗い屋さんのお手伝いもしててね、お客さんから『すごく便利だ』って言われてるんだよ!」
「そして、リバーシ事業! これはライムが考えて、職人さんたちと協力して作った遊び道具です! 遊んだら分かるけど、めちゃくちゃ楽しいの! エステルでも絶対はやると思う!」
「でね! 最後が酒造事業! これはサントエールっていうお酒を、もっともっと美味しくするための挑戦で、ヤブタさんとガレンさんと一緒にがんばってるの!
それで生まれたのが――プレサント! これは今までのお酒とは全然ちがう、すっごい飲み物なんだよ!」
その一言で、部屋の雰囲気がまた変わる。
バルドさんとノーラさんの視線が、一気に鋭くなった。
だがクララは、気にする様子もなく続ける。
「炎の夜明け商会はね! みんなが楽しく生きられる世界をつくるために、いろんなことをやってるの!
そのために、仲間をいっぱい集めて、世界をどんどん良くしていくんだよ!
ライムは代表で、わたしはナンバーツー! レノさんはナンバースリーで、ミナもテンドーさんも、大事な仲間!」
言い終えた瞬間――
部屋の全員が、ぽかんと口を開けた。
〈うん、今日もクララさんアクセル全開だ〉
〈これを5歳児が真正面から言い切るんだから、そりゃ度肝も抜かれるよな〉
ノーラさんが、若干震えた声で尋ねる。
「あなた……ライム君と同じ年なのよね……?」
「うん、5歳だよ! ライムといっしょ!」
「ご、5歳でこの規模の話を……?」
ヘイズさんは、椅子から転げ落ちそうな勢いで振り返る。
クララは満足げにこちらを見た。
「どう? 分かりやすかった?」
「うん、十分だよ……」
俺は苦笑しながら答えた。
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「そ、そうか」
バルドさんが、パンフレットをめくりながら言葉を絞り出す。
「あれから2か月少しだと思うが……ここまでとは……」
「うん! 世界を変えないといけないからね!」
俺がきっぱり言うと、ヘイズさんが大笑いした。
「ぶわっはっは! それで学舎での募集につながるわけじゃな。大したもんじゃ!」
「はい」
レノが、そこに話をつなげる。
「これから人を増やして、商会をさらに大きくしていくつもりです。そこで、志のある人を募集するために、学舎長のお力を借りたく参りました」
レノはパンフレットの募集欄を指さした。
「そこに書いてあるとおり、条件は――
通常の者は月金貨1枚。特殊技能を持っている人は、追加で金貨2枚。
いずれも、炎の夜明け商会の正規雇用として迎え入れます」
「金貨1枚、追加で2枚か……」
バルドさんが腕を組む。
「少々高すぎるような気もするがな」
「世界を変えるのに、安いくらいだ! ってライムが言ってたよ!」
クララが、すかさず割り込んできた。
「技能がある人は、今すぐにでも欲しいんだって! すっごく大事なんだよ!」
「その給金は、本当に支払えるのか?」
バルドさんが、真剣な声で問いかける。
「はい」
レノが即答する。
「先ほどクララさんが説明した事業だけでも、現時点で月金貨400枚ほどの利益が見込めます。
今後エステルとサント全域でリバーシとプレサントが広がれば、さらに上積みが可能です」
「そ、そうなのか……」
ヘイズさんが、パンフレットの数字に目を凝らす。
「法人化から日が浅いと聞いとったが……いやはや、とんでもない連中じゃ」
パンフレットから顔を上げると、ヘイズさんはおかしそうに笑った。
「よし、分かった。では明日、学年集会があるからの。そこでその旨をぶつけてみるとよい」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出す。
「うむ。『世界を変える』と言い切る子どもを、学舎長として無視できるわけなかろう」
ヘイズさんが、にやりと笑った。
「生徒たちがどう反応するか、ワシも見てみたいしの」
「ありがとうございます!」
〈よし。生徒へのプレゼンは確約できた〉
〈後は全力でやるだけだ〉
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「それで、残りはそのプレサントとやらの登録の件だな?」
バルドさんが、テーブルの上を軽く叩く。
「はい」
俺はうなずき、テンドーさんに目配せした。
「まずは、一度飲んでみてください」
「承知しました」
テンドーさんが、ミナの描いたロゴ入りの小瓶を取り出す。
茶色い液体を、3つのグラスに静かに注いでいく。
ミナは、その様子を少し緊張した面持ちで見守っていた。
「では、まずは香りからどうぞ」
テンドーさんが勧める。
バルドさん、ヘイズさん、ノーラさんが、それぞれグラスを手に取った。
「ほう……」
バルドさんが、鼻先で軽く香りを嗅ぐ。
「エールともワインとも違うな。だがエールの匂いも、確かに残っている」
ヘイズさんは、一口含んで目を見開いた。
「こりゃあ……」
ノーラさんも、ゆっくりと一口――
そして、グラスを置いた。
「……度数がかなり高いですね。でも、変な刺さり方をしていない。
香りが立って、後に残る甘みがきれいにまとまっているわ」
「サントエールの旨みを引き出す方向で調整しました」
テンドーさんが、淡々と説明する。
「特殊な方法で酒精を強くしつつ、雑味をできるだけ削っています」
「特殊な方法、ね」
バルドさんが俺を見る。
「はい」
俺は首を縦に振った。
「詳しい作り方は企業秘密ですが、サントエールをベースにして、独自の工程を加えています。
この製品を『プレサント』として、著作物登録できるか伺いたいです」
ノーラさんは、少し考え込んでからうなずいた。
「ええ、おそらく問題ありません」
彼女はプレサントの瓶を手に取り、ラベルと液体の色を確認する。
「現時点で、同じ製法・同じ特徴を持つ酒類は登録されていませんし、これだけはっきり差別化されていれば、著作物としての登録は可能です。すぐに手続きを進めますね」
そう言って、ノーラさんは横の棚から帳面と書類を取り出し、手際よく必要事項を書き込んでいく。
バルドさんが、俺の様子をちらりと伺った。
「すまんがノーラは、このままここで働いてくれるらしいからな?」
「うん。分かってるよ」
どうやら、俺は少し物欲しそうな顔をしていたらしい。
〈ノーラさんが炎の夜明け商会にいたら、事務周りは一瞬で片づきそうなんだけどな〉
〈……まあ、それは欲張りすぎか〉
ノーラさんのペン先が止まる。
「はい、これで登録の申請は完了です。あとは、サインをいただければ」
「ありがとうございます!」
俺は書類に目を通し、指でなぞるようにして内容を確認してから、署名欄に名前を書き込んだ。
こうして――
自己紹介と会社説明会、新卒採用の学年集会枠の確保、
そしてプレサントの著作物登録。
今日やるべき『前哨戦』は、無事に完了した。
会議は、このあともなお続いていくのだった。




