パンフレットと版画と学年集会
## 114話 パンフレットと版画と学年集会
炎の夜明け商会本部の扉が、勢いよく開いた。
「ライム! パンフレットできたよ!」
先頭でクララが叫ぶ。その後ろには、ミナとエリーナさん、そしてマルタのおっちゃんがずらりと並んでいた。
「ほんと!? ……っていうか、何この顔ぶれは? 迷子?」
思わずツッコむと、マルタのおっちゃんがすかさず噛みついてきた。
「んなわけあるか! 嬢ちゃんに連れてこられたんだよ!」
クララは胸を張る。
「うん、みんなで作戦会議!」
「え、えっと……どう説明したら……」
ミナが視線を泳がせている。
そこで、唯一まともな進行役――エリーナさんが、すっと一歩前に出た。
「まず、私がバルドさんからの手紙を受け取ったの。それで炎の鍋亭にライム君を呼びに行ったらいなかったから、洗い屋に行ったのよ。そしたら、ミナとクララちゃんがこのパンフレットを作っていて、私も相談に乗っていた、というわけ」
ミナがこくりと頷く。
「うん。お姉ちゃんなら、ちゃんとした文章書けるし、誤字も見つけてくれるから」
エリーナさんは続ける。
「それで、バルドさんからの返信の内容もクララちゃんに話したの。そうしたら――」
クララが元気よく手を挙げた。
「『じゃあマルタさん!』って言って、みんなで薪屋に行ったの!」
「それでうちに来て、『ちょっと来い』だとよ」
マルタのおっちゃんがガハハと笑う。
「面白そうだからついて来てやったわけだ!」
〈なるほど。要するに――バルドさんの手紙に何か重要なことが書いてあって、それを聞いたクララが一気に動き出した、って流れか〉
「そうだったんですね」
俺はうなずく。
「それで、その手紙というのは?」
「ええ、これよ」
エリーナさんが封筒を差し出す。
レノがすっと前に出て、手際よくそれを受け取った。封を開け、さっと目を通したその表情が、すぐに真剣になる。
「……これは」
「レノ?」
俺が促すと、レノは姿勢を正して読み上げた。
「バルド支部長は、領都エステルの学舎長と話をつけてくれたようです。ちょうどライムさんたちが来る日に学年集会があるので、そこで話をしてはどうか、との申し出です。
商工会での打ち合わせの翌日の朝に、全学年の前で発表し、そのままロンドールへ戻る流れが良いだろう、と姉からも補足が入っています」
俺は思わず固まった。
「え……情報量、多すぎない?」
〈いきなり学年集会でプレゼン?〉
〈ほぼ講演会だよな〉
「それで、なんでそこからマルタのおっちゃんにつながるんだ?」
首をかしげる俺に、クララが得意げに指を立てる。
「だって、学年集会で、ぱんふれっといっぱい配るでしょ? だったら、マルタさんに木で彫ってもらえばいいなって!」
「なんだ、そういうことか!」
マルタのおっちゃんが、にやりと笑う。
「学年集会で配るパンフレットを、版木で刷るってわけだな。……面白えじゃねぇか」
ミナが小さく両手を握る。
「版画の板さえできれば、船の中でみんなでぺたぺた印刷できるね」
「確かに」
レノが感心したように頷いた。
「クララさん、流石です。この断片的な情報だけで、ここまで先を読んで動くとは」
クララは「えへん」と胸を張る。
「すぐにいっぱい必要になるでしょ? だったら、ぺたぺたやればいいんだよ!」
〈……印刷技術なんて知らないはずなのに、自然と“版画”に行き着くの、本当に天才なんだよな〉
そこでエリーナさんが、ふっと苦笑した。
「エステル学舎長は変わっていないのね。新しいもの好きの、無茶振りお爺さん」
「そうみたいですね」
レノも苦笑を浮かべる。
「ですが、今回は助かります。もちろんクララさんの機転があってこそですが」
「そうだね! 予定が早まって、ちょうどいいくらいだよ」
俺も気持ちを切り替える。
マルタのおっちゃんが、改めて俺たちを見回した。
「にしても、学舎で従業員の勧誘とは考えたな。……で、この殺風景な拠点で面接するつもりか?」
俺は思わず部屋の中を見渡した。
机と椅子が数脚、資料の入った棚が1つ。
壁はがらんとしていて、ミナの紋章を描いた紙が1枚貼ってあるだけだ。
「……だよね。さすがに、このままじゃちょっとなぁ」
〈せめて看板と、ロゴ入りの何かくらいは欲しい。ミナの紋章をちゃんと板看板にしたいな〉
「でも、その前に!」
俺は身を乗り出した。
「ミナ、パンフレット見せて!」
「うん!」
ミナが大事そうに抱えていた束を差し出す。
「初めに、ライムが『商会でやりたいこと』を話してくれたでしょ? それをまとめて、
それからクララに『どんな事業をやってるか』詳しく教えてもらって、紹介の文にしたの。
お姉ちゃんには、文字と文章をちょっと直してもらって……後は――」
エリーナさんが引き継いで説明する。
「後は、募集条件と報酬、それから募集人数を決めれば完成ね」
俺はパンフレットに目を通す。
炎の夜明け商会の由来。
リバーシ、ランチボックス、配達、酒造――それぞれの事業の簡単な説明。
そして、「この世界をもっと便利に、面白く」という一文が、ミナらしい字で飾られている。
〈……すごい〉
〈これ、もう完全に会社案内じゃないか〉
「ミナ、エリーナさん、クララ。……これ、完璧だよ」
思わずそう言ってから、俺は机の上にパンフレットを広げた。
「募集条件は――
世界を変えたいって志がある人。
特殊技能がある人は大歓迎。
報酬は……月金貨1枚。技能がある人は追加2枚
募集人数は20人。これでいきたい」
「金貨3枚!?」
エリーナさんが目を丸くする。
「高すぎませんか?」
レノもすぐに反応した。
「王都の初任給と比べても、かなり上です。学舎卒であれば、金貨1枚台でも希望者は集まるはずですが……」
俺は首を振る。
「いいんだ」
言葉を区切って、はっきりと続ける。
「はっきり言って、世界を変えるのに金貨3枚は安いと思う。技能がある人は今とても必要なんだ。
俺がいっぱい金貨持ってても意味ないしさ。
『ここで働きたい』って思える会社にして、みんなでどんどん大きくしていくよ」
一瞬、部屋の空気が静かになる。
次の瞬間、マルタのおっちゃんが腹を抱えて笑った。
「がっはっは! お前さん、本当におもしれぇな! 普通は金貨を惜しむところだろうが!」
「ライムらしい!」
クララが笑う。
「お金いっぱい持ってても、ライム絶対じっとしてないもんね」
レノは、少しだけ考え込んでから頷いた。
「……分かりました。通常金貨1枚、技能持ちは金貨3枚でいきましょう。ただ、そのぶんきっちり働いてもらえるような仕事は、こちらで用意しておきます」
エリーナさんも、肩をすくめて笑った。
「ふふ。じゃあ、そのあたりの言い方は、私のほうで整えておくわ。
『高い給金に見えるかもしれないけれど、それに見合う挑戦と成長がある場所です』って、そんな感じでね」
マルタのおっちゃんが腕を組む。
「よし、じゃあそのパンフレット用の版木だな。特急料金で、金貨1枚はもらうぞ?」
「た、高い……」
思わず声が漏れる。
「でも、学年集会で一気に配るんだろ?」
マルタのおっちゃんがニヤリと笑う。
「だったら、そのくらいの投資は安いもんだ。お前さんの金貨3枚よりはよっぽど現実的だろ?」
「……それはそうかも」
〈こういうところで、ちゃんと突っ込んでくれるのがありがたいんだよな〉
ミナがぱっと顔を明るくした。
「版木さえできれば、後は船の中でたくさん刷るね! インクと紙はテンドーさんにお願いしてくる!」
「ありがとうございます。明日の午前10時、ノール川の船着き場発の便でエステルへ向かいます」
レノが深く頭を下げる。
「版木は、それまでに仕上げて持って行くさ」
マルタのおっちゃんが豪快に笑う。
「嬢ちゃんの顔も立てねぇとな」
「マルタさん、ありがとう! 待ってるね!」
クララが満面の笑みで言う。
こうして――
学年集会での新卒採用プレゼンと、パンフレット配布作戦。
それを支える版画プロジェクトまで含めて、エステル出張の準備は、にぎやかに、そして着実に整っていくのだった。




