鉱山販売員の顔合わせ
## 112話 鉱山販売員の顔合わせ
朝の炎の鍋亭のテーブルには、今日も山盛りの朝食が並んでいる。
焼きたてのパンに、具だくさんのスープ。
香ばしいソーセージと、ふわふわの卵料理。山盛りだ。
俺とレノ、父さんと母さんの4人で、それを片っ端から片付けていく。
いつもの光景だ。
朝食が一段落してきたところで、母さんがカップを置きながら口を開いた。
「それじゃあ、テンドーさんが一緒に行ってくれるのね。よかったじゃない」
「うん。やっぱり4人だけじゃ、アインズさんもエッタさんも心配だったみたいだし、父さんと母さんに相談しておいてよかったよ」
父さんはパンをちぎりながら、ふっと笑う。
「お前は、大人でもできないようなとんでもないことを、平然とやってのけるが……変に常識的なところが抜けているからな」
「う……」
反論しづらい。
〈うん、自覚はある〉
〈5歳ってことを忘れて、この異世界ではしゃぎすぎてるんだよな〉
〈最近は前世の夢もあんまり見なくなったし……今が楽しくて、充実してるってことなんだろう〉
レノが、ナイフとフォークを揃えながら真面目な声で言う。
「そのあたりは、王都の学院まで行って学んできた身として、しっかりサポートさせていただきます」
「そうよ」
母さんが楽しそうに目を細める。
「私たちには、なんでも相談しなさい。ゴードンが全部の責任を取ってくれるしね」
「おい、サラ」
父さんが苦笑する。
「はは……みんな、ありがとう」
そう言った瞬間、胸のあたりが少し温かくなった。
〈この家に生まれてきたのが、この異世界転生の一番の幸運だな〉
そのとき――
「おーい、ライムいるかー!」
下の階からテトの声が響いた。
「いるよ! 居間まで上がってきて!」
俺が返事をすると、階段を駆け上がる足音がして、元気なニキビ顔がひょいっとのぞいた。
「お、お邪魔しまーす。食事中にすまねぇ」
母さんが笑顔で手を振る。
「いいのよ。ちょうど今、食べ終わって話してたところだから」
テトは少しほっとした顔をしてから、懐から封筒を取り出した。
「ダリオさん――鉱山の職員――から手紙で返事が来たよ。
販売員やりたいって人、集まったってさ。都合のいいときに来てほしいって」
「早いね!」
思わず身を乗り出してしまう。
〈さすが、半日で銀貨3枚の破壊力〉
「そっか。それなら、エステル訪問もあるし……今日のうちに行っちゃおうか」
「販売員のことなら、私も話をしに行くわ」
母さんがすっと立ち上がる。
「流れの説明は、任せてちょうだい」
「ありがとう、母さん」
「では、馬車を回してきますので、少しお待ちください」
レノが席を立ち、身支度を整えに行った。
---
それから1時間後。
レノが馬をつないだ馬車を店の前に回してきたので、俺と母さん、それに御者役のレノの3人で鉱山事務所へ向かった。
今日の馬は、足の速い1頭だ。
金貨3枚で買った、炎の鍋亭きってのエース。名はセキトバだ! 俺が赤くもないけどそう名付けた。
〈さすがに金貨3枚の馬だけあって、馬力が段違いだ〉
石畳の道を、車輪が心地よいリズムで進んでいく。
店と市場を抜けて、やがて林の中の道へ。坂道に差し掛かっても全然へっちゃらだ。
「見えてきました」
前を向いたまま、レノが声をかけてくる。
小高い場所に、鉱山事務所の建物が姿を現した。
「じゃあ、行こうか」
馬車を止めて降りると、俺たちは事務所の扉の前まで歩いていった。
レノがノックして、声を張る。
「すみません。ダリオさん、いらっしゃいますか?」
中から足音が近づき、扉ががちゃりと開いた。
「あぁ、ライムさんにレノさん。手紙を見てすぐ来てくれたんですね! 助かります」
顔を出したのは、鉱山職員のダリオさんだ。
俺たちを見るなり、ほっとしたように笑う。
「そちらは……?」
「俺の母さんで、サラです。えっと」
そこで、少し言葉に詰まる。
〈母さんってなんて説明すればいいんだろ……〉
母さんが一歩前に出て、軽く会釈した。
「サラ=ハースです。街のほうでは、販売所の販売員の調整もしています。
こちらでも、販売の流れなどの説明をさせていただきますね」
レノが、ほんの一瞬だけ「え、この人だれ?」みたいな顔をした。
〈大丈夫。俺は知ってる。うちの母さんは、『ちゃんと』もできる人なんだ〉
ダリオさんは、目を瞬かせてから、ようやく状況を飲み込んだようだ。
「そ、そうですか。しっかりした大人の方もいるのですね。
てっきり、子どもばかりかと思っていましたよ」
〈こいつ、今さらっとディスったな〉
母さんは、笑顔のまま受け流す。
「えぇ。夫は街で飲食店の経営をしています。
私たち夫婦で、しっかり支えながらやっています」
そう言ってから、俺の背中に軽く手を添えた。
「でも、この炎の夜明け商会は、紛れもなく、ここのライムが運営している商会です。
どうぞ、よろしくお願いしますね」
「え、えぇ……もちろんです」
ダリオさんが、少し焦ったように背筋を伸ばす。
そこで、レノもグイっと一歩前に出た。
「私も、学院で学んだ身ですが――ライムさんの手腕に惚れ込んで、ここで働いています。
そちらにご迷惑をおかけしないよう、努めさせていただきますので、よろしくお願いします」
「が、学院生……ですか。す、すごい。いえ、すみません。そんなつもりではなかったのですが……失礼しました」
ダリオさんの声が、さっきより小さくなっていってる気がする。
〈2人の圧がすごすぎて、ダリオさんがちっちゃくなってるな……〉
「ダリオさん、すみません」
俺は慌てて口を挟んだ。
「誰だって、5歳の子どもが商会代表って聞いたらびっくりしますよね」
ダリオさんの肩が、ほんの少し楽そうに下がる。
「で……お手紙の件なんですけど」
「あ、はい!」
ダリオさんは姿勢を正し直した。
「やりたいという声が多かったので、人当たりのよくて計算のできる者を4人に絞って、販売員を任せようと思っています」
〈やっぱり、半日で銀貨3枚は破格だもんな〉
「やりたい人が多かったんですね」
俺は頷きながら聞く。
「その人たちは、普段はどれくらいの給金で働いてるんですか?」
質問した瞬間、ダリオさんの視線が泳いだ。
「そ、それはちょっと……」
〈まぁ、さすがに言いづらいよな〉
「で? いくらなの?」
母さんの声が、すっと差し込んだ。
ダリオさんが、びくっと肩を震わせる。
「……銀貨4枚です」
一拍おいて、母さんが静かに頷いた。
〈母さん怖い……今の一言だけで、ダリオさん完全に観念してた〉
〈それにしても安いな。危険手当もあるだろうに。やっぱりこの世界、肉体労働では稼げないんだな〉
「であれば、やりたい人が多いのも納得ですね」
俺は受け取るように言葉を続けた。
「は、はい。ですが、計算ができて、けんか……いえ、人当たりのいい者となると、だいぶ絞れまして」
〈大体、計算もできなくて喧嘩っ早い人が多いんだろうな〉
母さんが一歩前に出る。
「少しくらい元気が良いほうが説明のしがいがありますね。その4人はどこにいるの?」
「?もうすぐ出勤しますので、少しお待ちください」
---
それから少しして、ガタイのいい兄ちゃんたちが4人、事務所にやってきた。
みんな、日焼けした腕に筋肉がついていて、いかにも鉱夫という感じだ。
その彼らを前に、母さんが堂々と説明を始める。
弁当が届く時間。
受け取る場所。
代金の扱い方。
売れ残りの数え方。
鉱山内での声かけと、強引な売り方まで。
いつの間にか、いつもの、炎の鍋亭の「姉御モード」だ。
「じゃあ、明日から弁当は200食で行くわよ!いい?必ず全部売り切るのよ!」
説明を一通り終えると、母さんは腰に手を当ててビシッと指をさした。
「あんたたち、教えたとおりに、ちゃんとやるのよ!」
「へい! 姉さん、承知しました!」
4人が、声を揃えて返事をする。
〈あ、もう地元の先輩後輩みたいなノリだ。完全に手なづけてる〉
さっきまで事務所で縮こまっていたダリオさんも、どこか羨ましそうな顔でそれを見ている。
「じゃあ、ダリオさん。よろしくお願いします」
俺は改めて向き直る。
「追加が出たり、困ったことがあれば、配達担当に言ってください」
「こちらこそ、よろしくお願いします。
弁当が来ることで、鉱夫たちの士気も上がるでしょうしね」
ダリオさんは、今度ははっきりした声で頭を下げた。
事務所を出て、外の空気を吸い込む。
ノール川から吹いてくる風が、冷たくて気持ちいい。
〈よし。これで鉱山の販売員も固まった〉
〈弁当は、計画どおり明日から1日1000食体制だ〉
エステル行きの準備と、新卒採用。
銅山と精錬所の構想。
そして、鉱山で働く人たちの昼飯事情。
全部が少しずつ、線でつながっていく感覚がある。
「さ、帰るわよ」
母さんが振り返る。
「うん」
俺は頷いて、レノの待つ馬車へと歩き出した。
こうして、鉱山販売員との顔合わせは、無事に終わったのだった。




