新卒採用作戦会議
## 110話 新卒採用作戦会議
鉱山から戻ってくるころには、空はすっかり夕方に差し掛かっていた。
テトの操る馬車が、弁当製造所の裏手にある馬小屋の前で止まる。
俺とレノは荷台から降りて、テトに軽く手を振った。
「ありがとな、テト」
「おう。また明日な!」
テトは馬の手綱を引いて、馬小屋の中へと消えていく。
俺とレノは、そのまま製造所の中の様子をのぞいた。
昼前くらいまでは、ここは母友さんたちでごった返して賑やかだけど、この時間はだいぶ落ち着いている。
大きな釜の火はすでに落ちていて、代わりに水場のほうが忙しそうだ。
弁当箱を洗う大きな桶のそばに、エッタさんとミナ。
少し離れた場所では、アインズさんとクララ。
あと、洗い屋のお手伝いさんらしい女性が1人、手際よく弁当箱をすすいでいる。
「みんな、お疲れ様!」
声をかけると、ぱっと空気が明るくなった。
「あ! ライムだ!」
クララがこちらに手を振る。
「ライム! おかえりなさい」
ミナも、袖をまくったまま顔を上げた。
「今日はクララもいるんだな」
「うん。お父さんのお手伝い!」
クララは胸を張る。
「ライムくん、こんにちは」
アインズさんが笑いながら近づいてきた。
「今日は、うちの人が1人お休みでね。だから僕がこっち。クララも手伝ってくれてる」
洗い屋では、朝に洗濯を手伝ってくれているお手伝いさんが、夕方はこうやって弁当箱の洗浄をしてくれている。
今日はその1人が休みで、アインズさんとクララがピンチヒッター、というところか。
「そうなんですね。ありがとうございます」
「いやいや、こっちもこの洗浄の仕事で助けられてるからね!」
アインズさんは笑って、桶の中を指さした。
「たまには現場に出て体を動かすのも悪くないよ」
弁当箱1つ、銅貨1枚。
今は1日800食だから、洗浄だけで銅貨800枚分。
洗い屋にとっても、かなりの収益になっているはずだ。
〈こうやって、できる限りみんなに還元していきたい〉
「喜んでもらえて、俺も嬉しいよ。近いうちに鉱山でも売れるようになるから、そこでも200食は増えると思う」
「それはいいことだね!」
アインズさんは、洗って伏せてある弁当箱の列を見て、満足そうに頷いた。
「あ、そうだ。ミナ」
俺はミナのほうを向いた。
「イラスト入りのメモと弁当、鉱山の人も喜んでくれたよ。ありがとう」
「ほんと!? よかった!」
ミナの顔がぱあっと明るくなる。
〈やっぱり絵があると和むよな〉
かわいい線の山と、にこにこ顔の小さな人たち。
ミナの描く絵は、見ているだけで肩の力が抜ける。
〈うちのデザイナーは、やっぱりいい仕事してる。これはもっと使えるな〉
「そうだ」
俺は一度息を吸って、改めて声をかけた。
「これから、新卒採用の作戦会議をしたいんだけど――クララとミナも、一緒に来れる?」
「お手伝いする!」
クララは、すぐに手を挙げる。
「わ、私も? 頑張る!」
ミナは少し驚いた顔をしてから、ぎゅっと拳を握った。
エッタさんとアインズさんに「少し借ります」と頭を下げて、4人で商会本部の会議室へ向かうことになった。
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会議室に入ると、レノが手際よく窓を開けて空気を入れ替え、卓上に紙とペンを並べる。
俺とクララとミナは、その向かいに腰を下ろした。
「それで、『しんそつさいよう』って、なに?」
椅子にちょこんと座りながら、ミナが首を傾げる。
「そうだな……」
俺は、指を組みながら言葉を選ぶ。
「これから、会社をもっと大きくするために、人がたくさん欲しいんだ。
今までは、母さんの友達とか、ノーラさんの紹介とか……知り合いベースでなんとかなってきたけどさ」
クララとミナが、こくりと頷く。
「でも、この先――ランチボックスも増やして、配達も増やして、銅山や精錬所もやって、店も増やして……ってなっていくと、さすがにそれだけじゃ足りなくなる」
「うん」
クララが真剣な顔になる。
「だから、ちゃんと『うちで働きたい人』を探したいんだ。
なんとなくとか、言われたから、とか……そんな理由だけで進路を決めちゃいそうな人がいたらさ。
そういう人たちにも、炎の夜明け商会のことを知ってもらって、『ここで働きたい』って思ってもらえたらいいなって」
クララは、目をきらきらさせた。
「ライムと働きたい人は、いっぱいいるよ!」
「私も、そう思います!」
ミナもまっすぐ言ってくれる。
「はい、間違いありません」
レノまで真顔で乗ってきた。
〈社長ヨイショが、気持ちいい〉
「で、でね」
こそばゆさをごまかすように、俺は話を先に進める。
「レノ。学校って、生徒は何人くらいいるんだっけ。あそこ、出身だよね?」
「はい」
レノは姿勢を正した。
「エステル学舎は、初等部と高等部があります。高等部は12歳から15歳までで、全部で600人くらいですね」
「4年制で、1学年150人くらいか」
「そうですね」
レノは、指を折りながら続けた。
「読み書きと文書の作法、算術と帳簿の付け方、王国史と地理と基本的な法。
それから、工学の基礎として歯車や金属、水車の仕組み。
商人や役所で働く人向けに、商売のやり方や交渉の練習。
衛生や簡単な手当のやり方……だいたい、そのあたりですね」
ミナが「すごい……」と小さく呟く。
「学院――王都の最高学舎のほうは、主に貴族の子女が進学して、経済や政治、軍のことをさらに深く学ぶ場所です。
エステル学舎は、どちらかというと実務寄りですね。卒業したら家業を継いだり、役所や商会に入ったり」
〈なるほど。実践的な人材の集まり、ってことだな〉
「レノ、ありがとう」
俺は頷いて、テーブルの上の紙に「エステル学舎 高等部4年生」と書き込む。
「じゃあ、まずはその4年生に声をかけたいね」
「はい。どうするかですが……」
レノは少し考えてから、提案してきた。
「バルド支部長に相談するのが、一番早いと思います。
学舎とのつながりもありますし、勝手にやるより、きちんと筋を通したほうがいいでしょう」
「そうだな」
俺はすぐに賛成した。
「プレサントの著作物登録もしたいし、エステルに行って、まとめて相談してこよう」
「私も行きたーい!」
クララが元気よく手を挙げる。
「そうだよな」
俺は笑った。
「アインズさんに相談してみようか」
「私も、エステルに行ってみたいです」
ミナもおずおずと手を挙げる。
「あと、私は何をしたらいいでしょうか」
「エッタさんにも相談してみよう」
俺はミナのほうへ向き直る。
「ミナには、会社のパンフレットを作ってほしいんだ」
「ぱんふれっと?」
「うん。炎の夜明け商会が、どんなことをしてるのか、一目で分かるような資料。
文字だけだと分かりにくいからさ。挿絵入りの、分かりやすいやつ」
ミナの目が輝く。
「絵のお仕事だね! 頑張る!」
〈ミナのデザインセンスは、これから必ず必要になる〉
「私も、ミナのお手伝いするね!」
クララは元気よく続けた。
「学校の人たちに、ライムのお仕事を分かりやすく説明できるように、ミナと一緒に『ぱんふれっと』作る!」
「うん。よろしく」
〈クララが内容を考えてくれて、ミナが分かりやすくデザインする。どんなパンフレットができるか、今から楽しみだ〉
そう言ったところで、クララがぴん、と手を上げた。
「じゃあ――クララ、まとめます!」
立ち上がって、くるりとみんなの顔を見回す。
「えっと、今日決まったのは……」
クララは指を1本立てた。
「1つ! 鉱山のお弁当が始まったら、200食分増やす!」
2本目の指。
「2つ! エステル学舎の4年生に、炎の夜明け商会で一緒に働くと楽しいよってお話をする!」
3本目。
「3つ! そのために、エステルに行って、バルドさんに相談する!」
4本目。
「4つ! ミナが、炎の夜明け商会の『ぱんふれっと』を作る!」
そして、最後の指をぴんと伸ばす。
「5つ! クララとミナも一緒にエステルで遊ぶ!」
「以上! クララまとめでした! 合ってる?」
ぺこりとお辞儀をすると、会議室の空気が一気に柔らかくなった。
〈クララにとっては、これも遊びなんだな〉
「はい。分かりやすかったです」
レノも真顔で拍手を送る。
ミナも「すごい……」と感心したように手を叩いた。
〈よし。やることが、またはっきりした〉
俺は胸の中で、もう一度だけ今日の決定事項をなぞる。
エステル学舎。
新卒採用。
パンフレット。
そして、その先に続いていく、まだ見ぬ仲間たち。
〈世界の夜明けの灯火に、また一歩近づく〉
そう思うと、夕方の光に沈みかけている会議室の空気が、少しだけ明るく見えた。




