表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で社長になる。   〜5歳児から始める異世界ビジネス革命〜  作者: Mizunoki.Kawai


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/255

ウイスキーの前の酒

## 106話 ウイスキーの前の酒


「――ふぅ」


土間の空気が少し落ち着いたころ、クララの声が響いた。


「私も飲みたーい!!」


サクラさんが、すぐさまたしなめる。


「だめよ。これは大人のやつなの。クララには麦茶」


「むー!だってみんな楽しそうなんだもん」


クララは頬をふくらませる。


俺は苦笑して、クララの頭の上に手を置いた。


「クララ。俺たちが大人になったら――10年後に、しっかり色と香りのついた10年物の最高級ウイスキーを飲もうよ」


クララは、ぱあっと笑顔になる。


「じゃあ約束!大人になったら、一番おいしいサントの酒、一緒に飲む!」


「うん!」


思わず笑ってしまった。


〈……ん?色の濃い?あれ、なんか思い出してきた〉


俺の頭の中で、前世で酒蔵の工場見学をしたときの景色が再生される。


茶色じゃない、深い琥珀色。


「最高級の10年物か!それは俺も飲みてぇな。後から色が濃くなるのか?」


カチさんが、ウイスキーのグラスを眺めながら言う。


色が濃くなる。


そう、きっと今飲んでるこれは、本物のウイスキーじゃない。


「ねえ、カチさん」


俺はカチさんの方にぐいっと歩み寄った。


「お、おう?」


「この酒ってさ、蒸留器から出た時点で、もう茶色いの?」


「ん?ああ。見てみりゃわかるが、蒸留器から垂れてくるときには、もうこの色だな」


「それって――ちょっと変じゃない?」


「変?」


カチさんが片眉を上げる。


「本当は、蒸留した酒って透明なんじゃないかな。蒸留って、エールを濃くするんじゃなくて、酒の部分だけを取り出す技なんだ」


俺はグラスを軽く揺らしてみせた。


「今のこれは、なんだかエールをそのまま濃縮しましたって感じがする」


カチさんの目が、すっと鋭くなった。


「……なんだと。透明な酒が取れるべきだってわけか」


「うん。だから、今の釜はまだ途中なんだと思う!」


〈むしろ、ここまでちゃんと飲める酒が出てきてる時点で、すごいんだけど〉


カチさんは、にやりと笑った。


「面白え」


低く短く、それだけ言うと、木箱の上に広げてあった紙をぐいっと引き寄せる。


「よし。蒸留器、根本から作り直す。透明な酒を引き出せる本物の蒸留器、俺が打ってやる」


「そんなに簡単に……」


「簡単なわけがねえだろ。だから面白えんだよ」


カチさんは太い指で、ざっざっと線を引いていく。


「1年だ」


「1年?」


「ああ。火の回り方、管の長さ、冷まし方、蒸留する前の元の酒、全部試す。1年くれ。透明なウイスキーの素を、安定して引ける釜を作る」


〈……この人、本気だ〉


ガレンさんも、必死な顔で頷く。


「エールのどの部分を取るといいか、私も協力させてください」


「坊主」


背中から声がした。


振り向くと、そこにはマルタのおっちゃんがいた。


さっきまでエールをあおってたはずなのに、目が完全に仕事モードだ。


「今の話、聞こえたぞ」


「え、どこから?」


「透明な酒が寝かせると濃くなるってあたりからだな」


〈わりとがっつり聞いてる〉


マルタのおっちゃんが腕を組む。


「透明な酒を樽に入れて、何年も寝かせる……ってことはだ。木の種類、厚さ、焼き加減、全部、味になるってことだろ」


「う、うん」


前世の記憶では、ウイスキーの樽にはいろいろ種類があった。


けどこの世界で手に入る木や樽のことは、わからない。


「何本ぐらい、試せる?」


「本数の話か?青いこと言うなよ、坊主」


マルタのおっちゃんが、ニヤッと笑う。


「材と焼き方を変えりゃ、同じ本数でもいくらでも試せる。弱焼き、中焼き、強焼き。板の厚さ、樽の大きさ。10本あれば、30通りは作れる」


「30通り……」


「本命の樽を決めるまでは、試し用としてがんがん使えばいい。どうせ透明な酒の段階で味見はするんだ。気に入った樽だけ、3年だか10年だか寝かせりゃいい」


「10年はちょっと長いかな……」


横からクララが顔を出した。


「10年はライムと飲むぶん!!」


「そういう意味ではないんだけど……」


〈まぁ、10年物も夢じゃないってことだな〉


マルタのおっちゃんが、きっぱりと言い切った。


「とにかく、樽は任せろ。本物のウイスキーとやらを飲むために、いくらでも持ってきてやる」


「持ってきすぎても困るけどね」


ベック爺さんが、グラスを揺らしながらぽつりと言った。


「こいつらは酒が好きでやるんだ。職人魂に火がついちまったな」


〈ベックさんの目から見ても、仕事モードってわけか〉


俺はグラスを軽く持ち上げた。


「じゃあ本物のウイスキーは造るとして――問題は、今飲んでる、この茶色い酒だね」


「これは、本物のウイスキーじゃない。でも、サントの未来を連れてくる酒でもある」


ガレンさんがうなずく。


「そうだな。この途中の酒がなかったら――うちはガラワ組に差し押さえられる」


「だったら、この酒にはこの酒の名前をつけよう!」


みんなの視線が、こちらに集まる。


「本物のウイスキーがサントウイスキーなら――その前の、途中の酒は」


俺は、ちょっとだけ息を吸ってから口にした。


「プレ・サントウイスキーってのは、どうかな」


父さんが首をかしげる。


「ぷれ……?」


「サントの前。サントになる前の酒って意味」


クララが、ぽんと手を打った。


「いい!ぷれさんと!」


「うん、呼びやすくするなら――」


俺はグラスをくるっと回してみせる。


「通称、プレサント」


ミナが目を輝かせる。


「かわいい!!プレサント!」


父さんが静かに笑った。


「今のサント酒造を支える途中の酒、って立場だな。本物のサントウイスキーが看板なら、プレサントは土台を固める柱か」


ベック爺さんも、ゆっくりとうなずく。


「名前がつきゃ、売り物になる。エールとは別に、あの茶色いプレサントって口にしてもらえる」


ヤブタさんが、短く言った。


「よし。今日飲んだこの酒は、プレサントでいい」


その一言で、茶色い酒の立場が決まった。


俺は新しい紙を広げる。


「じゃあ、ここから先は時間の話だ」


「まず、カチさんの蒸留器。透明な新しい酒が取れるまで、試行錯誤に1年」


カチさんがうなずく。


「そうだな。それぐらいは見ておいたほうがいい。下手に急いで中途半端なもんを出したくはねえ」


「その透明な酒を、マルタのおっちゃんの本命の樽に入れて――そこから、3年寝かせる」


マルタのおっちゃんが、ニヤリと笑った。


「よく寝かせたほうが深みが出る。3年なら、ようやく顔が見えてくる頃だな」


俺は紙の上に、一本の線を引く。


「つまり――今から1年後、透明な酒ができる。そこから3年、樽で寝かせる。合計4年後に、本物のサントウイスキーが世に出せる」


土間の空気が、少しだけ張り詰めた。


「4年……」


ガレンさんが小さくつぶやく。


俺は、今まさに手に持っている茶色い酒を見た。


「でも、その間の4年を支えるのが、プレサントだよ」


「プレサントを売って、サント酒造の利益を月金貨100まで押し上げる」


「人を増やさず、設備を壊さず、ちゃんと食っていけるようにする」


「エールも600樽は今まで通り出し続ける」


「つまり、昔のサントを守りながら、新しいサントを仕込む」


クララが、いちばん嬉しそうに手を挙げた。


「うん!おっきくなったらライムと乾杯するために、それまでプレサントでがんばってて!」


「プレサントでがんばるのはサント酒造だけどね」


周りから、ほっとした笑いが漏れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ