ウイスキー試飲会、開幕
## 105話 ウイスキー試飲会、開幕
俺の復活から、6日たった。
そう、今日は――サント酒造でウイスキー試飲会の日だ。
〈あのガラワ組との会議から、ここまで一気に持ってきたんだもんな……〉
あらためて顔ぶれを眺める。
なんというか、カオスというか、豪華というか。
超優秀な右腕。今は出席者を見事に席にさばいているレノ。
ぶっ飛びナンバーツー。今はハインズさんとサクラさんに挟まれて、ニコニコしているクララ。
真面目でいいヤツのロジスティクス主任。今はヤトと一緒に、落ち着きなくウロウロしているテト。
破天荒な人事部長。今は母友たちに囲まれて、今日は飲んでいいのよね?と、早くもエール片手の母さん。
頼れる親父。今は母さんが飲みすぎないよう、グラスをそっと止めている父さん。
広背筋から生まれてきた薪屋。今は当然のような顔で、エールをあおっているマルタのおっちゃん。
国王に喧嘩を売った鍛冶屋。今はグラスを片手に、2杯目からが本番だと、エールをおかわりしているカチさん。
腰の悪い酒屋。今は椅子に腰かけて、エールの香りを確かめているベック爺さん。
気さくな商会店主。今は組合長とオセロ盤をはさんで、黒か白かで盛り上がっているテンドーさん。
広告塔という名のオセロ好き。今はテンドーさんと真剣勝負中の、組合長ことアイザットさん。
色恋アイドル。今はエッタさんとミナと一緒に、うふふと笑顔の練習をしているエリーナさん。
〈……よくわからなくなってきたけど、だいたい関係者全員集合だな〉
会場は、サント酒造の作業場でスペースを取っただけの大きな土間だ。
樽を動かして作った即席のテーブルに、グラスがずらりと並ぶ。
奥では、初お披露目のウイスキー樽が1本、誇らしげに鎮座していた。
俺は小さく咳払いをして、先に進める。
「今日はみなさん、遠いところをよう来てくれた。感謝する」
どかっと一番前に座っていたヤブタさんが、立ち上がるでもなく、その場でどっしりと声を張った。
「わしはヤブタ。サント酒造の先代じゃ。……ま、今は半分隠居みてえなもんでな。挨拶は、息子に任せる」
「……炎の夜明け商会、サントエール事業部のガレンです」
ガレンさんが、少しこわばった顔で前に出る。
手には、サントウイスキーが入った瓶。
ラベルは、ミナとクララの合作だ。
「本日は、サント酒造の新商品――サントウイスキー、初物です。皆さん、ぜひ楽しんでください」
〈……緊張してるなぁ。棒読みだ〉
奥さんと息子さん、従業員たちが、てきぱきとグラスにウイスキーを注ぎ始める。
子どもには、ちゃんと麦茶だ。
茶色い液体が、少しずつグラスに満ちていく。
ふわっと、エールとは違う、鋭くて甘い香りが土間に広がった。
クララが、いつもの全力の声を響かせる。
「それでは!炎の夜明けの仲間たち!そしてサント酒造のみんな!ぜんいーーん、かんぱーい!」
「クララ!それ俺のセリフ!」
思わずツッコむと、周りからどっと笑いが起きた。
あちこちから声が重なる。
「「かんぱーい!」」
グラス同士がぶつかり合って、かちん、と軽い音が鳴る。
それぞれが1口、2口、慎重にウイスキーを含んで――
真っ先に声を上げたのは、やっぱりあの人だった。
「――おお?なんだこりゃ。えれえ強えのに、最後が甘ぇな!」
マルタのおっちゃんが豪快に笑って、もう1口。
「火ぃ吹くかと思ったが、口ん中で薪がよく燃えてるみてえだ。気に入った!」
〈感想が薪屋すぎる〉
続いて、カチさんが鼻で笑う。
「なるほどな。最初は刃こぼれしてるかと思ったが――」
カチさんはグラスを揺らしながら、じっと色を見る。
「のどを通る頃に、きちんと焼き入れが効いてくる。……悪くねえ鉄だ」
〈いや、酒だよ〉
組合長の方をちらっと見ると、テンドーさんとオセロをしながらうなずいている。
テンドーさんが言った。
「これは売れる匂いがしますねぇ、組合長」
組合長が、盤から目を離さずに返す。
「うむ。度数は高いが、少しずつやるぶんには悪くない。エールと違って長く楽しめるのも、帳面に優しいな」
〈お金の匂いをかいでるな、この2人〉
その少し手前で、ベック爺さんが、ゆっくりと1口飲んでから、ふう、と息を吐いた。
「若ぇやつには、1杯でじゅうぶん贅沢って顔させられるし、年寄りには、ちびちび長く付き合える相棒にもなりそうだ。瓶でも、量り売りでも、どっちでもいけるぞ、これは」
父さんが笑う。
「ベック爺さんのお墨付き、ってわけだな」
ベック爺さんも、口の端を上げた。
〈この人はこの人で、売れるかをちゃんと見てるんだよな〉
奥の方では、母友たちが集まって、賑やかに話していた。
「これ、夜にちょっと飲んだらすぐ眠れそうね」
「うちの旦那、これ好きそうだわ。給金日の楽しみにちょうどいいじゃない」
「はいはい、飲みすぎ注意よ。……でも給金日セットって売り方、いいわね」
母さんはもう、新しい売り方を考え始めている。
〈破天荒な人事部長、すでに販売キャンペーンを考えている〉
エッタさんとミナとエリーナさんは、グラスを大事そうに持ちながら、何やら相談している。
エリーナさんが、にやりと笑う。
「ミナ、ちゃんとライム君とよろしくやってるの?」
「ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃん!?この前、勢いで手は握っちゃったけど……!」
真っ赤になったミナが、あたふたしている。
エッタさんが楽しそうに笑う。
「うふふ。あのときは、うちの社長もずいぶん動揺してたわね」
エリーナさんもつられて笑った。
「うふふ」
〈このチームは、このチームで危ない方向に発想が行くな。そして、うふふは禁止したい〉
そんなことを考えていると、ヤブタさんがグラスを片手に、ゆっくり立ち上がる。
さっきより、少しだけ頬が赤い。
「……ま、なんだ」
ヤブタさんは、ちらっとガレンさんと俺たちの方を見る。
「最初にうちを買いてぇって言い出したときはよ、こいつ、正気かと思ったもんだ」
ガレンさんが、苦笑いを浮かべる。
「父さん……」
ヤブタさんは、またグラスを見た。
「でもよ。こうして、いろんなやつらが集まって、わあわあ言いながら、うちの酒を飲んでくれてるのを見るとだな」
ヤブタさんは、グラスをちょいと持ち上げた。
「悪くねえ。……そう思う」
それだけ言って、ぐいっと残りをあおる。
〈言葉は少ないけど、OKはもらえたってことだな〉
今度は、ガレンさんが深く息を吸って、皆の方に向き直った。
「炎の夜明け商会のみなさん。サント酒造のエールの存続まで見据えた再建案を持ってきてくれて、本当に感謝しています」
少し間を置いて、続ける。
「サントエールも、サントウイスキーも――これからは、みんなの酒にしていきたいと思います」
父さんが、グラスを軽く掲げて笑った。
「サントエールと、サントウイスキー。それから――炎の夜明け商会と、サントエール事業部に」
俺も続ける。
「改めて、かんぱいだ」
「「かんぱーい!」」
茶色い液体が揺れて、灯りを反射する。
土間いっぱいに、笑い声とグラスの音が広がっていく。
〈よし〉
〈まず、この一歩目を、ちゃんと味わおう〉
炎の夜明けと、サントエールの夜明けが、確かに始まった気がした。




