## 10話 ステークホルダーの掌握
## 10話 ステークホルダーの掌握
5歳児の拙い――フリをした――文字で書き上げた羊皮紙の束を見て、俺は一人ニヤけた。
「ふふふ……この商談、勝てる」
店の営業が終わり、夜が更ける。
父さん――ゴードン――は、まだ1階の厨房で片付けや明日の仕込みの追い込みをしているようだ。
「ライム、もう寝る時間だよ!父さんはまだかかるから、先にお布団入ってな!」
2階から母さん――サラ――の声が飛んできて、俺は「はーい」と返事をして階段を上がった。
寝室には、いつものように親子3人が川の字で寝るための布団が敷かれている。
〈よし……父さんが来る前に、最重要ステークホルダーの母さんを掌握する〉
俺が布団に潜り込むと、すぐに母さんも隣に入ってきた。
「おやすみ、ライム」
「……母さん、ちょっとだけ話せる?」
「んー?なにライム、眠たいんじゃないの?」
母さんが優しく俺の頭を撫でる。
「眠いけど、ちょっとだけ大事な話」
俺は、布団の中で母さんの方に向き直り、小声で切り出した。
「あのね、今日、俺がいろいろ考えてたことなんだけど」
「うんうん」
「まず、市場に行ったら、マルタのおっちゃんがね、最近街が忙しくて、薪の配達がすごく大変そうだったんだ」
「へえ、マルタさんのところも景気がいいんだねえ」
「それで、組合に行ったら、馬車を借りられるって聞いたんだよ」
「馬車?」
「うん。それでね、テトに『馬車、運転できる?』って聞いたら、実家が農家だったからできるって、すごく喜んでた」
「そう、あいつ、馬なんか引けるのね。知らなかったわ」
「それでね」
俺は一番の「動機」を口にする。
「今日、クララと遊んだだろ?クララが『お母さんのお手伝いをしてる』って言ってて……」
「ああ、感心ねえ」
「俺も、母さんのお手伝い――帳簿――をしたら、母さん喜んでくれるかなって思って」
その瞬間、母さんが勢いよく俺を抱きしめた。
「むぐっ」
「もう、ライムったら!いつの間にそんな良い子に育ったの!母さん、感激よ!」
〈よし、刺さった!〉
「だ、だから、明日、この話をちゃんと父さんにしたいんだ。でも、父さん、怒るかな?」
「……ああ、あの頑固な父さんねえ」
母さんも苦笑いする。
「だから、母さんにも、俺のこと、後押ししてほしい」
「当然よ!」
母さんは、俺の頬に勢いよくキスをした。
「任せなさい!あの父さんが『嫌だ』と言っても『うん』と言わせるわ!明日の朝ごはんの後、すぐに話しなさい!」
「本当!?」
「ええ!それにしても、あの帳簿は本当に助かったよ。ライムは実家の姉さんたちよりよっぽど筋がいいわ!」
「えへへ……」
母さんの力強い言質を取れたことに安心して、俺は急激な眠気に襲われた。
〈あ……もうダメだ。5歳児の体は、眠気に勝てない……〉
「ありがとう、母さん……ふぁ……」
「おやすみ、ライム」
俺は、母さんの腕の中で、あっという間に意識を手放した。
しばらくして、階下から物音が止み、父さんが静かに寝室に入ってくる気配がした。
「……ん」
父さん――ゴードン――が、俺をまたがないようにそっと布団に入り、真ん中に横になる。
「お疲れ様、あなた」
隣で寝たフリをしていた母さん――サラ――が、小声でささやいた。
「ん……サラ起きてたのか。ライムはもう寝たか」
「ええ、ぐっすりよ」
母さんは楽しそうにクスクス笑っている。
「ねえ、あなた。明日、面白い話が聞けるよ」
「……面白い話?」
父さんの怪訝そうな声が、暗闇に低く響く。
「ふふっ。うちの息子が、何やらすごいことを考えてるみたい。びっくりしないでよね」
「……ライムが?」
そして、次の日の朝。
〈ペインポイント――マルタの悩み――を把握し、みんなが得をするWin-Winな提案を作り、説明資料も準備し、根回しも済ませた〉
〈よし、やるぞ!〉
俺は意気込んで2階の居間に向かう。
テーブルには、今日も皿から溢れんばかりの卵炒めが鎮座していた。相変わらずの山盛りだ。
「さあ、食べた食べた!」
「おはよう、父さん、母さん」
緊張で朝食の味がしないかと思ったが、腹はしっかり減っていた。
食事が一段落し、父さんが食後のお茶――のようなもの――をすすった、その瞬間。
俺は、昨夜用意した羊皮紙の束をテーブルに広げた。
「父さん、母さん。ちょっと、相談したいことがあるんだ」




