## 1話 炎の鍋亭の息子
## 1話 炎の鍋亭の息子
「ああ、まただ」
目が覚めた瞬間、胸の奥がざわつく。
見慣れた木造の天井――なのに、落ち着かない。
熱いものが頬を伝った気がして、俺は手の甲で雑に拭った。
ここは異世界だ。
前の人生では「日本」という国で生きていた。
なのに今は、この世界で『ライム』という少年として息をしている。
最初は地獄みたいだった。
意識だけははっきりしているのに、体がついてこない。
目はぼやけ、音は水の中みたいに遠い。触れるもの、匂うもの、聞こえるもの――全部が重くて、脳が焼けるみたいに痛かった。
やがて口が動くようになって、気づいた。
〈俺、赤ん坊だわ〉
よちよち歩けるようになった頃には、ここが異世界だと悟った。
最近ようやく、体も頭も追いついてきて、複雑なことを考えられるようになった。
〈異世界転生、知識持ちチートかな〉
『ライム』が生まれたのは、中規模の街ロンドールの目抜き通りに面した1軒の飲食店。
店の名は炎の鍋亭。スープや煮込みが看板で、庶民的だけど活気がある。
この世界には、いわゆる魔法がない。
竜も魔王も精霊もいない。
あるのは、汗をかいて稼いで、腹を満たして、明日を回している人間の暮らしだけだ。
文明レベルはざっくり中世。
明かりは油ランプと蝋燭で、夜になれば街は本当に暗い。
電気もガスも水道もない。
ごつごつした木のテーブルと椅子。煤けた壁。
鼻をくすぐる香辛料と肉の匂い。
それが、今の俺の日常だった。
「ライム、ぼさっとしてないで! 支度はもう終わってるのか?」
奥から、どっしりした声が飛んでくる。
父さん――ゴードン。炎の鍋亭の亭主で、この世界での俺の父親だ。ぶっきらぼうだけど、料理の腕は本物。
「今行くよ、父さん!」
そう返事をして、俺はベッドから降りた。
俺の役割は、父さんと母さんを手伝って、いずれこの店を継ぐこと――らしい。
前の世界で得た知識が、この「魔法のない中世」でどれくらい通用するかは分からない。
〈でも、「何もしないで普通に生きる」には、ちょっと知りすぎてるんだよね〉
俺は知っている。
この世界の誰も知らない、発展した社会の仕組みも、世界を変えた技術も。
それはきっと――
この小さな炎の鍋亭を、ロンドールで一番の店に変えるための。
そして、俺がこの世界で生き抜くための。
俺だけの武器になる。




