第二話 計画
この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体とも関係はありません。
これを了承した上で、物語を読んでください。
──さあ、ディストピアに革命を。──
さて、大まかな流れが決まったところで次は細かいところを一つ一つ決めていかなければならない。
「とりあえず、水を入手する担当は莉娜だ。風紀委員、しかも"長"という立場上、深いところまで踏み込むのも僕らふたりに比べたら簡単だ。」
「じゃあ八景さんは解析担当ね、私は実戦担当」
そう言いながら咲耶は、先ほどの戦い…というより蹂躙で使った竹刀を丁寧に磨いている。そのうち切れ味最強の木刀となりそうで怖い。
「あのなぁ…僕はよろず屋でもなければ、便利屋でもない。そんな簡単に言われても、だ。」
「あら?でも八景さん、理科の成績五段階評価で入学以来ずっと5をキープしていたはずじゃ…」
僕はそれまで眼の焦点距離の二倍の位置にあった讃仏偈…お経が書かれた書物を閉じ、ゆっくりと視線を上げた。目の前に数値だけを見て物事を判別しそうな顔が見える。
「いいか?いくら僕が中間期末総じて学年TOP10から外れたことのない成績優秀者だと言っても、中学三年生という学年上、知っていることには限りがある。強いて言うなら高校一年生の範囲は全て学習済み、といったところだ。」
そう言いながら僕は、手に取ったスマホに文字を打ち込んでいく。スマホに自分の指紋が次々とつく。
「あら?何をしているのですの?」
不完全なお嬢様言葉を横目に、僕はおもむろにメモアプリを起動する。画面には高校範囲で習う数式がびっしりと映し出される。
「何って…メモだよ。この話し合いの内容を逐一メモしておかないと、後で困るだろ?」
正式に言えば後で困るのは自分なのだが、そんなことはいちいち口に出さないほうがいいのは分かっている。
「……いいか。今回の作戦は本気でやらないといけない。お遊びで済むと思わない方がいい。だから、こう入念に準備している。メモなんて基礎の基礎。人生成功したければ、無意識にできなければいけない。」
擦られ続けた所為で全く心に響かないフレーズを口にしながら、僕はそのままメモを続ける。
「まあとりあえず、八景さんが思ったより使えないってことはわかっt」
「「「黙れ」」」
まさに鶴の一声だった。僕はこの場面では咲耶が最も使えない人間だと思い、負け犬の遠吠えだと思って気にせず話を続けることにした。負け犬の遠吠えという言葉の用法が少し違うような気もするが今更修正するのは面倒くさい上、議論の妨げにしかならないので深く考えないようにした。
「まあとりあえず、水を入手する目的は別にある。」
「あら?でもさっき「我々の手で解析する〜」とか言ってなかったっけ?」
「そんなの人身掌握術に決まっているだろ。この程度で揺らいでちゃそのうち北野に洗脳されるぞ」
実際はただの脊髄で考えたデタラメな言葉なのだが、とは付け加えないでおく。
「…そう。じゃあ私は実践担当というこt」
「「「落ち着け」」」
「……実力未知数な相手に無策で勝負を挑むことこそ、自殺行為だ。」
お嬢様言葉を捨てた莉娜が、僕が言おうとしていた言葉を盗む。こいつは何故こうも口調が変わりやすいのだ。まだ母国語で喋ってくれたほうがマシだと思ったが、地雷を踏みそうなので黙っておく。
「まあここまで長々と話をしたが、実はもう配役は決まっている。お前が実践担当なのは変わりないが、別のところを襲撃してもらおうと考えている。」
「あら?そうならそうと早く言ってよ」
長々と話をする原因となった存在を横目に、僕は最終結論を下す。
「聖なる水を入手する担当は莉娜。途中でただの水を持った僕と交代し、バケツリレー式に運ぶ。莉娜はそのままただの水と入れ替え、「治安維持活動」に精を出せばいい。」
「私は?」
正直咲耶には役を持たせないほうがいいのだが、という言葉が喉元まで出かかる。僕は右手をポケットに突っ込みながら、とある"カード"を探す。
「何を探しているのだ、八景」
"治安維持活動モード"になった所為で口調が変わったのか、と今更気付いた僕は、この事実に納得しながら答えを出す。
「色んな意味で"キー"となるカードだ。咲耶はこれを持って、単独行動に当たってほしい。このカードの名称は"キャパシティカード"。キャパシティとあるが、これはまだ空だ。」
キャパシティカード。その危険性から、味方にも存在を隠していた禁忌のカード。僕はそれを咲耶に渡した瞬間、脳が怨恨を持った拳で直接殴られるような衝撃を受けた。咲耶も一瞬体が震えたため、咲耶にも同じ現象が起きたと考えられる。僕は慌てて頭痛薬を服用したが、痛みが治る気配はない。分かってはいたことだが、やはり慣れない。
「なんなのよこのカード」
なんでこいつは済ました顔しているんだ。痛みに耐性があるのか。
「これは北野が"キー"としているカードだ。これを持って、僕らとは時間をずらし、この場所へ行ってほしい。無論警備が固まっていると思うが、お前ならいけるだろ。」
僕の目論見はこうだ。咲耶が変装し、キャパシティカードを持って、場を荒らす。そうしたら自然と咲耶へと警戒の目が向く。その隙に水を取り換え、可能ならば成分検出をし、仮にこの作戦がバレたとしても対抗できるように、成分を無効化する薬を作る。ついでに咲耶に強化が入る。いらないとは思うが。僕はそれを二人に伝えた。
「でも、咲耶とはいえ彼処の警備を掻い潜り、変装するとはいえ正体を表さずに帰ってくるのは厳しいと思うが。」
莉娜は咲耶にボコされた身のくせして咲耶の実力を過小評価しているらしい。こいつに戦闘は向いていないと思いながら、僕は口を開く。
「言っただろう?このカードを持って彼処に行くと咲耶は強化される。本来なら莉娜も連れて行きたかったところだが、カードは一つしかない。」
「それは非常に残念だな。では私は治安維持活動の裏で活動することとする。健闘を祈る」
莉娜はそう言って、右手の人差し指を中指にからめて掲げる。僕は一瞬、修道士の幻覚を見た。
莉娜の表情は、静かに引き締まっていた。咲耶も冗談めいた態度の裏で、狩りの前の獣のような鋭利な集中を見せている。その意気が変な方向に向かわないかだけが心配だ。
三人の空気が一瞬だけ重くなり、緊張と期待が絡み合うように流れ込んだ。
気付けばもう夜をまわり、寮の門限が過ぎようとしていた。夜の帳が下り、灰色の空は闇へと染まっていく。
雨音で構成された喧騒はいつの間にか崩れ落ち、静寂が夜を支配していた。雨が上がった後特有の奇妙な匂いが鼻を突く。小夜風が割れた窓から水が流れるように吹く。空には星が見えず、重苦しい鉛色の雲が大地を覆い尽くしている。
僕らがアジトとしている石造りの旧校舎は、有象無象が崩れ落ち、まるで狂人が設計したかのような雰囲気を醸し出している。壁には罅が複雑に刻まれ、触れると冷たい湿気が指先にまとわりつく。
未知の産物が空間と呼応するように、不気味な雰囲気をこの空間に充満させる。
「……では決行は明後日の丑三つ時、各自準備を整えておくこと。カフェイン摂取しておいたほうが身のためだ。」
僕はそう告げると、ふたりは揃って頷いた。一方は本当にわかっているのかわからないが。
でも、確かに計画は動き出した。一度進み始めれば、もう後戻りはできない。僕らは一方通行の道を進む。
この学園に張り巡らされた独裁を打ち倒すための、小さくも大きな一歩だった。
これに尽きます。
投稿遅れてすみません。




