表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

第一話 薄幸

この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体とも関係はありません。

これを了承した上で、物語を読んでください。


──さあ、ディストピアに革命を。──

 私立中高一貫校、永尽(えいじん)学園。表向きは進学校として名高いこの学園の実体は、カルト宗教そのものだった。

 去年の生徒会役員選挙で、とある人物が生徒会長に立候補し、圧倒的支持を得て当選した。その名は北野(きたの) 高陽(かや)。高校二年生。現生徒会長であり、いわゆる「北野教(きたのきょう)」の教祖である。ちなみに「北野教」とは正式名称ではなく、僕らが密かに呼んでいる通称だ。もちろん公表はしていない。

 …あの日、これが絶望の始まりになることは、僕らはまだ、知る由もなかった。


「あくまで比喩表現ですが、私は、この学校を、神に近付ける。その思いで、立候補しました。」


 当時はみんな笑って聞いていた。本人が言ったように、単なる比喩表現だと思っている人もいた。

 それが比喩表現ではなかったことに気付いた時は、もう遅かった。


 ──この学園は、既に彼女に支配されていたのだ──


 窓の外では、灰色の空が低く垂れ込め、霧雨がひどく細かく降り注いでいた。湿気を帯びた風が僕らのアジト、旧校舎を吹き抜け、雨粒がガラス窓に密かに流れ落ちる様子が、まるで涙のように見える。

 校庭はまるで霧の中に沈んだかのように霞み、その姿をぼんやりとしか視認できない。学園全体がまるで湿った檻の中に閉じ込められているかのようで、窓の外の景色に広がる不安定さは、僕の胸に重くのしかかる。思わず寂寥(せきりょう)の感が胸に込み上げた。


八景(やかげ)さん?」

 ドアが勢いよく開けられ、その音に僕は現実へと引き戻された。

「なんだ咲耶(さくや)か。部屋に入る時はノックぐらいしろよ…」

「そんなことどうでもいいのよ!それより聞いて、北野のヤローがまた何かするつもりなのよ」

 これだから困る。彼女は人の話を聞かない。彼女の名前は木花(このはな) 咲耶(さくや)。中学二年生。神の名を冠するこの少女は学園内で「薄幸(はっこう)の美少女」と称される。しかし僕にとってはただの迷惑な女に過ぎない。みんな「薄幸」の意味を完全に勘違いしているのではないかと思うが、その点には敢えて触れないでおく。

 言い忘れたが、僕の名前は木下(きのした) 八景(やかげ)。中学三年生だ。

「で、北野のヤローが何かするつもりだって?今度はなんだ?」

「来週突然全校集会が行われることになったのよ!そこで私が独自で調べた結果、完全にクロ。その集会で飲まされる「聖なる水」の中には洗脳薬が入ってるらしいのよ!風紀とかいう北野の駒が言ってたわ。そんなことはどうでもいいんだけど…あとそういえば中庭の北野像の目が翡翠(ひすい)になってたわ。翡翠ってそもそもなんだっけ?」

 重要な情報をあっさりと「どうでもいい」と言ってしまう咲耶には、もう慣れた。だが、こういう話の流れで「あとそういえば」なんて前置きがつくと、だいたいは取るに足らない雑談に終始するのが常だ。このまま話させると地殻変動の話にまで発展しそうだ。にしても「聖なる水」とは。薄幸の意味を履き違えている「薄幸の美少女」の名を広めたのも北野だし、もしかすると北野は語彙力が低いのかもしれない。

「翡翠は東アジアにおいて神聖で不滅の石と言われている。北野の願望がよくわかるな。それで、その風紀がなんだって?」

「そうそう、風紀のひとりごとを盗み聞きしてたのバレて連行されそうになったのよ!まああんなのボコボコにしたんだけど」


 もうどれだけ叱ったのだろうか。20分か?いやもっとか。

「いいか、風紀の連中は北野の忠実な手足だ。怪しい行動をとればすぐに嗅ぎつけられる。だから──いや、ちょっと待て。誰か来たな。」微かな気配を感じ取った。自画自賛になるが、僕の直感は恐ろしいほどに鋭い。


 来た。


 双眸に紅色の光を宿し、シワひとつない制服を着て、腰にはM(Masch)P(inenp)4(istol)0(e 40 )を携えている一人の女。MP40は、ナチス・ドイツ製のサブマシンガンで、近接戦闘において高い威力を発揮したことで知られる。第二次世界大戦中、ドイツ軍やSS部隊に広く配備され、その信頼性と扱いやすさから数々の戦場で使用された。すなわち、極めて危険な兵器なのである──だが、そんな話は今はどうでもよい。扉の向こうにはガラス窓が続き、細密に降り注ぐ霧雨と鉛色の空が、彼女の灰色の瞳と呼応するように重なり合っていた。その光景は、恐ろしくもどこか不気味な美しさを帯びている。

 しかし彼女の顔には複数の切り傷があり、足には無数のアザが浮かんでいる。どうやらこれが、咲耶が言っていた「ボコボコにした風紀委員」らしい。

「木花咲耶…やっと見つけたわ。八景さんもグルな…」


 言い終わる前に羽交い絞めにされていた。ちょっと可哀想。

「何なのよ…咲耶も八景も…北野会長に逆らうものは…」

「逆らう者は死刑、ですって?残念だけど、こっちも同じこと言ってあげる」

 咲耶が冷たく応じる。学園中が「薄幸の美少女」と讃える咲耶だが、真の薄幸の美少女は、むしろ今咲耶に縛られたこの風紀委員なのかもしれない。というより、咲耶は紅一点の戦闘狂である。剣道部に特待生として迎えられた彼女は、竹刀を握らせれば無敵に等しい。なお、竹刀がなくとも十分に強い。今回の一件が、そのことを如実に物語っていた。

 そんなことを考えているうちに、部屋に鈍い音が響き渡った。これはさすがに光顔巍巍(こうげんぎぎ)


「どうすんのこのおそらく死体の処理は」

 僕が問うた。風紀の一人が北野が手を下していないのに行方不明になる。そうなると自ずと犯人探しが始まり、疑われるのは明白。それだけは避けたいのだ。

「どうするって…そりゃ適当に捨てるでしょ」


 思わず声を大にして叱ろうと思ったが、理性がそれを阻んだ。

 本当にもうこの適当な女は。空いた口が塞がらない。この調子だと五時間は咲耶を叱る羽目になりそうだ。

 しかし、それは杞憂に終わった。


 ──風紀が、目を開けた。


「ここは誰?ボクは何処?」

 風紀が目を開けた。第一声がこれなら、生命力はあるな。

「あのなぁ…それネタで言ってるだろ。」

「バレたか」

 僕の問いに、彼女は軽く応じる。いつの間にか、あの双眸の紅色の光は消失しており、見るからにだらしなく薄い生気だけが残っている。意外に脆弱で、どこか擦り切れた表情だ。

「…でも一つだけわからないことがあります。ボクの名前はなんですか?」

「あぁー…これもしかしなくても偽の記憶を擦りこまれているパターンねこれ」

 咲耶は呆れ気味に言う。そういう推理は本来、僕の仕事のはずなのだが。

「多分…誰に…?偽の記憶…?そもそもボクは何を…」

「一旦落ち着け。あと一人称どうした。」

「いや誰かを銃で撃ったのは覚えているんだけど…」

 誰か、とは咲耶のことだろう。銃程度なら咲耶は避けるからな。災難だったとしか思えない。

「逆にそれは覚えているのね。こんな薄幸の美少女に銃を向けた借りはまだ返し終わってないわよ?」

 咲耶は薄ら笑いを浮かべ、口調はいつもの挑発を含んでいる。彼女が「薄幸の美少女」などという評判を享受している理由は、僕には少しも理解できない。

 あと薄幸の意味を理解しないまま断言するな、という言葉が喉元まで出てきたが、それを言ってもなんの成果も得られないことはわかっているので黙して次へ移る。

「そちらこそボクの華麗な発砲を避けるだなんて何様のつもりかしら?」

「二人とも落ち着け。あとお前ボクっ子なのかお嬢様口調なのかはっきりしろ」

「いや本名で呼んでくださいよ…」

「テメェの本名なんてどうでもいいんだよ。分かったならさっさとこの薄幸の美少女に銃を向けた借りを返せ」

「そちらこそ、この八方美人で八面六臂な私の発砲を避けた借りを返してくださりません?」

 八方美人は褒め言葉ではない。この学園では単語の誤用が流行っているのではないだろうか。いや、間違いなく流行っている。

「うるさいな風紀委員のくせに。もう一度気絶してもらうわよ」

「そちらこそ次は眉間に撃ち込みますわよ」

 お嬢様口調を選んだのか。ちょっと違う気もするが。

「眉間に撃ち込めるならの話だけどね!」

 パタパタパタ……。

「そんなことより八景さん、そこの竹刀借りるわねー。」

 別に咲耶の所有物を僕が奪ったわけじゃないんだけどな…北野も北野だが咲耶も咲耶で語彙力が低いのかもしれない。

「で話が逸れましたけど私の本名は何なんですの!?」

「ああ、お前の本名は「阿呆乃(あほうの) 馬鹿子(ばかこ)」よ!分かったならさっさと10秒で勝負の支度しな!」

「いや絶対違いますわ!そんな阿呆で馬鹿な名前じゃありません!」


 僕は白熱する二人の口論を何とか鎮め、風紀の名前が「(チャオ) 莉娜(リーナ)」であること、「リーナ」は言いにくいので「リナ」と呼ばれていること、そして、今に至るまでの経緯を説明した。

 外の曇天は依然として重く、ガラス越しに見える学園の樹木は、霧雨に霞んで溶けている。まるで世界そのものが、彼女の記憶のように曖昧だ。

「……で、来週の全校集会だが、『聖なる水』に対する対抗策を考えねばならん。おそらく莉娜が洗脳されたのも、その水の所為である可能性が高い。……って、二人とも聞いてるのか?」

「聞いてますわ」

「聞いてないわよ」


 …相変わらずの咲耶節である。しかし、この件は冗談では済まされない。全校生徒を巻き込む集会で、水が一杯配られ、それが人の認識を塗り替える──その前提が真である以上、受動的でいるわけにはいかない。

「……まあ、全校集会でその水が配られたとして、飲まなければ済む話なのだが、事態はそう単純には運ばない──」

 僕は言葉を慎重に選びながら説明を続けた。

「おそらく、コップ一杯の水が『集会途中の休憩及び水分補給』という名目で配られる。形式的には任意だが、実際には拒否すれば異端と見なされるだろう。」

「ほうほう、それでそれで」

 咲耶…絶対聞いてないだろ、と思いながらも続ける。

「要するに、配布の瞬間に何らかの防護措置を講じる。成分の検査、代替液の混入、あるいは配布そのものの撹乱。物理的にコップを封じることも選択肢だ。」

 莉娜は、まだ覚醒しきらない瞳で、僕を見つめていた。思考が追いつかないのか、言葉の意味を一つひとつ噛み砕くような眼差しだ。

「仮にも私たちは北野のヤローの独裁的な願望を打ち砕くために結成された裏の組織よ?そんな配布そのものの撹乱とか怪しまれるに決まっているじゃないの。」

「手段の一つであって、やるとは言っていない。あと平気で風紀委員をボコボコにする君にだけは言われたくないな。」

 莉娜が、咲耶に無言の圧をかけた。当事者としての静かな怒気──それが空気をわずかに震わせる。

「…そもそも配布の瞬間に成分の検査なんて出来るはずないじゃないの。物事を考えてから発言してもらいたいわね。」

 確かに、理屈としては正しい。確かにと言ったが、そもそも僕もそれは集会前にやるべきことであるという言葉が喉元まで出かかっていた。だから確かにはこの場面ではおかしいか。やはり単語の誤用は流行っているものではなく、人に伝染(うつ)るものなのかもしれない。いや、今はそんなこと関係ない。

 だがしかし、この女、咲耶が正論を吐くたびに無性に腹が立つのはなぜだろうか。僕は深く息を吐く。

「理科室に検査キットはある。だが教師共の目を盗んでそれを用いるリスクは大きい。教師側にも協力者が必要だが、北野の影響は広範だ。そもそも教師側に解析に長けた者がいるかどうかすら怪しい。だから、最悪は我々の手で解析する覚悟を持たねばならない。」


 その一言で、部屋の空気が沈黙に包まれた。


 外では、霧雨が絶え間なく降り注ぎ、窓を細い筋で濡らしていく。

 その光が歪み、ゆらめき、まるで世界そのものが僕らの行く末を曖昧にしているかのようだった。

「…そのために事前に水のサンプルを入手して、秘密裏に研究する…というわけですの?」

「さすが莉娜だ、話が早い。どっかの誰かさんとは違って。」

「話を全く理解できないどっかの誰かさん?そんな奴軽くシメておけばいいじゃないの。」

 咲耶には、後で自分で自分をシメてもらうことにしよう。

「…そこでだ。まだ北野は莉娜に裏切られたことに気付いていない。今や北野の私有物である生徒会の忠実な手足──もとい風紀委員会──を演技して、秘密裏に水のサンプルを手に入れる。解析はその後だ。」

「私に風紀委員会を操る権力があるとお思いで?」

「…いやお前、風紀委員長だろ」

「あ」


「…まあとにかく。風紀委員会を利用して、水のサンプルを入手し、解析する。そして、洗脳を無効化する薬、および洗脳された者を洗脳から解き放つ薬を作る。それと並行して、北野の動向、目的を探る。以上。」

「随分と簡潔に纏めましたわね」

「なんかこう見ると簡単そうね」

「それはそうとして八方美人で八面六臂な私の銃弾を避けた借りは返してもらいますわよ!?」

「黙れ中国、この竹刀が見えないのか?」

「見えたところで至近距離からの銃弾は避けられまい!」

「あらあら銃弾を避けられた前歴があるくせして威勢の良い中華民国だこと」

「孫文は関係ない!」



 この騒ぎも悲願達成の瑞兆なのだろうか。もし瑞兆ならばとんだカオスな瑞兆だ。

 しかし、それと同時に、僕は計画の成功を確信した。


「…上手くやれよ、()()()。」


革命への一歩を賞賛するように、窓の外で雷が鳴った。

えー、くりすたです。

小説書くのは初めてなんでね、後書きに何を書いたらいいのか分からないので

まあ自己紹介とこの作品の説明をしておきます。

名前はくりすた。この作品が小説家になろうで一番初めに

書いた小説です。知名度はないです。

この作品の魅力はね、なんといっても八景くん。メインキャラでは唯一の

男性キャラになります。恋愛には発展しません。

実はね、この八景くん、この小説内で唯一元ネタが

僕の身近にあるキャラなんですよ、誰とは言いませんが。

そもそも僕の小説の世界は全てが実際に体験したことを

盛りに盛って描いてるんですよ、だから必然的に身近なものが元ネタになる。


まあ1話だけでは何も言えませんね、それじゃあまた次回で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
86伝説エーペックスを連載してますさいです。 ディストピア学園見させてもらいました。 第1話が公開されて始まりましたね。 まだ少し見ずらい所や繋がりが不鮮明なところがあるなとうち的には感じましたね。こ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ