商談失敗
第一章
小説投稿サイト「トゥモローノベル」を開き、自作のPV数を確認するのはこの一時間でもう七回目だ。
時計を見ながら岡井は、そう思った。大事な取引先の重役と、岡井は対面しているが、岡井はたいした地位ではなかった。
「大事な取引先」。
そう口先でいうのはたやすいことだが、どう大事な取引先なのだろう。商談がうまくいかないと、また巨大リストラがはじまる。ということは、先方はおれの地位を握っているということだ。
そういう意味で、相手は重要なのか。
なんか違う気がする、とおもった。頭の中ではなぜかコップにビールがつがれていた。岡井の耳が、秒針を心にきかせた。
(やべっ――。また変なこと考えちまっている)
しかも自分、机のほうを向いている……! 頭の中で盛大にビールの泡がこぼれた。
コップを持っていた体もバランスを崩し、盛大にこけた。
「でですね、どうですか岡井さん?」
手をはなしてしまった。あ、と思った先で、コップが割れる音がきこえた。
栄転の辞令がくだされた。
けれど、岡井純は、飲みに行きたい気分ではなかった。あの人事部長の顔が、脳のなかから離れず、危うく遮断機のなかに入ってしまいかけて、そのあとの記憶すらない。
けれど、自分は生きていて、いま、自室にいるのだった。まったく、奇妙な気分だ。
アパートのこの部屋は気にいっているが、転勤先のことを考えると手放さなければならなくなるのか。
アパートの大家に「この部屋に買い手、つきますかな」と聞いてみると、「東京にはフリーターがごろごろいるぞ」と肯定された。
岡井はため息をついて、ソファーに身を投げ出し、テレビのリモコンをさがす。しばらくして、机の上に置いてあるリモコンに手をかけたとき、すでに力はなくなっていた。
岡井は眠った。