解放、光の国チーフテン
戦いが終わり、三日ほど経過した。
トウマはリヒトの屋敷でじっくり風呂に入り、ズボンだけ履いてリビングルームへ。
「いい湯だった~」
「アンタってばもう、シャツ着ろっていつも言ってんでしょうが」
リビングルームでは、アシェが全員のマギアを調整、メンテナンスしていた。
マールはカトライアと紅茶を飲んでおり、カップを置いて言う。
「トウマさん。ビャクレンさんは?」
「自主練。外で瞑想してる。ところで、リヒトはまだ?」
トウマが言うと、カトライアが言う。
「ええ。まだ起きられないわね。というか、アシェの新しいマギアがかなり負担になったみたいね」
「うー……調整、完璧だったはずなんだけどな」
リヒトは、『トゥアハ・デ・ダナン』の戦闘モードの影響か、ひどい筋肉痛、そして体内魔力の乱れにより寝込んでしまった。
これまでにない症状で、アシェは自分のマギアに不備があったせいだと思っているようだ。
すると、アスルルが入って来た。
挨拶もそこそこに、用件を話す。
「リヒトの容態だが、原因がわかった……どうやら、『正しい魔力の使用』をしたせいで、身体が悲鳴を上げたようだ」
「……え、どういうことですか?」
アシェが疑問符を浮かべる。アスルルは、アシェが調整している『トゥアハ・デ・ダナン』を指差した。
「そのマギアは、リヒトに合わせて作ったそうだな」
「え、ええ」
「魔力で欠損部位を再生させたり、身体能力を強化したりするのに最適なマギアなのだろう。だが、あまりにも最適すぎて負担になっているようだ。本来の『ティターニア』では、使い方を間違えながら使っていたようで、その負担全てが『ティターニア』に肩代わりしていたらしく身体に負担がかからなかったようだがな」
つまり、回復特化の『ティターニア』に無理やり『強化』や『欠損部位修復』をさせて、ティターニア自体が多大な負担を受けていたが、間違った使い方をしていたので本来リヒトの身体が追うべき負担を、ティターニアが代替わりしていた。さらにティターニア自体を修復していたので、何事もなかったかのようにティターニアは残っている。
でも、『トゥアハ・デ・ダナン』では、アシェの調整で、『トゥアハ・デ・ダナン』にかかる負担を最低限にし、出力や能力を強化、リヒトの身体に本来の負担がちゃんとかかり、回復や再生を繰り返していたリヒトが耐え切れず、筋肉痛や熱を出してしまったようだ。
「じゃあ、ティターニアの方を使えばいいじゃん」
トウマが言うが、アスルルは首を振る。
「いや。それでは出力が大幅に下がる。やはり、『トゥアハ・デ・ダナン』を使い、リヒトが負担に慣れるべきだろう。それに、何度も修復を繰り返せば、ティターニアは劣化し、破壊される」
「……なるほど。確かに、ティターニアを見たけど、かなり脆くなってた」
アシェはブツブツ言い、「改良……」や「負担軽減……」と呟き、羊皮紙にメモを始めた。
マールは言う。
「とりあえず、リヒトさんはセリアンさんにお任せですわね」
「そうね。ふふ、付きっきりとか……ねえマール、セリアンってもしかして」
「ええ。カトライアの見立て通りだと思いますわ」
「いいわねぇ。なんだか、羨ましいわ」
「……お前ら、なんの話してんだ?」
トウマは首を傾げるが、マールとカトライアは顔を見合わせ、クスクス笑うだけだった。
アスルルも気付いているのか、少し微笑んで言う。
「……セリアンを、リヒトの婚約者として送り込むべきかな。ふふ、リヒトもセリアンも、嫌とは言わないかもしれんな」
「あ、わかった!! リヒト、セリアン、愛し合ってんだな!? おいおい、リヒトに先越されちまう!! 俺も女……」
すると、アシェがどこから出したのかスパナを投げ、トウマの頭にガツンと当たった。
「いっだぁ!? な、何すんだ!?」
「アンタはそんなことより、考えることあるでしょ」
「……?」
「あのね、あのマサムネとかいう奴、なんなの? アンタそっくりだったじゃん!!」
「さぁ? 双子とかいないしなあ。兄貴と妹二人はいたけど、弟はいないし、兄貴は親父似だったから俺とは似てないし」
「……軽いわねぇ。ったく」
「少しいいか? もう一つ用件がある。陛下が、お前たちに礼を言いたいそうだ。戦後処理も終わりそうだし、陛下も会いたいらしいからな」
アスルルが言うと、トウマは言う。
「別にいらねぇよ。エドには『気にすんな』って言っとけ。俺ら、もうすぐ帰るからな。さーて、次はどこの国行こうかな~、風の国、闇の国、雷の国かぁ。どこも面白そうだ」
トウマは、すでに別の国に意識が向いていた。
ポカンとするアスルルだが、苦笑する。
「はあ……そういえば、お前はそういう奴だったな」
「だから、朕が直接来た」
「え?」
すると、空いていたドアから、国王のエドウィンことエドが現れた。
ラフな服装で、護衛のマギナイツ数人とリビングルームに入って来る。護衛にはメルキオールも一緒にいた。
アスルルは驚き、すぐに跪く。アシェ、マール、カトライアも跪いたが、トウマは変わらなかった。
「なんだよエド。別に礼とかいらねぇぞ。俺らは俺らの意思で戦ったんだしな」
相変わらず、王に対しても変わらない態度。
マギナイツたちがキレかけるが、エドは制する。そして、トウマの座るソファの対面に座った。
「そう言うな。王として、国のために戦った戦士に礼を尽くすのは当然だ。トウマ……感謝するぞ」
「まあ、それならいいよ。それに、何度も言うけど気にすんな。俺ら、友達だろ?」
エドも含め、この場にいる全員が唖然とした。
無礼な態度だけではない。王に対し『友達』など、チーフテンで言ったことがある人間は恐らくいない。エドはポカンとし、すぐに大笑いした。
「あっはっはっはっは!! そうだな、友達……友達か。じゃあトウマ、こうしよう……友達の頼みだ。これから食事でもどうだ?」
「いいね。俺、焼肉食べたい。城下町にいい店ないか? リヒトはまだ動けないし……そうだ、セリアンと二人にしてやるか。もしかしたら、リヒトも『男』になるかもな」
「ほう? セリアンとはそういう仲なのか?」
「たぶんな。なあなあ、リヒトの婚約者にセリアンとかどうだ?」
「ははは。双方の意思次第かな? 悪くはないと思うぞ」
「いいね。なあ、リヒトの親父はどう思う?」
「あ、ああ……」
メルキオールも、トウマのペースに付いてこれず、言葉が出ない。
だが、軽く深呼吸し、小さく微笑んだ。
「テンコウ伯爵と縁が結べるのなら、悪くない」
「縁もなにも、お前は親父じゃん。血ぃ繋がってんだし、今度こそちゃんと親父やれよ」
「……フン」
メルキオールは理解した。
守護貴族であり、同級生たちがトウマに惹かれた理由。この無礼だがどこか憎めず、人の心の隙間に入っては囁きかけるような、何とも言えない人間。
メルキオールは言う。
「トウマ・ハバキリ」
「ん? お前も焼肉行くか? へへ、みんな一緒の方が楽しいもんな」
「……そうだな。陛下、よろしいでしょうか?」
「うむ。では、ここは年長者である朕が奢ろう。焼肉でも食べに行くか」
「よっしゃ!! ビャクレン呼んでこよう。マール、カトライア、アシェも準備しろよ!! へへへ、祝勝会だぜ!!」
マール、カトライアは顔を見合わせる。
「……本当に、トウマさんってすごいですわね」
「慣れたけど、慣れないわ……」
アシェは大きなため息を吐いた。
「でもまあ……いいんじゃない? いろいろ考えることあるけど、トウマらしいわ」
トウマは、ビャクレンを呼びに外へ駆け出すのだった。