月詠教・天照十二月『師走月』マサムネ②
剣戟は、もう十五分以上続いていた。
トウマの太刀、マサムネの大太刀がぶつかり合い金属音が響き渡る。
最初こそトウマが有利だった。だが今は拮抗している……なぜなら、マサムネの動きが格段に良くなり、まるでトウマが二人いるような戦いだった。
マールは言う。
「あの仮面のお方……まるで、トウマさんみたいですわ」
剣を使うからこそわかる。
アスルルも頷き、リヒトを支えながら言う。
「動きが洗練されていく。だが……今はそうじゃない。トウマの動きを先読みして動き、剣を振るっている。だが……トウマはそれを予知し、大太刀と正面からぶつかるのではなく、受け流すようにして受けている……神業だ」
戦いから目が離せない。だが、アシェは気付いて言った。
「ねえ、トウマのやつ……なんで二本目を使わないの? それに、アイツには剣だけじゃなくて、とんでもない体術とか、傷を斬って治すような理解できない技もあるのに」
「……摸倣されるのを、恐れているのかも」
カトライアが言うと、アシェもハッとなる。
マサムネは、トウマの動きを摸倣し、自分のモノにしている。そこに体術やら理を断つ刃を模倣されたら、勝機が薄くなる。
すると、リヒトが言う。
「……違う。トウマくんはたぶん……あの人を、刀だけで倒したいんだ」
男だからわかるのか。
リヒトは、トウマが思っていることを感じ取り、口に出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
トウマは歓喜していた。
(楽しい~~~!! こいつ、俺とおんなじ動きしやがる!! 俺の摸倣!! 少しずつ速度上げてんのに、それも真似してる!! 楽しい、こいつとは刀だけで戦う!!)
倒すことはできる。でも、楽しくてできない。
まだまだマサムネは成長する。
マサムネは舌打ちした。
「くっそ、お前……わざとオレに摸倣させてんだろ!!」
「あ、バレた」
その気になれば、マサムネが摸倣する前に終わらせることもできた。
トウマはすでに気付ていた。
「お前、俺のマネするの、瞬間的にはできないんだろ。たぶん、十秒か、二十秒か……お前が俺に適応するまえに首を刎ねることは容易い」
「……んのヤロウ」
「でも、それじゃダメだ。マサムネ……もっともっと強くなって、俺と刀でやり合おうぜ」
「はっ、そりゃいいな。でもいいのか? お前の限界をオレが真似したら、あとはお前を超えるだけだぜ? それがお前の最後になっちまうかもな」
「それはないな」
「あ?」
トウマは、『淵月』の切っ先をマサムネに向ける。
「俺に限界なんてない。俺はずっと歩き続けてる。歩みを止めない限り、あるのは成長だけだ」
「……いいこと言いやがる」
マサムネは大太刀をトウマに向ける。
トウマは、気になって聴いてみた。
「なあ、その大太刀……名前あんのか?」
「ないな。そうだな……せっかくだし、いい名前つけるか」
互いに沈むように構え、正面からぶつかり合う。
マサムネの渾身の一刀が放たれる。
「刀神絶技、刹の章──『生死流転』!!」
放たれるのは、四連続斬り。ただし、全ての斬撃が四肢を狙った、手足を切り落とすための斬撃。
トウマはまだ刀を抜かない──そして、カッと目を開いた。
マサムネの背中に、冷たい汗が流れる。
「刀神絶技、舞の章──『嬲扇』!!」
「ッ!?」
マサムネの四つの斬撃が、全て丁寧に弾かれ、流された。
そして、トウマはすでに納刀している。大太刀である分、マサムネの納刀が遅れた。しかもマサムネの鞘は背中にある。
「刀神絶技、雨の章──『天泣』!!」
斬撃ではない。逆刃による顔面殴打により、マサムネは吹き飛ばされ、トウマが最初にぶつかった岩に激突。手からすっぽ抜けた大太刀がくるくる回転し、マサムネの近くに刺さった。
「ぁ──……いってぇなあ、おい」
「ここまでだ。マサムネ、これ以上は俺じゃない、俺の摸倣を元に、お前が強くなれ」
「……あ?」
「考えたけど……やっぱ俺、お前と戦いたい。今は序列最下位だっけ? だったら、序列一位になったら、またやろうぜ」
「……は、ははは、ははははは!! あっはっはっはっは!!」
マサムネは大笑いし、軽くジャンプして立ち上がる。
そして、大太刀を背中の鞘に戻し、服の汚れをパンパン払う。
すると……マサムネの仮面に、亀裂が入った。
◇◇◇◇◇◇
「ここまで、だねぇ」
フラジャイルは傘を差し、煙管を手に煙をふかしていた。
マサムネの敗北……そもそも、期待はしていなかった。
「摸倣能力。まあ、すごいっちゃすごいけど、特殊能力を持ったアタシらのマネはできないみたいだし、武力のマネしかできないんじゃ大したこたぁねぇか」
確かに、マサムネの摸倣は動きだけ。
ポリデュクスのマネをして天才になることはできないし、フラジャイルのように魔力で雲を作って殺人的な重さを持つ雨を降らすことはできない。
フラジャイルは言う。
「天照十二月がこれで三人負けた。ビャクレンちゃん、オオタケマルくん……ついでにアタシも混ぜて、これで六人、半分が『斬神』に負けた。さすがにこれはマズイねぇ……人間の大地も、七つあるうちの四つ、半分取られちまったし。さすがにこれ以上は」
と、煙を吐き出した瞬間だった。
「──これ以上、は?」
「は?」
いつの間にか、フラジャイルの隣に誰かがいた。
黒髪の少女だった。
白い法衣、膝下まで伸びる漆黒の髪、両目を白いマスクで隠し、金色の装飾品を身に付けていた。
白い法衣がふわりと揺れ、華奢で白い素足が見える……少女は浮かんでおり、地面に足が付いていない。だからなのか、靴を履いていない。
フラジャイルは、ドッと汗が流れ、煙管を取り落とした。
落としたキセルは、少女が人差し指をくるんと回すと浮かび、フラジャイルの口にスポッと収まる。
「──ああ、敗北したのね。あの子……ふむ、不思議な子」
黒髪の少女は、ブツブツ何かを言っている。
フラジャイルはすでに跪いていた。
「し、しし……『新月』の、ルナエクリプス様」
突如、地上に現れたのは……月詠教の最高戦力の一人、月光の三聖女『新月』のルナエクリプス。
三聖女の中でも長女に位置する、静かなる少女だった。
外見は十六歳程度にしか見えない。だが、その圧倒的な力は、フラジャイルが万人いても人差し指一本で葬ることが可能だろう。
少女……ルナエクリプスは言う。
「──『斬神』……手を出せないわね。でも……挨拶はしなきゃ。『前任者』が、お世話になったしね」
「え……?」
ふわりと浮かび、ルナエクリプスはフヨフヨとトウマの元へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
ぴしぴしと、仮面に亀裂が入る音がした。
マサムネの素顔……アシェたちも気になっていたのか、マサムネから視線を逸らせない。
だが。
「──ごきげん、よう」
「「「「「ッ!!」」」」」
アシェ、カトライア、マール、リヒト、セリアン、アスルルは凍り付いた。
突如、上空から少女が現れた。
漆黒の髪、白い法衣、両目を隠した少女だった。
トウマの表情が変わり、マサムネが顔を向けて驚く。
「ありゃ!? なんであなた様がここに?」
「様子を見に来ただけ……負けたのね」
「ええ、まあ……勝てないと思ってましたよ。今のオレにはいろいろ足りないや」
「そう……と、久しぶりね、トウマ」
トウマは首を傾げる。
「誰だ、お前? めちゃくちゃいい女だな……」
「こ、この、馬鹿トウマ……」
アシェは、尋常じゃない汗を流して言う。
「わ、わかんないの!? こ、この、この女の子……強いとかそういう次元じゃない。なに、これ」
潰されそうだった。
存在するだけで押しつぶされる感覚を、アシェたちは味わっていた。
だが、トウマは深呼吸。
「嘘神邪剣、『浄化斬』!!」
トウマが何かを斬ると、重苦しさが消え、アシェたちが崩れ落ちた。
「威圧感を斬った。少しは楽になっただろ」
「へー……おもしれぇな、今の」
「あー、見せちまった。まあいいや」
マサムネがケラケラ笑う。そして、トウマは言う。
「で、お前誰?」
「──『月光の三聖女』長女、『新月』のルナエクリプス」
「はああ? 月光の三聖女って、もっと婆さんだったぞ。お前みたいな可愛い女の子じゃねぇし」
「──作り直したの。月神様が」
「……ああ、そういうこと」
トウマは『淵月』をルナエクリプスに向ける。
「で、俺とやるのか?」
「いいえ。挨拶だけ……どうやら、序列三位以上じゃないと、あなたには勝てないみたい」
「それでも無駄だけどな」
「そう? でも、この子と……『暦三星』に、『四死舞刃』にもお願いして……あとは、私たち姉妹が直々に出れば、あなたを殺せるかも」
「どうかなあ? ふふん」
「面白いね、トウマ……一撃、試す?」
「じゃあ遠慮なく」
トウマは踏み込み、消えた。
同時に、ガキィィン!! と、激しい音が響く。
「……ふふ、すごいね」
ルナエクリプスは、右手の人差し指で、トウマの『瀞月』を押さえていた。
だが、トウマは。
「──ぁ」
「ふふん、けっこう小さいな」
なんと……ルナエクリプスの胸を、片手で鷲掴みにしたのだ。
互いに離れ、ルナエクリプスは胸を押さえる。
「……えっち」
「はっはっは。でもお前……強いな。楽しくなってきた」
「……今はダメ。さて……みんな負けちゃったし、私たちは帰るね。ああ、ビャクレン」
すると、ルナエクリプスは跪いていたビャクレンに言う。
「一緒に帰る?」
「いえ。私はまだ、師匠から学ぶべきことがあります」
「そ……じゃあ、しっかり学んでね」
「はい。ありがとうございます」
ルナエクリプスの背後に、まるで小さな月のような円が浮かび上がる。
そこにふれると、ルナエクリプスが消えた。
そして、マサムネのあとに続こうとするが、トウマに向き直った。
──すると同時に、仮面が砕け散る。
「「「「「「……え」」」」」」
アシェたちは、今日何度目かわからない驚愕。
トウマも、声が出ないくらい驚いていた。
「……え、俺?」
「へへ、同じだな」
マサムネの顔は、トウマと同じだった。
双子のようにそっくりだった。が……マサムネの髪は白く、瞳が赤かった。
マサムネは、手にしていた大太刀、そして脇差を見せつける。
「決めたぜトウマ。お前の技をオレなりに鍛えて新しい技を作る。『剣神蛮技』としておくか。んで……この大太刀の名は『地滅』で、脇差は『呉霞』だ」
「いい名前だな」
「ああ。それと……お前、月を斬るんだっけ?」
マサムネは、トウマが見せないような邪悪な笑みを浮かべ……腕から出ていた血を掌に塗り付け、髪を上げた。
その姿は、白髪に赤い血が付いたオールバック。
「じゃあオレは、お前のいる大地を斬ってやるよ」
そう言って、マサムネは消えた。
こうして、新たな戦いの火種が生まれ……光の国チーフテンは解放されたのだった。