チーフテン解放戦⑤
戦いは、続いていた。
月詠流は『キャノンタンク』の登場により一気に消えた。そう、逃げたのだ。
だが、逃げても全く問題ない。『キャノンタンク』の攻撃が凄まじく、チーフテンのマギナイツの八割が防御に回り、ギリギリで攻撃をしのいでいた。
そして、最後方の天幕にいるエドは。
「陛下、安全な場所に避難を!!」
「無駄だ。ここからでもわかる……もはや、安全な場所などない。ここを突破された時、チーフテンは終焉を迎えるだろう」
エドは天幕の玉座に座ったまま、覚悟を決めていた。
現在、メルキオールが指揮を取り、防御用マギアで必死に前線を死守している。
「一時間……と、いったところか」
「へ、陛下……?」
「フフフ。朕はすでに覚悟を決めておる。住人の避難も間に合わん……下手な混乱を起こすよりは、全てを賭けるべきか」
エドはニヤリと笑う。
「斬神トウマ。そして『斬月』たち……チーフテンの未来は、お前たちにかかっているぞ」
◇◇◇◇◇◇
アシェは、それぞれに指示を出していた。
「マール、左、カトライア右、アスルル三歩下がって、セリアンは援護!!」
右手を振り、マールたちの位置を支持する。
「マール、『水鳴蛇』!!」
「はい!!」
マールが双剣を振るうと、水の蛇が二匹、ギームスの足に絡みつく。
アシェが手を振るとカトライアが跳躍、足元に空いた泥の穴を逃れる。
カトライアは、『ガイア』の殴打部を巨大化させ振った。
「『超・衝撃破』!!」
『ぬぅぅっ!?』
ギームスは、右腕を上げて大槌の一撃を防御。ただのマギアではない、レガリアの一撃が芯に響く。
マギアと違うのは、レガリアは『月晶石』が核に使われていること。月にある、月の民にとって超猛毒の石を介した一撃は、さすがのギームスでも無視できないダメージとなる。
「効いてますわ!!」
「やっぱりそうか。レガリアの力なら、七曜月下にもダメージは通る!! カトライアを中心に攻撃を続けるわ。リヒト!!」
「はい!!」
リヒトは、『トゥアハ・デ・ダナン』を解放する。
アシェたちの身体が淡く発光する。
「『極限回復』……全開っ!!」
「カトライア!!」
「ええ!!」
「セリアン、援護をするぞ!!」
「はい、姉さん!!」
「わたくしも!!」
カトライアを筆頭に、一斉にギームスへ向かっていく。
するとギームスはニヤリと笑い、翼を広げ飛んだ。
「『ドロヘドロ』……!!」
「「「「っ!!」」」」
次の瞬間、周囲一帯が『底なし沼』へと変わった。
踏み込んだ瞬間、地面がサラサラの水みたいに代わり、一気に胸元まで沈み、一瞬で泥化し、さらに泥が徐々に硬化していった。
「なっ……に、これ!?」
「バカな、こんな巨大な規模の……!?」
「し、沈む……ねえ、さん」
「くっ……アシェ、どうしますの!?」
全員、両手が地面に沈んでいるせいか、マギアを使うこともできない。
逃れたのは、アシェ、リヒトの二人だけ。
すると、泥が完全に硬化し、首から上だけしか出すことのできないマールたちの傍に、ギームスが着地する。
「ミスリード、だねぇ」
ギームスは、右の人差し指を振る。
「『複数個所に膝下程度の泥穴しか作れない』……それが、キミの推測だ。まあ間違っていない。私は地面を『泥化』できる。でもねぇ……一度泥化させた地面は、自在に操れるんだ。サラサラな水みたいにすることも、ネバネバにすることも、こんな風に……ガッチリ、鉄みたいにするのも」
「……ッ!!」
ギームスは、パンパン手を叩く。
「ああ、膝下程度で、複数の泥穴を作れるっていうのもまあ嘘だね。そう見せていた……実際には、もっと大きな穴も作れるし、深さも大型魔獣が溺れるくらいはいける。いいセンいってたよ? アシェ、だったかな……キミの頭脳は大したものだ」
「そりゃ、どうも……」
ギームスの賞賛。アシェは素直に答える……が、今はどう対処すればいいか必死に考えていた。
ミスリード。思い込みだけで先走りすぎた。
アシェの思考能力は確かにすごく、成長している最中……だが、経験の浅さがここで出た。
尋常なじゃない汗を流しつつ、『イフリート』のグリップを強く握る。
すると、ギームスはニヤリと笑い、セリアンの元へ。
「ここからどうするか見たいけど……まあ、まずは一人」
「ッ!!」
ギームスは、アスルルの頭を軽く踏む。
「くっ、この下郎!! 私の頭を踏みつけるなんて」
「イキがいいねぇ。でも……人間って、首をへし折れば死ぬんだろう? このまま泥に溺れるのも悪くないけど、どうする?」
「っ!!」
すると、セリアンの身体がゆっくり沈み始める。
「い、いやっ……やめ」
「ははは、いいねいいねぇ。ああ、他人任せで久しく忘れていたよ、こうやって、獲物をいたぶる楽しさ──」
次の瞬間、強烈な肘打ちがギームスの腹に突き刺さり、吹き飛んだ。
「おっご、ぇ!?」
「……え?」
地面を転がるギームス、そして……セリアンは言う。
「……り、リヒト?」
「大丈夫? ああ、髪が汚れて……」
リヒトは、ハンカチでセリアンの髪を拭う。
そして、誓うように言った。
「ボクはもう逃げないって言ったよね。セリアン……今度は、ちゃんと守るから」
「な……何を」
すると、ギームスが立ちあがり、首をコキコキ鳴らす。
「ああいたたた、ひどいねぇ……というか、今の力、びっくりだ。でもまあ……マグレはそう続かないよ。さて……キミ、どうやって死ぬ?」
「死なないよ。というか、死ぬのはお前だ」
リヒトは、『トゥアハ・デ・ダナン』を突き出して言う。
「『トゥアハ・デ・ダナン』、戦闘形態」
すると、七本の棒が絡み合うような形態だったリヒトの『トゥアハ・デ・ダナン』が変わる。絡み合うのがほどけ、七本の棒になり、グニャグニャと動いてリヒトの身体にまとわりつく。
首、両手首、両足首、額、腰に棒が巻き付くと、リヒトの魔力が一気に噴き上がった。
アシェは言う。
「リヒト!! わかってるわね?」
「うん、七分……だよね」
「ええ。援護はする、好きにやりなさい!!」
リヒトは、まるで拳法家のような構えを取る。
その構えを見て、ギームスは驚愕した。
「なっ……そ、そ、その構え!? つ、月詠流拳法、『月撃の構え』だと!? ど、どこでその構えを……!?」
「教わったんだ。三日だけ……すっごくスパルタの先生に」
リヒトの脳裏に、ギームスなど霞むほどの強さをしたビャクレンが浮かんだ。
「セリアン、守るよ。今度は、絶対に……!!」
「……ぁ」
「く、ははははは!! 面白いですねぇ……今思いましたよ、私が直々に出て、よかったと!!」
バサッと翼を広げ、ギームスはリヒトに向かって来た。
「さあ、見せてみなさい、あなたの力を!!」
「ボクは、もう逃げない!!」
ギームス対リヒト、アシェ。
七曜月下との戦いは、終盤に向かっていた。