チーフテン解放戦④
最初に聞こえてきたのは、地鳴りだった。
「……なんだ?」
メルキオールは、チーフテンの軍勢が、どういう理由なのか不明だが全く統率の取れていない月詠教の司教、司祭、大司教とそれを統率する枢機卿と戦っていたが、どこからか聞こえてくる地鳴りに眉を寄せる。
そして、それは平原の奥からやって来た。
「……な、なんだ、あれは!?」
向かって来たのは、四角い鉄の箱だった。
キャタピラ式駆動により地面を滑らかに走る、巨牛よりも大きな鉄の箱。そして箱には砲身のようなものが付いており、マギナイツたちに向けられた。
いや、マギナイツたちだけではない。
「ま、まさか……全軍、防御態勢!!」
マギアの力で拡声したメルキオールの声が響く。
そして、ポリデュクスの『月兵器』の主力兵器、『キャノンタンク』の砲身が火を噴いた。
放たれたのは、魔力による光線。その威力は、イグニアス公爵家の放つ『炎弾』の数百倍の規模、威力。そして……その範囲は、広範囲。
味方であるはずの司祭たちすら巻き込んだ、圧倒的な火力だった。
「ぎゃああああ!!」「そんな、なんで!!」「ぐああああ!!」
「あ、あつい!! アツイ!!」「助けてぇぇ!!」
月詠教、そしてマギナイツたちが吹き飛ばされた。
燃えた肉片が飛び散り、胴体だけの人が転がったり、手足が吹き飛ばされた。
地獄のような光景だった。
「……クソ!!」
『キャノンタンク』の数は、もう数えるのも馬鹿らしい。
それに、タンクの後方には、さらに巨大な何かが見えた。
メルキオールは叫ぶ。
「負傷者の救護を急げ!! 月詠教は無視して構わん!! 第三、第六までの攻撃部隊は防御へ回れ!! 今の攻撃が連続で放たれたら終わる!! 急げ!!」
月詠教たちは……逃げ惑っていた。
無差別攻撃。メルキオールは歯噛みして呟く。
「七曜月下『待宵』ギームスは、こんな作戦を取る外道だったのか? それとも……背後に、さらに大きな何かが、やはりいるのか?」
トウマたちは言っていた。
七曜月下よりも強い何か。その存在が、あの巨大な『鉄の箱』を持ち出し、無差別な破壊を繰り広げているのか?
メルキオールは決断する。
「攻撃部隊、負傷者を運んだら全て防御へ回れ!! こちらからの攻撃はしない!! 全軍、負傷者の救護と防御に回れ!!」
賭けるしかない。
メルキオールは呟く。
「トウマ・ハバキリ……!! くそ、ヴィンセント……お前たちが言う『斬神』がそれほどの存在なら、こちらも賭けよう!!」
メルキオールは、下手な攻撃で疲弊するよりも、防御に全力を出し耐えることに決めた。
◇◇◇◇◇◇
アシェたちは、万全の布陣で『待宵』ギームスを取り囲んでいた。
ギームスは現在、額からツノが生え、尻尾が生え、両腕がドラゴンの腕と代わり、翼も生え、首も伸びる……『竜化』である。
だが、そのサイズは、小さかった。
『ふうう……この姿、久しぶりだねぇ』
身長三メートル、翼を広げた状態でもそう大きくない。
ドラゴン、というよりは翼の生えたトカゲのようにも見える。
すると、マールが軽くステップを踏んで双剣を振るう。
「『水ノ刃』!!」
水の刃が飛ぶ。だが『待宵竜』ギームスは尻尾を振っただけで刃をかき消した。
『ああ、言っておくけど……小さい、非力そうとか思わない方がいいよ。『竜化』ってのは……バケモノだからねぇ』
セリアンが、鏃に光を込めて放つ。
カトライア、アスルルが武器を手に接近戦を挑む。
アシェが『イフリート』を狙撃銃形態にしてギームスの頭部を狙う。
「「「ッ!?」」」
だが、三人の身体がガクンと下がった。
『知らないのかい? 竜化すると、私ら七曜月下は……『固有能力』を使えるんだよ』
身体が沈んだ。
足元を見ると、なんとそれぞれの片足が『泥』にハマっていた。
『私の固有能力は非力でねぇ。『泥化』……そう、地面を泥化させるだけなんだ。わかるかい? 非力で、月じゃ使い道のない能力。それでも私は七曜月下に上り詰めた……つまり、私は誰よりも人を使うのがうまいんだよ。そんな私が、自分で戦う……その意味、わかるかい?』
「……アンタ自身、そんなに強くない、ってこと?」
アシェが足を泥から引き抜きながら言うと、ギームスは頷く。
『ご名答。正直、私の実力は枢機卿と同じか、それ以下。まあ……キミらでも勝ち目はあるよ』
ちなみに、ギームスの枢機卿は『キャノンタンク』の砲撃が直撃し、木端微塵となったことをまだ誰も知らない。
アシェは、泥化した地面をチラッと見る。
(膝下くらいまでの深さ。多分、視認した個所を泥化できる。数は最低でも四つ以上同時、深さは? わざわざ能力を説明した理由は? その気になれば足元を一気に泥化してアタシたちを底なし沼に沈めることもできた。会話を楽しむタイプ? 翼があるってことは飛べる。周囲一帯を泥化できる?)
思考が目まぐるしく回転し、アシェは仮説を立てる。
そして、『イフリート』をギームスに向け、全員に言った。
「全員、プラン『グランド』に変更!! 足を止めず動いて!! 恐らく、こいつは『複数個所に膝下程度の泥穴しか作れない』と思う!!」
「了解」
「了解ですわ」
「わかったわ!!」
「では、私は援護を」
アスルル、マール、カトライアが動き、アシェとセリアンがリヒトの位置まで下がる。
ギームスは本当に驚いていた。
(あの小娘……私の『泥化』を見切った? いや……わずかな情報から推測し、確証がないまま仮定し、最適な作戦を実行したのか。大した判断能力……面白い)
ギームスは、バサッと翼を広げる。
「面白い。では……こちらも頭を使い、本気で相手をしよう」
七曜月下『待宵』ギームスとの戦いが、本格的に始まった。
◇◇◇◇◇◇
一方、トウマは。
「武神拳法、霞の型」
「月詠流格闘術、『千列拳』!!」
狼を模した全身鎧を見に纏ったカストルの連続正拳突き。
トウマはユラリと脱力し、両手でカストルの拳側面に触れ軌道を逸らす。
「『拳流し』」
「シッ!!」
カストルの鎧の全身にある小さな『筒』から一瞬だけ火が噴き出し、攻撃、移動のアシストをする。その動きが非常に洗練されており、もともとのカストルの実力と合わさって実力が向上していた。
カストルは、両手を合わせ突き出すと、拳の装甲が展開し、まるで口を開けたオオカミのような形に変形し、トウマに襲い掛かる。
「『ウルフバイト』!!」
「武神拳法、鎧の型──『牙咢』!!」
ガキン!! と、オオカミの口を練った闘気で硬化させた両の五指で掴む。
だが、鎧の補佐を受けているカストルの方が力が強く、トウマが押されていた。
「ぐ……っ!!」
「非力だね」
すると、背中の装甲が展開し、ブースターから一気に火が噴き出した。
トウマは押され、踏ん張ることができなくなり、そのまま押し切られる。
そして、カストルはそのまま両手をトウマの胸に叩きつけた。
トウマは吹っ飛び、地面を転がる。
「いっててて……おいおい、新品の制服、ボロボロだ」
『斬月』の支給した制服の胸部分がボロボロだった。
防御力の高い素材で作られていなければ、トウマの皮膚はズタズタだったろう。
すると、カストルは左手を突き出した。
「タイプセカンド……『ヨルムンガンド』」
すると、ポリデュクスの傍にいた鉄の蛇が分解され、カストルの右腕装甲と合体した。
「まだまだ、『ダージュオブスケイル』はこんなもんじゃないよ。トウマ、失望させないでよね」
「いいね。面白くなってきた……!!」
トウマとカストルの戦いは、まだ始まったばかり。