チーフテン解放戦②
川は流れが速かったが、マールにとって何ら問題がないようだった。
二十分ほど流れに逆らって進み、アシェが地上の確認をすべく少し浮上……川面に少しだけ顔を出して確認すると、ちょうど七曜月下の部隊が進軍しているところだった。
が……アシェは眉を顰める。
再び川に潜り、今見た光景を全員に共有する。
『なんか、妙よ……けっこうな数の司祭、司教、大司教がいたけど……なんというか、統率ができてないっていうか……慌てて飛び出して来たような』
これまでは、チームごとに統率された動きで、迷いなく進んでいた月詠教。
だが、今アシェが見た光景は、どこか焦りがあるような、妙だった。
『なんか、言い合いしながら進んでたわ。あっちに行けだの、こっちじゃないだの、怒鳴りながら進んでた。月詠教って法衣着てるわよね? 階級ごとに違う装飾とかされてるから、司祭とか司教とか区別できるけど……見た感じ、みんな司祭ばかり』
『どういうことですの?』
『わかんない。けど……もしかしたら、月詠教側にも何かあったのかも』
ちなみに、『ポリデュクスが全部やると思い何の準備もしていなかったが、人間側が準備完了前に出て来たので予定が狂い、何の準備もできていないギームスの配下が、いきなり出ろと言われ飛び出して来た』とアシェたちは知らない。
トウマは言う。
『まあいいじゃん。それより、さっさと行こうぜ』
『え、ええ……そうね』
アシェはマールに言い、川を逆らって目的地まで進むのだった。
◇◇◇◇◇◇
川の末端まで進み、小さな湖で浮上。
森に囲まれた小さな湖はロケーションもよく、日当たりも良く開けていた。
ピクニックにピッタリの場所だ。本当に、支配地域はいい場所であると、アシェたちは改めて思う。
地上に出るなり、トウマは言う。
「じゃあ、俺は向こうに行くわ。お前たちは……あっちだな」
トウマは、反対側を指さした。
アシェが地図を出して言う。
「ちょっと待って。方向、そっちでいいの?」
「ああ。なんか、ピリピリする方が俺。ムズムズする方はお前たちだ」
「……どーいう意味よ」
「ムズムズする方は大したことない。たぶん、七曜月下だ。で……ピリピリする方は面白そうな方。ってわけで、じゃ」
「失礼する。リヒト……わかっているな」
「は、はい!!」
トウマは手を振って歩き出し、ビャクレンはリヒトをジロッと睨んでトウマの元へ。
アシェはトウマを止めようとしたが、小さくため息を吐いて言う。
「まあ、いいわ。とりあえず……トウマの勘を信じるわ。みんな、マギアの用意。ここからは慎重に行くわよ。敵は、七曜月下『待宵』ギームス。枢機卿が一緒にいる可能性も高いわ。二対六……正直、厳しいけどやるわよ」
アシェの号令で、それぞれマギアを手に歩き出す。
トウマが指差した方を警戒しつつ進むと、森を抜けた。
森の奥に、白いドームのような物が見えた。かなり距離があるが、人工物に違いない。
「アシェさん。あれって……」
「恐らく……ううん、間違いないく、月詠教の拠点ね」
「アシェ、あれ」
カトライアが指差した方を見ると、月詠教の司教、司祭、大司教たちが、ぞろぞろと並んで国境方面へ向かっていた。
だが、チームごとに分かれて移動というより、とりあえず全員で向かっている……といった感じだ。
あまりにもおかしな移動に、脅威より困惑する。
アスルルは首を傾げる。
「何なのだ、あの移動は……月詠教の司教、司祭、大司教が強大な力を有することは理解しているが、あんな統率の取れていないところを一気に狙われたら、あっという間に全滅するぞ」
「姉さん。とりあえず……あれはマギナイツたちに任せて、私たちは七曜月下を」
「ああ、わかっている」
アシェたちは、森の入口で、月詠教たちが見えなくなるまで待機。
そして、見えなくなると同時に、森から出てドームの方へ向かった。
その道中、敵は誰もいなかった。
あっという間にドーム付近へ到着……静まり返ったドームの入口に、一人の男がいた。
「…………はぁぁ」
くたびれた法衣、クシャクシャした髪の毛、無精ひげの生えた、三十代後半くらいの男だった。
大きなため息を吐き、ぼんやりとしている。
アシェたちは、たまたま近くにあった大きな岩に身を隠し、呼吸を殺す。
男との距離は百メートルほど。まだ、気付かれていない。
アシェは全員に「声を出すな」と視線で合図……理解した。あの男こそ、七曜月下『待宵』のギームスであると。
アシェは、『イフリート』を狙撃形態に替え、岩から銃口を出し、『照準器』をそっとギームスへ向ける。
赤いポインターが、上空を見上げているギームスの爪先へ、足を伝い、心臓付近へ。
(……いける)
心臓が高鳴る。
ギームスは、油断している。
一筋の汗が流れ……アシェは引金を引いた。
弾丸が放たれる。
音が響いた。間違いなく気付かれる。だが、さすがの七曜月下も音が響いてから弾丸には反応できない……と、思っていた。
「──チッ」
アシェは舌打ちした。
弾丸は、空を見上げたままのギームスが、右手の人差し指と中指だけで、挟んで止めた。
そして、ゆっくりと上空から顔をアシェたちのいる方へ向ける。
「作戦開始、プラン『フレイム』!!」
アシェが叫ぶと同時に、双剣のマール、大槌を構えたカトライア、矢を番えたセリアン、剣を手にしたアスルルが飛び出した。
ギームスは叫ぶ。
「待った、待った待った……ちょいと聞いて欲しいことがある」
カトライア、マール、アスルルがギームスを囲う。
アシェ、セリアンが中距離からギームスを狙う。
リヒトは杖を構え待機。
ギームスは言う。
「私は、七曜月下『待宵』のギームス。まあ……正直なところ、他力本願。自分でやるより、他人を使う方が得意だ」
いきなり、語り始めた。
隙だらけ……だが、攻撃ができない。そんな妙な感じだった。
「いやあ、私自身が戦うってこと、あんまりないんだ。今回は天照十二月が月から降りて来て、『斬神』とやるなんていうから、じゃあお任せ……あんなすごい『月兵器』見せられたら、出番なんてないと思うじゃない?」
話、というか愚痴が止まらない。
「それがさ……いきなり『時間を稼げ』よ。なーんの準備もしてない。人間が来ることだってさっき知った。部下たちも急いで着替えて出て行ったし、私だってこうして前に出て来てる」
「「「「「「…………」」」」」」
「作戦とか、そういうのも何もない。時間稼ぎ……それだけよ? あああ……参った。ほんとに、私のやり方じゃない。ってか……」
ピキピキと、圧が膨れて来た。
ギームスの額に、青筋が浮かんでいる。
「これさ、怒っていいよね? 私ら……ただの捨て駒よ? ははは……いやあ、直接戦うなんて、私の人生であるかないかと思ってたけど……やるわ」
「全員、気を付けて!!」
こうして、光の国チーフテンでも影が薄く、ある意味で一番の苦労人、七曜月下『待宵』ギームスとの戦闘が始まった。
◇◇◇◇◇◇
トウマは、ビャクレンと二人でアシェたちとは反対側を歩いていた。
「お? あれは……白い、ドームか」
「あれは『地上用・ムーンドーム』です。言うなれば居住区ですね」
「へぇ~……じゃあ、あそこに敵がいるのか」
「ええ。間違いなく」
ビャクレンが頷く。トウマはワクワクしていた……すると。
「ん?」
「あれは……師匠、来ました」
上空から、何かが飛んで来た。
生物ではなかった。
言うなれば、『動物、魔獣を模した金属の何か』だ。
ビャクレンは言う。
「あれは、『月兵器』……!! なるほど、来たのはポリデュクス……」
「げつへいき? なんだそりゃ?」
「月で開発された武器です。あれを作ったのは、天照十二月の兵器開発担当、『神無月』ポリデュクス……」
そこまで言うと、様々な動物の形をした金属が着陸した。
そして、ただ一つ……動物ではない、人間の形をした『鉄人形』に抱っこされた少女がいた。
クセのついたロングヘア、肩が剥き出しの特異な法衣、片目が完全に髪で隠れていた。
少女は鉄人形から降り、髪を払う。
「ごきげんよう。あなたが『斬神』トウマ・ハバキリね?」
「おう」
トウマが頷くと、少女は優雅に一礼する。
「アタシは、天照十二月『神無月』のポリデュクス。月光の三聖女の命令で、あなたを殺しに来た」
「そっか。じゃあやるか」
トウマが腰を落とし、刀の柄に手を触れた……が、ポリデュクスが手で制する。
「待って。少し、話をしていい?」
「別にいいけど」
「ありがとう。まずは……ビャクレン。アンタ、何してんの? 月にも戻らず、敵である『斬神』にくっついてさ」
ポリデュクスは、ジロッとビャクレンを睨む……が、ビャクレンはキッパリ言う。
「決まっている。私を倒したトウマ師に弟子入りし、鍛えてもらっている」
「はああああああ!? てか馬鹿? そいつ、過去に月神様を斬り殺した大悪人じゃない!! そんな奴に弟子入り? 弟子入り? アンタ馬鹿!?」
いきなりの豹変っぷりにトウマは驚くが、ビャクレンは涼しい顔だった。
「確かに、師匠は月神様を殺した。が……『月神様を殺した者に弟子入りしてはいけない』という決まりはない。師匠に習えば、私は停滞した実力が更なる高みに行けると確信している。だから弟子入りした。私は、今も月を故郷だと思っているし、三聖女様、そして月神様への忠誠を忘れていない」
「~~~っ!! 生意気言って……とにかく、一度戻って来なさいよ」
「断る」
「……じゃあ、今、アタシの敵になるってこと?」
「なぜそうなる。私は、師匠とお前の戦いを見て、師匠の技を盗むつもりだ。お前の戦いに手を出すつもりはないし、当然加勢もしない」
「……この野郎」
ポリデュクスはピクピク眉を震わせたが、深呼吸。
「まあいいわ。とにかく……『斬神』トウマ。あんたの相手は私、そして……」
すると、いつからいたのか、ポリデュクスの背中から、カストルがスッと現れた。
「どーも。天照十二月『霜月』カストル……姉さんと一緒に、アンタをやるよ」
「おお、弟か。そっくりだな」
カストルが前に出る。
手にはベルトのバックルのようなものがあり、ポンポンと手で弄んでいた。
「カストル。補佐は任せなさい」
「ん、いつも通り? ってか、久しぶりだね」
「そうね。じゃあ……やりましょうか」
敵は、天照十二月が二人。
トウマは腰を落とし、刀の柄に手を触れた。
「さあ、コンゴウザン。お前の子孫、グラファイトの刀との共闘だ……いくぜ」
トウマは、新たな太刀である『淵月』を抜き、その輝きを見せつけるよう構えるのだった。