月詠教・天照十二月『神無月』ポリデュクスと『霜月』カストル③
ポリデュクスは、今目の前にある『刀』を見て、冷たい汗を流していた。
「どうっすか?」
「…………」
持って来たのはマサムネ。
朝の散歩から戻ったと思えば、短い『刀』を手に持ち、それをポリデュクスに分析するように依頼。
いろいろと準備があり忙しかったが、その『刀』の輝きが気になり、ポリデュクスが作った『分析機』にかけて刀を分析……そして、その構造に汗が流れる。
言葉が出ない。ポリデュクスは、初めて絶句していた。
「それ、さっき散歩中に会った『斬神』から奪った刀っす」
「はああああああ!?」
いきなりの情報に、ポリデュクスは唖然とする。
マサムネは刀を指差して言う。
「ポリデュクス先輩。その刀、もうちょい使いやすく加工できないっすか? あと、もう一本欲しいっす」
「はああああああ!? なに、この私に、これを複製加工しろっての!? 序列十二位の新人がなーに偉そうなことほざいてんのよ!!」
キレるポリデュクス。するとマサムネは肩を落とす。
「そっかぁ……月詠教で一番の頭脳、そして兵器開発の腕前を持つポリデュクス先輩でも無理かあ」
「あ?」
ポリデュクスがピクリと眉を動かす。
マサムネは続ける。
「いやいや。頭脳明晰、手先器用、そして美人で巨乳の才女ポリデュクス様なら、片手間でチョチョイと加工、複製できると思ってたんですけど、無理だったとは……」
「あんた馬鹿? バッカ? ふふん、この超天才であるポリデュクス様が、できないわけないでしょ? まあ、成分分析して、コピープリンターにデータ入れて出力すればすぐできるわ。ふふふん」
「さっすが天才!! あ、いろいろ加工でお願いしたいことあるんですけど」
「何よ」
「えーとですね……」
マサムネは注文をする。途中、何度かポリデュクスをおだてると、調子に乗ったポリデュクスは「まっかせなさい!!」と胸を張って行ってしまった。
すると、ポリデュクスと入れ替わりに、カストルが入って来る。
「……姉さん、嫌に上機嫌だったけど、おだててなんかお願いした?」
「いやあ、まあ」
「やっぱりね。ま、いいんじゃない?」
「あはは。いやぁ、すなまいっすね」
「いいよ。ああ……じゃあ、一個お願いしていい?」
「なんでしょう?」
カストルは、白と黄金と銀色の装飾が施された、大きいベルトのバックルのようなものを手に持ち、マサムネに言う。
「キミ、かなり強いよね。手合わせしない?」
「いやいやいや、今はちょっと」
「そっか」
カストルはあっさり諦めた。そして、マサムネの仮面を見て言う。
「じゃあ……素顔、見せてくれる?」
「それもちょっと……ははは。すんません」
「ざんねん。まあいいや。じゃあ」
カストルは、欠伸をして部屋を出て行こうとして……マサムネに言う。
「ああ、姉さんは巨乳じゃないよ。あれ、盛ってるから」
「え」
そう言って、カストルは出て行った。
「……聞いてたんかい。やーれやれ」
マサムネは、ポケットから銀色のケースを出し、小さな錠剤を一つ取り、仮面の口元をスライドさせて口に入れて飲み込んだ。
「さーて……戦いまであと三日か四日。トウマ、待ってろよ」
◇◇◇◇◇◇
フラジャイルは一人、ドームから離れた小さな木の下で、煙草を吸っていた。
紙巻ではない、煙管を使った高級な煙草だ。
煙管を吸い、やや甘い煙を吐き出す。
「あ~……うっまい」
煙草。
月にはない、地上の趣向品だ。
体内に毒を取り入れ快感を得るなんて、月ではあり得ない。
だがフラジャイルは、毒と知りつつも吸っていた……自分が中毒に侵されているとは理解しているが、吸い始めて数百年、これといった健康被害はない。
「はぁ……どうなるかねぇ」
フラジャイルの役目は斥候であり、情報収集だ。
人間側は、七曜月下をハイペースで討伐しているせいか、どの国も『七曜月下を討伐し、支配地域を取り返す!!』と、気合いが入っている。
全ては、斬神トウマが現れてから。
「月も、天照十二月を投入してるけど……」
まず、序列四位のビャクレンが敗北した。
そして、序列八位のオオタケマルも負けた。
序列六位だが、フラジャイルはトウマに敵わないと思っている。
そして今回、序列十二位、十一位、十位の三人が投入されている。
新人は不明だが、十一位、十位の姉弟は、力を合わせれば『暦三星』に匹敵すると言われている。
「…………あぁぁ」
フラジャイルは頭を掻きむしった。
浮かばないのだ。
どうしても、トウマに勝つという未来の光景が。
フラジャイルは考えてしまっている。
トウマが、ポリデュクスとカストルを殺し、刃を自分に向けている光景を。
「悩み事、ですか?」
「ッ!?」
いきなり、声がした。
振り返るとそこにいたのは、黒衣の青年だった。
黒いロングコート、背中の中ほどまで伸びた藍色の髪を結び、どこかうつろな目をしている。
口元は黒いマフラーで隠され、コートにはシルバーの装飾品が煌めいていた。
青年は、右手に鎖を巻き、鎖には十字架が繋がれていた。
その十字架を、フラジャイルに見せつける。
「お久しぶりです、フラジャイルさん」
「……な、なんでお前さんが、地上に……!?」
「もちろん、仕事ですよ」
青年は、儚げな、そして柔らかく微笑んだ。
フラジャイルは警戒して言う。
「メジエド……『断罪者』最強のお前の仕事と言うことは……」
「さぁ、どうでしょうね」
月詠教という組織。全ては『月神イシュテルテ』のために存在する。
その中でも、『月光の三聖女』は月神の眷属。『天照十二月』は三聖女直属であり月の防衛。そして……『断罪者』は、月神の脅威となる存在を狩る者だ。
月光の三聖女の下には天照十二月がいるが、断罪者の立場は月光の三聖女と同じ。命令権を持つのは月神だけ。
三聖女が命じたところで、断罪者は動かない。
ましてや、『断罪者』最強の執行人、『四死舞刃』の一人、『墓守』のメジエドが、こんなところにいるわけがない。
「……お前さんが来たってことは、あたしらに協力するってことかい?」
「それもどうでしょうね……」
「そういや、斬神にけっこうな数の執行人を殺されたそうじゃない。ヤるには十分だろ?」
「……フラジャイルさん。どうしても、私を戦わせたいようですね」
メジエドはクスクス笑い、懐から黒い本を取り出し、ページをめくる。
「申し訳ございませんが、私は別件がありますので。ああ……あなた方の邪魔をするつもりはございませんよ」
「……相変わらずクールだねぇ」
「よく言われますよ。ネフティスやネルガルは『胡散臭い笑い』と言いますけどね。ラウェルナなんて『死んでくれたらいいのに』と冗談も言いますよ」
「ははは……」
メジエドは、黒い本のページをめくり、ぱたんと閉じる。
「フラジャイルさんに声をかけたのは、なんだかお疲れのようだったからですよ。さて……そろそろ行きます。あなた方の仕事が、うまくいきますように」
メジエドは軽く一礼して去っていった。
「……馬鹿言いやがって」
このタイミングで声をかけるなんて、絶対に今回の戦いと関係があるはず。
フラジャイルは、ほんの少しだけ光が差したような気がした。
「さて、この戦い……どうなるかわからなくなってきたねぇ」




