散歩と邂逅
数日間、トウマたちはリヒトの屋敷で『作戦』を練った。
アシェはセリアンが心配だったが、作戦には積極的に参加し、意見を出した。
意外にも的確な意見で、アシェとしてもやりやすい。恨みが強く根に持つタイプだとは思っていたが、仲間としては普通に頼もしく感じた。
だが……セリアンは、リヒトとは目を合わせようとしなかった。
話が終わり、アスルルは言う。
「……アシェ。すまなかったな」
「え? い、いきなりなんですか」
アスルルは、いきなりアシェに頭を下げた。
驚くアシェ。マールもカトライアも首を傾げる。
「お前の頭脳を舐めていた。お前の指揮官としての才能は目を見張るものがある。現役のマギナイツ将校と比べても遜色ない。少なくとも、私などよりは上だ」
「い、いやあ……あはは、ほめ過ぎですよ」
照れるアシェ。カトライアがアシェに軽く肘打ちして言う。
「そうそう。あまり褒めると、肝心なところでポカしちゃうから、褒めるなら全部終わってからにした方がいいわ。ね、マール」
「ふふ。確かに、そうかもしれませんわね」
「アンタらねぇ……まあいいわ。ともかく、『待宵』ギームスがどういう手を使ってきても、臨機応変に対応できる作戦は考えたわ。あとは、王国軍の準備次第ね……」
「それは、私が確認してこよう。現在、投入できるマギナイツ、マギソルジャ―を全て招集し、進軍の準備をしているはず。偵察部隊の情報もあるだろう」
アスルルは立ち上がり、セリアンに言う。
「セリアン。お前はどうする」
「私は、ここでアシェさんたちと最終確認をします。姉さん、そっちはお願いしますね」
「わかった。それと……」
アスルルはアシェに言う。
「リヒトは、使えるのか?」
「ええ。アタシの作った『トゥアハ・デ・ダナン』を完璧に使えるよう、ビャクレンが稽古しています。戦い本番までには間に合うと……思う」
現在、リヒトは敷地内にある訓練場でビャクレンに鍛えてもらっている。
セリアンと顔を合わせ辛い、気まずいという空気から逃げるためなのか……それとも純粋にマギアを使いこなすためなのか、これまでにないくらいリヒトは集中しているそうだ。
アスルルは言う。
「アシェのマギア、か……」
「そうですけど、何か気になります?」
「いや、よく考えたらな」
アスルルは言う。
「マギア技術は、七国の技術の結晶と言っても過言ではない。だが、『斬月』に集まったのは守護貴族の直系たち。そのマギア技術は、守護貴族だけの技術が使われている。その技術をふんだんに盛り込んだ、七国の技術の結晶というべき、新しいマギアということになるな……しかも、それを作ったのが、まだ十六歳の女の子ときたものだ」
「えーと……あはは」
「まあ、普通に考えたらおかしいわよね。ね、マール」
「ええ。カトライアの言う通りですわ。正直、アシェは狙撃や指揮官というより、マギア技師としての才能に溢れていますわ。それこそ、千年に一人の逸材というか……わたくしは、マギア理論を生み出した『脳神』に匹敵すると思っていますわ」
そこまでマールが言うと、アシェは両手をブンブン振って話を中断した。
「そこまでそこまで。なんかくすぐったいからやめてよ!! アタシはただ、みんなのマギアを見て、技術を融合させればもっと強くて使いやすいマギアができるんじゃないかって思って作っただけ!!」
「ははは。それは、そう簡単にできることじゃないな。そうだな……七国の技術の融合、次世代のマギア。『次世代魔導器』という名はどうだ?」
「まあ、いいですわね」
「ふふ、かっこいいじゃない。アシェの作った新しいマギアの名前ね」
「うー……まあ、それでいいですよ」
アスルルは、機嫌よく帰って行った。
空気がふんわりと軽くなり、アシェはソファに座って紅茶を飲む。
「ネクストマギアね……そんな大層なモンじゃないけどなぁ。と……そういや、トウマは?」
「あら? ビャクレンさんと一緒にリヒトさんを鍛えているのでは?」
「私は聞いてないけど。アシェ、マールは知らないの?」
「いや、アタシも聞いてないけど……朝食の時はいたわよね」
アシェ、マール、カトライアが首を傾げ、三人はセリアンを見た。
セリアンは、紅茶のカップを置いて言う。
「あの方でしたら、朝食のあとに『散歩行く』と言って出て行きましたよ」
「「「…………」」」
なぜか、アシェたち三人は猛烈に嫌な予感がするのだった。
◇◇◇◇◇◇
トウマは、チーフテンの支配地域手前、日当たりのいい平原にいた。
「いやー、いい天気。見晴らしがいいって言ってたけど……マジで平原だな」
見渡す限り、遮蔽物がない平原だ。
大地が隆起して段々になっている個所はある。木々も生えており、川も流れている。
だが、身を隠すような岩や森などはない。牧場、農耕地にするにはうってつけの場所だ。
そんな平原が、延々と続いている。
「……一応、奥に木々は見えるな。森になってんのか? あの奥に、七曜月下と天照十二月がいるのかな……行きたいけど我慢、我慢」
正直、一人で乗り込みたかった。
ちなみに、トウマは国境砦をジャンプして飛び越え、一人で平原にいる。気配を殺しているのでまだ敵にも味方にも見つかっていない状況だ。
「まあ、散歩だし……もうちょい奥まで、もうちょいだけ」
トウマは、コソコソと平原を歩き出す。
「アシェがブチ切れるからあんま勝手なことできないな……あいつも言う通り、俺のいない時代は、俺じゃない人間が作った時代だ。そういう積み重ねを無視して勝手なことするのは悪いことだしな。うん」
トウマは、近くの川べりに向かい、透き通った水をジッと見た。
「……うん。なんかいけそう」
手酌で水を掬い、ぺろっと舐める。
冷たい、きりっとした水だった。トウマはそのまま水を飲む。
「うっま!! いやー、ここの七曜月下は大地とか川を汚してないのか? 最高だな」
水を飲み、顔を洗う。
冷たい水のおかげで身も心も引き締まった。
そして、トウマはこうしている今も、油断はしていなかった。
「いやー、これはいい『刀』だね。すっげえキラキラしてる」
トウマの隣に、仮面を被った何者かがいた。
何者かの手には、『瀞月』の脇差が握られていた。
(──馬鹿な)
トウマは、一筋の汗を流す。
気付かなかった。殺気も、気配も、何も感じなかった。
仮面を仮面を被った何者かは、脇差を弄んで言う。
「これ、もらっていい? こんなの、月にいる装備開発部でも作れない」
「返せ」
トウマは、腰を落とし打刀の柄に手を添える。
仮面を被った何者かは、手で制した。
「まあまあ。自己紹介くらいさせてくれって」
初めてだった。
トウマは、今この瞬間刀を抜いても、仮面を被った何者かを斬る自信がなかった。
躱すか、脇差で受けられるか。
自分が反撃を喰らい斬られるとは思わなかったが、仮面を被った何者かは倒せないと思った。
被った何者かは言う。
「オレ、天照十二月所属、『師走月』のマサムネ。あ、師走月ってのは、数字で言うと十二番目……あっはっは。まあ、一番下っ端の新入りだ」
「ふーん。まあいいや。俺はトウマ、トウマ・ハバキリだ」
「知ってる。『斬神』だろ? いやー、朝の散歩していたら、まさか『斬神』がいるなんてなあ。オレも水飲もうと思ったけど、隙だらけだったし、キレーな刀をもらっちまったぜ。へっへっへ」
「ふざけんな。それ、友達の刀なんだ。返せ」
「えぇ~? 一本くらいいいだろ? ああ、二刀流だしやっぱダメか」
トウマは迷わなかった。
マサムネを斬るために踏み込み、首を両断すべく抜刀。
だが、マサムネは脇差で受けとめた。
「ッッ!! はは、マジかよ。これが『斬神』……やっべぇな」
「……お前、強いな。くくっ、楽しくなってきた」
互いに距離を取り、マサムネは言う。
「今じゃない。トウマ……最後に戦おうぜ」
「最後?」
「ああ。今、光の国チーフテンを攻めるために、兵器大好き姉弟がせっせと準備してる。お前がそいつらを倒せたら、オレとやろうぜ」
「……まあ、そっちのが面白そうだ」
「だろ!? へへへ、話わかるじゃん」
不思議と、マサムネとの会話が楽しくなり始めていた。
『瀞月』の脇差を奪われたのだが、なぜか怒りが込み上げてこない。
「あ、これ内緒な。五日後には準備完了するって言ってたから、三日後とか四日後に進軍した方がいいぞ」
「マジ? わかった。伝えておく」
「ああ。ああ、人間側は七曜月下と、月兵器が相手するけど、お前はちゃんと姉弟を倒せよ。その二人の準備は終わってるから、マジな戦いになるぜ」
「最高じゃん」
「まあ確かに。くぅぅ、敵じゃなかったらオレもやりてーぜ。ってわけで、じゃあな!!」
マサムネはダッシュで行ってしまった。
その気になれば追えるが、トウマは追わなかった。
そして、『瀞月』の脇差があった腰に手を添える。
「……ごめんコンゴウザン。なんか俺、あいつに脇差盗られたけど……あんまり怒ってない」
自分でもよくわからない気持ちに、トウマは困惑するのだった。