アスルル、セリアン
応接間に通されたのは、二人。
一人はアスルル。ショートヘアにシンプルなシャツ、足にフィットするズボンを履いたスタイルのいい女性だ。年齢二十九歳……未だに結婚はしていない。
リヒトの親戚であり、ピュリファイ公爵家次期当主でもある。
不機嫌なのを隠そうともせず、足を組み、大きな胸を持ち上げるよう腕組みし、ソファの対面に座るリヒトをジロッと見ている。
「……どうも、テンコウ伯爵」
「ね、義姉さん」
「もう姉ではない」
アスルルはキッパリと言う。リヒトは顔を伏せ肩を落とした。
そして、アスルルの隣で、作り物のような笑顔を浮かべている少女を見る。
「……久しぶり、セリアン」
「お久しぶりでございます。テンコウ伯爵」
少女……セリアンは、感情のこもっていない声で言い、頭を下げた。
トウマは言う。
「リヒト、お前って嫌われてんだな」
「…………」
「バカ、トウマ、そういうことは言わないの」
アシェが怒る。
トウマは欠伸をしてソファに寄りかり、リヒトに言う。
「リヒト。お前がこいつらに嫌われるのは勝手だけど、それのせいで今後に影響するようなら言え」
「……え」
トウマはアスルル、セリアンに言う。
「あと……言っておくけど、俺らに同行する以上、輪を乱すような真似すんなよ」
「……フン。言っておくが、我々は我々の思う行動をとる。貴様らこそ、我々の邪魔をするなよ」
「はいはい、そこまで。アスルルさん、でいいかしら」
「……構わん」
アシェが険悪なトウマ、アスルルの間に入った。
マール、カトライアは黙っていたが、こういう時のアシェの気の強さは非常に頼りになる。
「アスルルさん、セリアンさん。あなた方は我々『斬月』に同行し、共に七曜月下を討伐するという話だったはず。個別行動をとるなら今ここで『我々とは行動しない』と確実に言ってくれますか。その旨をピュリファイ公爵家、チーフテン国王に報告し、我々の方針を変更しますので」
「……チッ」
「どうなんですか。アスルルさん、我々と共に戦うか、そちらのセリアンさんと二人で行動するか。今、はっきりお答えください」
アシェは、アスルルをまっすぐ見て言う。
アスルルは軽く息を吐き、小さく言った。
「……わかった。協力する」
「おお、アシェの勝ち。はっはっは、屈服させたな」
「だからそーいうこと言わないの」
ペシッとアシェに叩かれるトウマ。トウマは何も言わないセリアンに聞く。
「お前、黙ってるけどいいのか?」
「ええ。アスルル姉さんが決めたことなら、私も従います」
セリアンは、相変わらず張り付けたような笑顔だった。
リヒトは、セリアンを見てすぐに顔を逸らしてしまう。
アシェは、とりあえず話を進めることにした。
「さて、団結することが決まったわね。これより、七曜月下『待宵』ギームスの討伐作戦について始めましょうか」
リーダー、アシェの一言で、話し合いが始まるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「さっそくだけど……『待宵』のギームスってやつのこと、アスルルさんはどのくらい知ってる?」
「……直接的な攻撃よりも、司教や司祭を動員して近隣の町や村を攻撃、支配したりすることが多い。支配された町や村にマギナイツを派遣し、小競り合いの果てに村を放棄し出て行く……というのを何度も繰り返している」
「支配するけど、マギナイツに勝てずに撤退、また別の町を支配して、マギナイツが来ると撤退……それの繰り返しか」
考え込むマール。するとマールが言う。
「月詠教による町や村の支配は珍しいことじゃありませんわ。水の国マティルダも同じようなことがありましたわ」
「それを言うなら、地の国ムスタングもね」
カトライアも言う。
アシェは考え込み、リヒトに言う。
「ムスタングの時みたいに、全面戦争みたいになる可能性もあるけど……できることなら、戦いは七曜月下だけにしたいわね」
「でもアシェさん。チーフテンの支配地域は、遮蔽物が全くといっていいほどないんだ。日当たりはよくて、川も流れてて、農地には最適だけど……」
「そっかー……うーん。敵がどういう手で来るのかわかんないけど、戦いが始まったら、地形的に全面戦争になるのは間違いないわね……アタシらはどうやって七曜月下のところまで行くか」
「俺がトロッコで運ぼうか? 担いで、思いっきり走ってやるけど」
「イヤ。あれはマジで怖いのよ」
アシェが嫌そうに言う。
すると……黙っていたセリアンが手を上げた。
「一つ、考えがあります」
「せ、セリアン……?」
「考え? なに、言って」
リヒトを遮り、アシェが言う。
セリアンは頷き、荷物からチーフテンの地図を出した。
そして、支配地域の境界線を指差し、スライドさせる。
「確かに、支配地域は日当たりもよく、遮蔽物がありません……ですが、全くないわけじゃありません。ここに、小さな森があります。ここを抜けて、この川……ここは深く、水の中を進めば真っすぐ、支配地域の奥まで行けます」
「……森」
リヒトは、青ざめていた。
アシェがその様子を見たが、すぐにセリアンに視線を戻す。
「リヒトは知ってるわよね? この森」
「…………ぅ」
「おいおい顔色悪いぞ。水飲め水。マール、水」
「はぁい」
と、マールがコップに水を入れてリヒトへ渡す。
アシェは言う。
「そのルートで進めば、背後からギームスに不意打ちできるわね」
「おいおい、俺が真正面から乗り込んで一撃入れてもいいぞ」
「バカ。アンタは天照十二月と戦うんでしょ。こっちに余計な力割くヒマがないと考えた方がいいわ。最初から、アンタの力をあてにした戦術はもう組まない」
「へいへい。まあ、俺もお前の指揮なら、どんな七曜月下も倒せるって思うぞ」
「そりゃどーも。というわけで……セリアンさんのルートで、支配地域の奥まで行きましょうか。マール、川の中を進むルートだけど、アンタの力で水中移動と呼吸のアシストできる?」
「当然ですわ。『水』に関することで、わたくしにできないことはありませんわ」
マールは誇らしげに胸を張る。
アシェは頷き、カトライアに言う。
「カトライア。戦いになれば、レガリアを持つアンタの負担が大きいと思う。マールもだけど、やっぱりレガリアの方がアタシのマギアより強いから」
「わかってるわ。むしろ、任せて欲しいわね」
「頼りにしてる。あと……セリアンさん、アスルルさんのマギア、あと戦術や技を教えてくれる?」
「……他国の貴族に、チーフテンのマギアを見せろと?」
「ええ。嫌ならいいわ。戦術、技だけで。ちなみに、『斬月』のマギアは、七国の技術がふんだんに盛り込んだ特注品ね」
アスルルは「チッ」と舌打ち。セリアンは頷き、外で待機していた従者にマギアの入ったケースを持ってこさせた。
そして、ケースを開けると、そこにあったのは『弓』だった。
「私は、中距離攻撃を得意とします。これは専用マギア『ハラダーヌ』です」
「弓……意外ね、剣や杖かと思ったけど」
「……チーフテンの武器は特化した一つではなく、高性能な多数だ」
アスルルは剣だ。
トウマは、アスルルの剣をじっくり見て、自分もグラファイトの剣を思いだす。
「あ、そうだ。グラファイトの剣」
そう言い、木箱を取り出そうとしたが。
「トウマ、剣はあとにして。さて……あとは戦術ね。ギームスがどういう戦い方をするかわからないけど、トウマを除いたアタシたちで戦う方法、考えるわよ」
アシェは、それぞれの戦術、マギアの能力などを聞き、戦術を組み立てるのだった。
戦いまで、もう間もなく。