到着
早朝。トウマはリヒトの屋敷の屋根……三角屋根の頂点、風見鶏が位置する場所にいた。
逆立ちし、人差し指だけで、風見鶏のニワトリ、トサカの部分に人差し指だけで逆立ちをし、その状態で両足に庭石を乗せ、腕立てならぬ『指立て伏せ』を行っていた。
「ろくせん、ななひゃく……よんじゅう、ご」
大汗を流し、全神経を集中させて指立て伏せをしていた。
指の力、全身のバランス、集中力を鍛えているのだが、誰も真似できない。
ビャクレンですら、その修行方法に舌を巻き、ただ屋根の上で眺めているだけ。
そして十五分後。
「七千……うし、おしまい!!」
足の裏に置いていた庭石を蹴って上空に打ち上げ、指の力だけで風見鶏から跳躍。ビャクレンが投げた『瀞月』を手に取り一瞬で抜刀する。
「刀神絶技、彫刻……『風見鶏』!!」
ピュィン!! と、一瞬で庭石が彫刻され、二メートルほどの大きさの『風見鶏』となり、リヒトの屋敷の花壇に突き刺さる。
トウマは納刀し、ビャクレンが差しだしたタオルで汗を拭く。
「ふぅぅ、朝の運動は気持ちいいなあ」
「さすがです、師匠……あんな、その、指立て伏せ、私にはとても」
「まあ、真似しなくていいよ。さてビャクレン、このまま屋根の上で武術の訓練をするぞ」
「はい!!」
トウマは『瀞月』とタオルを風見鶏の傍に置き、不安定な屋根の縁に立つ。
ビャクレンは上着を脱ぎ、胸にサラシを巻いただけの姿でトウマの前に立つ。
互いに手が届く位置に立ち、右手の甲同士を合わせた。
「覇っ!!」
ビャクレンが手首を捻りトウマの手首を掴むが、トウマは踏み込み、力の流れを利用した技……武神拳法『霞の型』で、ビャクレンの掴んだ力を利用し、逆に返した。
「あっ!?」
急激な力の流れにビャクレンは膝が落ち、トウマは左手を伸ばしてビャクレンのサラシを掴み、足払いし、くるんと身体を持ち上げて回転させ、屋根の上にトスンと倒した。
「技術はあるけど、型にハマッてるから読みやすいって言ったろ? 型が悪いわけじゃないけど、臨機応変な柔軟性も戦いには必要だ。互角の相手と戦う時、勝負を分けるのは手数の、引き出しの多さだ。ビャクレン、お前は筋がいいけど、頭が固い。もっと柔らかくなれ」
「は、はい……」
「よし、もう少し……お」
「?」
ビャクレンのサラシを掴んだせいか、サラシが緩み胸がはだけていた。トウマがジッと見るとビャクレンは視線に気づく。
「胸、ご覧になりたいのでしたらどうぞ。好きにして構いませんので」
「マジで!! と……うん、屋根の上だし、誰もいないし、うん」
トウマは、ビャクレンの胸を触ろうと手をスーッと伸ばす……今は早朝、リヒトたちが起きるまで時間があるし、誰の邪魔も入らない。
「そうだ師匠。部屋に移動しますか? 個室シャワーもありますので、お背中もお流しできますが」
「そ、そうれもいいな。うん、そ、そのあとは」
「もちろん、師匠のお好きにどうぞ」
「おおお、ウンウン、そりゃいいね。朝飯の前にいろいろ『経験』するのもいいね。うんうん。でもその前にちょっとだけ触っていいか?」
「はい、どうぞ」
ついに女を知れる……ビャクレンは照れもせずトウマの手を受け入れようと胸を張る。
トウマは、ビャクレンの大きな果実に触れようと、ゆっくり手を伸ばした。
◇◇◇◇◇◇
次の瞬間──どこからか飛んで来た『小石』がトウマの側頭部に命中した。
◇◇◇◇◇◇
「いっだ!? うおおお、なんだなんだ、敵襲か!?」
頭を押さえキョロキョロするトウマ。
ビャクレンも「え、え?」とキョロキョロする。
そして……二人は見た。
「……アンタ、朝っぱらから、何してんのよ」
「「え……」」
小石を投げたのは、アシェだった。
アシェの位置からトウマたちのいる屋根まで、たっぷり二十メートル以上はあるのだが、アシェの投げた小石はトウマの側頭部に命中した。
驚くトウマ。
「あ、ああ、アシェ!? なな、なんでお前がここに!?」
「うっさい!! てかアンタ!! 朝っぱらからビャクレンに何しようとしてんのよ!! ビャクレン、アンタも胸隠しなさい!!」
「え、いや、その」
「えーと……はい」
トウマは慌て、ビャクレンは何故か逆らえずしぶしぶとサラシを巻き直す。
「アタシがいないところで、ずいぶん盛ってたみたいね……」
「いやいやいやいや、その、別にヤッてはいないぞ。今のも、ちょっと揉んでみようかなと思っただけで」
「やっかましい!!」
アシェは振りかぶり、小石を投げた。
トウマはアシェが現れた驚きで上手く動けず、小石が鼻に直撃。
「へっぶし!? いっだぁぁぁぁ!?」
鼻血が出た。
慌てるビャクレン。そして騒ぎを聞きつけ護衛騎士がわらわらと集まり出し、さらに寝間着のリヒト、マール、カトライアもマギアを持って飛び出してきた。
「あ、アシェ!? まあ、あなた、なぜ!?」
驚くマール。
アシェは言う。
「いろいろあってね。とりあえず、届け物があるの……それとトウマ、アタシが来た以上、エッチなことは厳禁だからね」
「……へぇい」
鼻血を出すトウマは、がっくりとうなだれるのだった。
◇◇◇◇◇◇
朝食後。トウマ、アシェ、マール、カトライア、リヒトは、屋敷のリビングにいた。
リヒトは言う。
「驚いたよ。アシェさんが来るなんて思わなかった」
「ま、向こうでいろいろ言われてね。届け物と……あと、アタシも『斬月』に参加するわ。指揮官として後方支援に徹するから」
「ふふ、頼もしいですわ」
「そうね。というか……トウマを止められるの、やっぱりアシェだけだわ。私たち、けっこう苦労してね……はぁぁ」
ため息を吐くカトライア。アシェは苦笑して言う。
「どうせ、王様にタメ口とか、ピュリファイ公爵家の当主に喧嘩腰で話しかけたりしたんでしょ」
「「「…………」」」
「え、マジ? 冗談で言ったんだけど……」
視線を逸らすリヒトたちに、アシェは申し訳なさそうな顔をするのだった。
トウマは、小石をくらった鼻をさすりながら言う。
「なあ、届け物って何だよ。ムスタングの肉料理とか?」
「んなわけないでしょ。まずは……」
アシェは、傍に控えていたルーシェに目配せすると、ルーシェが一つの細いケースを出す。
それをリヒトの前に置き、開くように言う。
リヒトがケースを開けると、そこにあったのは。
「これは……杖?」
金属の細い枝が七本、絡み合ったような一本の杖だった。
先端には純白の球体がはめ込まれており、リヒトが手に取ると……目を見開いた。
「わあ……まさか、これって」
「そ、アタシが作ったアンタ専用の新しいマギア。アンタの常識がぶっ壊れたような回復を見て、いろいろ思いついたのよ。七国の技術をふんだんに取り入れた新型、名付けて『トゥアハ・デ・ダナン』……どう?」
「……すごい。ほんの少し魔力を流しただけでわかる……『ティターニア』以上の力を出せる」
「これなら、マギアを修復しながら回復する必要ないわ。理論上では、常に全開で回復できるようになるはずよ」
「アシェさん……ありがとうございます!!」
「うん。まあ仲間だし、『斬月』の強化はリーダーのアタシの役目でもあるしね。あとマール、アンタのマギアもメンテするから出しておいて。カトライアのは……あんまり自信ないけど見てあげる」
「ふふ、ありがとうございますわ」
「お願いね。なんか、あんたがいるだけで引き締まるわね」
マール、カトライアはルーシェにマギアを渡す。
アシェは、紅茶を一口飲んで言う。
「さて、今の状況、どうなってんの? ピュリファイ公爵家に行ったらここ行くように言われてね。早朝で悪いかなーと思ったら、トウマが不埒なことしようとしてるし」
「……」
トウマをジロッと見るアシェ。トウマは居心地が悪いのか、リヒトの隣で顔を逸らした。
リヒトは苦笑し、今の状況をアシェに伝える。
「なるほどね……七曜月下との戦いが近いのね」
「うん。これから義姉さんと、セリアンが来るから……詳しい話はその時に」
「ええ。わかったわ……と、トウマ、アンタにも渡すのがあるわ」
「あん?」
ルーシェは、細長い木箱をテーブルの上に置く。
リヒトが空けた金属製のケースと違い、こちらはどこか古臭い。
アシェが言う。
「グラファイトさんが、アンタのために打ったらしいわ。とりあえず、渡したからね」
「……グラファイト、あいつ、なんで」
「アンタのおかげで、また剣を作れるようになったんだってさ」
「……そっか」
トウマは、どこか嬉しそうに微笑んだ。
そして、木箱の組紐を解こうとした時だった。
「失礼いたします。リヒト様、アスルル様とセリアン様がお見えになりました」
「あ……わかった。応接間に通してください」
タイミングが悪く、来客……トウマは肩をすくめるのだった。